第55話 水城議員のお礼の形
水城議員との交渉を終えた後日。
正式に水城から、御礼の手紙と品が贈られてきた。
品の方は東京でも有名な銘店の饅頭だった。
そういえば毒饅頭がどうとか言ってたっけ?
電話やメールではなく、処分できる手紙でわざわざ連絡を取るあたりが、用心深いなあ、と思った。
渡が処分してしまえば、真相は闇の中、ということだろう。
そもそも他人に盗まれて読まれたとしても、決定的なことは何一つ書いていなかったあたりも徹底していた。
ただ、写真が添付されていた。
病室のベッドで上半身を起こしている若い女性は、娘さんだろうか。
その右に座ってピースサインをしている水城議員、そして反対側の女性は、おそらく奥さん。
全員が満面の笑顔の、素敵な一枚だ。
ポーションの対象者だった命の顔色は優れていて、長年意識を喪失していたとは思えないほど、とても健康的に見える。
「本当に幸せそうだなあ」
「良かったですねえ」
「ン、これで恩義を感じてアタシたちの言いなり間違いなし!」
「言い方!! お姉様が極悪ですわ~!?」
「クローシェさん、お相手が幸せなら良いのではぁ?」
「そ、そうですの!? ……いや、でも……? 幸せならそれでも良いのかしら……むむむ……難しいですわ~!?」
渡の言葉に、マリエル、エア、クローシェ、ステラと続く。
なんだかんだ言いながらも、その手紙を読んだ渡たちも、自然と笑顔になってしまう。
やっぱり誰かを幸せにするのは、気分がいい。
だからこそ、ポーションの認可は、成功させなければならないな、と思った。
「めでたしめでたし、だな」
「そうですね」
今も、世界中でポーションがあれば救える人が沢山いるはずだ。
とはいえ、今の渡たちは待つ場面。
サレム博士をはじめ、現場に任せる時間帯だ。
――と、思っていたのだが?
「さあ、堺くん。この書類をよく読んで!」
「水城先生、こ、これは?」
「助成金の申請用紙だよ! 研究にはお金がたくさん必要だろう。助成金を使わない手はない!」
「で、ですが、あまり研究内容を外部に漏らしたくはないんですが」
「問題ない。取り組んでいる活動内容だけ報告すれば良い助成金制度もあるんだ」
渡は水城に呼ばれて、役所近くの小さな貸し会議室の椅子に座っていた。
目の前のテーブルの上に三〇センチは積み上がったA4サイズの書類の山。
どれもこれも助成金の類の申請用紙のようだ。
創薬研究だけでなく、事業再生に関する助成金、薬草園などの農地、山地活用に関する助成金、雇用に関する助成金などなど。
その気になり、上の協力さえ得られれば、お金を引っ張る方法は山ほどあるようだ。
渡は書類の山をパラパラとめくり、しばらく放心した後に、用紙をパタッと閉じた。
書く項目を考えるだけで汗が出て、手が震えてくる。
表情を引きつらせてしまった。
「そ、そう、なんです、ね……は、はは……」
「なんだ、書類仕事は苦手かね?」
「は、はい……」
「これから新薬の承認を始めるなら、嫌と言うほど書類仕事とは付き合うことになるよ。これも練習だと思って諦めなさい」
「は……はいぃ……」
「なあに、君には助けられた。精一杯力になるよ!」
「ありがとう、ございます……ほげぇ……」
水城の言葉に、がっくりと項垂れる。
これから書類仕事とは長い付き合いになりそうだ。
当然役所仕事なので、申請用紙にはそれに沿った、お上が納得しやすい書式、申請の仕方、というものがある。
ペーパーレスな世の中と呼ばれて久しいが、それでも役所の申請には、まだまだ紙は有効だ。
渡はげっそりとした顔で、書類に一つ一つ記入していく。
「違う、違うぞ堺くん。ここの要望の書き方はこうだ!」
「こう、ですか……」
「そう! 公費を使う以上、上だって説明しやすい、承認を下ろしやすい建前が必要なんだ」
「は、はい!」
「この国はお金がない、貧乏だなんだと言いながらも、まだ支援する気はある。窓口もたくさんある。広報が下手すぎて伝わってないが、しっかりと利用するんだ」
「わ、分かりました……! …………先生、書類が一つできました」
「ここが甘いぞ。加筆しなさい! もっと文章の意図を汲んで」
「ひいいいいいいいっ!? そんなこと言われても分かりませんよお!」
「役所言葉に慣れるんだ! 言い方は難しくても、言ってることは厳密だ! ほら、ここも、ここも。資料を添付してっ! よし良いぞ! さあ、次は雇用助成金の申請だ!」
「うわあああああああああああっ!!」
「素晴らしい熱意だ! その調子でどんどん行こう!」
水城の熱血指導を受けながら、渡は疲弊しながら一つ一つ書類を書き終えていく。
エアは欠伸をしながら、時折うたた寝し、クローシェは一人鍛錬を重ね、マリエルだけが少し手伝ってくれる。(ステラはポーションの製造をしていてこの場にはいない)
水城は公務の傍ら、秘書も使って渡の申請にビシビシと苛烈な指摘を続ける。
パソコンで完結できるものはパソコンで。
手書きが必要なものは手書きで。
渡の悲鳴は連日にわたって響いた。
「た、大変だったけど、制度を知り尽くしてる議員、しゅごい……」
だが、その甲斐が十分にあって、渡の設備投資費用はほとんど全額が助成されたし、今後の雇用も良い条件を続けられる……そうだ。
おまけに新しい農地の買収も可能と、至れり尽くせりな状況を迎えることになった。
だが、その代償は大きかった。
慣れない書類仕事を、さらに厳密な書き方を強いられた渡は、疲労の極みにあって憔悴していた。
仕事を終えて家に帰った渡の頬はコケて、目はぼんやりと焦点が合わない。
立てばフラフラ座れば虚ろ、歩く姿はゾンビのよう。
マリエルたちから心配される有り様だった。
「うう…………。書類、こわい。目を瞑ると文字が踊ってる……」
「お疲れさまでした、御主人様。ご立派でした。本当なら私ももっとお手伝いしたかったのですけど」
「ニシシ、ヨボヨボになっちゃったね、主。ヨシヨシ。思う存分甘えていいからな」
「よ、よく頑張りましたわっ! さすがはわたくしたちの主様でしたの。よ、ヨイショ!」
「あ、貴方さまぁ……ああ、朦朧としながらも谷間に顔を。おいたわしや……」
「こ、ここが極楽か……」
四方から抱きしめられ、労られて、渡の全身が溶ける。
マリエルの谷間に顔を埋めて、渡はしばらくその感触に浸った。
あー、フニフニで気持ちいい……。
生き返るわあ……。
短絡的と言われればそれまでだが、渡はしばらく女体の心地よさを満喫したのだった。
それから数日後。
渡の姿は異世界にあり、久々にウェルカアアアアアアムな歓迎を受けていた。





