第51話 根回しの準備
前回、なろうが下書き保存でエラーが出てしまい、物語の順番がおかしくなっていました。
もしかすると、読み飛ばしになってしまった可能性があるので、前話を確認いただくようお願いします(2025/11/16)
自分たちの工場を持ち、慢性治療ポーションの分析をはじめた渡たちは、分析結果を待つ前に、次の段取りを始めることにした。
具体的には、認可に向けての根回しだ。
自宅のマンションの仕事部屋に、渡はテーブルを挟んで椅子に座り、今後の計画をまとめていた紙を持っている。
渡がこれからの計画について、マリエルたちに報告していると、エアが不服そうに頬を膨らませた。
長い尻尾がテシテシと床を叩く。可愛い。
「こんなに効く薬なんだから、パパーっと許可しちゃえば良いのにね」
「長年使ってきたエアたちからしたら、そう思うだろうな。ただ、こういった仕組みができたのも、ずさんな薬で多くの人が苦しんだ結果なんだ。誰もがいい薬ばっかりを売ってたわけじゃないって歴史があるんだよ」
「あー……まあ怪しい薬はあるかあ」
「ギルドを通さない闇の薬売りもいますものね」
エアの仕方がない、という嘆息を漏らす。
クローシェが恐ろしいことを言ったが、やはり異世界でも似たような問題は起きるらしい。
ギルド、いわゆる職人組合は、一定の品質を維持し、価格統制を行うことで、業界に属する職人たちの生活を守る仕組みだ。
ギルドに所属しない闇錬金術師などは、効果も怪しい、蠱惑的な(妖しげな)商品を売り、購入者に被害をもたらすことも珍しくはなかった。
薬の認可は非常に複雑な手間と時間がかかる。
ときには副作用で人命にも関わる以上、厳密なプロセスが必要とされるのは、仕方がないことだろう。
「薬の認可には、大きく次の段階を経る必要がある。最初は基礎研究、非臨床試験と呼ばれるもので、どういう流れで薬が効くのか、その作用機序の解明を行うんだ」
「サレム博士がやっているのがこの研究ですね」
「そうだな」
そして副作用などの問題を解明する毒性試験、薬物動態試験を、動物実験などで確認していく。
魔法少女になり隊サレム博士がやっているのも、この一環の研究の最初の部分になる。
なお、仕事人としての彼は優秀で、今は一つ一つ的確に成分を分析している最中だ。
効果成分を特定できるかどうかは別として、近い内に報告自体は上がってくるだろう。
ここをクリアできれば、治験と呼ばれる臨床試験が始まる。
この臨床試験も一度では済まず、少人数から始まり、三相に分かれて試験を行い、段階的に効果や問題がないかをチェックしていく。
ドラマや漫画などで、よく製薬会社がデータを改竄したりするのが、この部分だ。
できるだけ成績を良くしておき、また副作用をなかったことにして、膨大な研究費が商品として回収できるように、数字を粉飾してまで、承認を狙う。
「治験が終われば、ようやく承認の申請を行うことになる」
「ねえ、話を聞いてたら、めちゃくちゃ時間かかりそうじゃない?」
「ああ……。一応調べたら、試験で一〇年程度。承認審査に一年程度かかるらしい」
「うそっ! かかり過ぎじゃん! 薬が売られる頃には、アタシたちお婆ちゃんになっちゃうって!」
エアが髪の毛をガシガシと掻きながら、不満そうな表情を浮かべた。
話を聞いていたクローシェも呆れた表情を浮かべているし、ステラも目線を落とした。
事前に情報を共有していたマリエルだけが、落ち着いているが、本心から納得しているかどうかは、別のところだ。
マリエルも持っていた印刷用紙をめくると、審査承認についての項目を目で追った。
「一応、審査や承認を早める制度はあるみたいなんです」
「ああ。マリエルが言うように、先駆け審査指定制度、条件付き早期承認制度、希少疾病用医薬品制度といったものがあるみたいだな。高い効果が望めるものや、命に関わるもの、そして患者数が少なくてデータを集めるのに時間がかかりすぎるものなどの薬は、承認後にも継続してデータを取ることを条件に、制度利用ができるみたいだ」
通常の煩雑な手続きを歪めてでも、その意味・効果があると認められれば、承認や流通を前倒しされるケースがないわけではない。
それでもなお遅い、と感じてしまうのも、たしかな感情だった。
本来は研究し、情報を積み重ねてから販売する薬が、すでに出来上がっているという、本来ありえない状況ゆえの、歯がゆさ。
「もうさー、中東の王様たちの力を借りたら良いんじゃない? あの人達、主の頼みだったら聞いてくれそうじゃん」
「どちらにせよデータ自体は必要になるんだ。それに、どうせなら俺は自分の生まれた国を大切にしたい」
「ふーん、国なんてコロコロ移動してたアタシたちからすると、そこまで重要じゃないからなあ」
「わたしは、むしろ故郷なんて滅んでしまえば良いと思いますねぇ。貴方様さえいれば、何もいりません」
「それも極端なんだよなあ!」
傭兵として転々としているエアとクローシェは、家族愛は強いが、故郷愛は薄弱だ。
同族から虐げられたステラは、一族に恐怖と嫌厭感を抱いているし、納得はともかく、渡の気持ちが共感できるのは、マリエルぐらいのものか。
光なき眼で見つめてくるステラに、ゾッとした怖さを感じながらも、渡はその体を抱きしめた。うーん、ぷにぷにで抱き心地がよろしい。
ステラもうっとりしているし、ウィン・ウィンだよな。
いつの日にか、ステラのトラウマを完全に払拭する時が来るのだろうか?
数日後。
渡は祖父江と連絡を取っていた。
会議アプリの画面越しに映る祖父江は、渡の報告を楽しそうに聞いている。
好々爺然とした佇まいの後ろ側では、経営者としての『合理的な欲』が計算されているのだろうか。
「そうか、動き出したか」
「ええ。これから祖父江さんの協力を仰ぎたいと思っていますので、その時はよろしくお願いします」
「任せてくれていい。話を持っていくなら、厚労省のお偉いさん、事務次官や、議員が良いだろう。きっと良いように話が進むと思う」
場のセッティング自体は当然できる、という前提で話が進み、渡は舌を巻いた。
日本の政財界でも最上位層の影響力を持つ人物だけあって、国のお偉いさん相手の会談もお手の物のようだ。
渡も商品自体の魅力から、最終的には渡りをつけることは可能だろうが、間に人を挟む回数は必ず増える。
強力なショートカットが可能になる恩恵に、渡は嬉しくなった。
今でも使えないほどの富はある。
その気になれば、持っている資産だけでも一生安楽に過ごすことは可能だ。
ましてこのポーションを販売すれば、さらなる巨万の富がもたらされることは間違いない。
となると、今は薬が認可を得て販売されること、それを世界に広げること、といった要因のほうが重要だった。
「産業スパイが怖いが、その点は大丈夫そうなのかい?」
「今のところは問題ありません。最近は近くをチョロチョロしていた怪しい人たちも、どういうわけかスッパリと見かけなくなったんですよね。まあ、一度退いて油断を誘ってるのかもしれませんが」
渡は不思議そうに首をひねった。
あれほど尾行に悩まされ、工場周りも警戒していたのに、一体どういう方針の転換か、納得がいかない。
油断大敵と、かえって今後への警戒を深めているぐらいだ。
「そうだね。けっして油断はしないほうが良い。彼らは一度でも侵入できたら成功なんだ。逆に機密情報を扱う側は、一度でも盗られたら負けだ。できる限りの対策が必要だよ」
「注意しておきます」
「君も忙しいだろうから、希望の日があれば候補を教えてほしい。調整がきく日を、改めて連絡したい」
「分かりました。お手数をおかけしますが、よろしくお願いいたします」
祖父江の言葉に、渡は頷いた。
これからするべきことを頭に浮かべながら、可能な日程を祖父江に伝える。
まだまだ先は長いとは言え、計画が一つずつ進んでいる実感があった。
もし良ければ高評価をよろしくお願いいたします。
COMICユニコーン様にて、コミカライズが連載開始しました。
https://unicorn.comic-ryu.jp/145/
ぜひ読んでください。





