第48話 魔法少女サレム☆アル=カリーム
サレム・アル=カリームの期待する姿に、渡は苦笑を浮かべた。
近頃、サレムのような表情を浮かべる人が、少し増えているような気がするのだ。
だが、自分は平凡な人間に過ぎない。
学力ではサレムに遠く及ばず、体力ではエアやクローシェの足元にも及ばない。
不思議な縁、あるいは運。
自分ではコントロールできない部分を評価されているからこそ、自分の実力とは相変わらず思えない。
それでも、マリエルたちの誇れる主人でありたい、部下たちが誇れる上司でありたい、という気持ちを、クローデッドとの騒動から、近頃持ち始めていた。
「さて、サレム博士には、これから我が社にとって、一番重要な仕事を任せます」
「お任せクダサい。ボクは全力ヲ上げて、成果を出シテみせマス」
「あなたの知識と技術、経験に期待しています」
「ははぁ……!!」
渡は、恭しく頭を垂れるサレム博士の前に、二つのポーションを置いた。
各国のスパイたちが探しに探して、手に入らない稀少な代物を前に、サレムは別の意味で恍惚とした表情を浮かべた。
奇跡の薬、エリクサー、あらゆる薬学研究者の望む神の薬。
現代医学では到底叶えられないはずの奇跡を前に、サレム博士は魅了されていた。
「この薬をサレム博士に渡しますが、厳重な保管をお願いします。じつは、すでに複数の国のスパイが、私たちを尾行してきていました。今後警備体制を強化しますが、盗まれると大変なことになってしまいますからね」
「い、今スグ、なんとかならないんデスか?」
「一応、事務室から金庫は移動させて持ってきます。薬もデータも、保管はそちらにしてください。こちらの対策は数日中に行う予定です。データ類の取り扱いも暗号化したりして、漏洩対策は十全にしてください」
「わ、分かりました……」
サレムの表情をうかがう。
不安を抱かせてしまっただろうか、と思ったのだが、サレムの興奮が収まるところはない。
「はぁ……はぁ……。これも、神の試練……。偉大な成果には、試練は、つきもの……っ。クッ!? ノッホホウ!」
胸を押さえて表情だけは気持ちよさそうにしているサレムを見ていると、心配になる。
本当に優秀な科学者なんだよな?
信じて大丈夫なんだよな?
たじたじとなりながら、渡はポーションの説明を始める。
「現時点で、このポーションは未認可状態になります。この薬を公的に認可されるためには、成分を同定する必要があります」
「得意分野デス。お任せください」
「ただし……問題が一つあります」
「ナンデショウカ?」
「こちらのラベルの貼られた方と、そうでない方。まったく同一に見える両者には、成分が違うはずです」
「ほほう……?」
しげしげと、サレムが瓶を眺めた。
どちらも慢性治療ポーションを作ろうとしたものであり、材料も製法も変わらない。
ところが、両者には一点だけ相違点がある。
それは、片方は薬草園で栽培したもので、もう片方は、渡が祖父に頼んで、実家で栽培してもらったものということだ。
実家で育てた薬草類は、ほとんど魔力が含まれていない。
そのため、慢性治療ポーションとしての効果を期待することはできない。
そして、だからこそ二つを比較分析すれば、慢性治療ポーションがどのような成分の違いによって、効果を発揮できるか、突き止めやすくなるはずだった。
「とはいえ、もしかすると、両方の重要な成分が、感知できない、分析できない可能性も、じつはあります」
「ソレハ……ドウイウことでしょうか?」
「その詳しい内容は、俺ではなく製作者に説明をお願いしようと思います。ステラ。こちらがポーションの製造者であるステラです」
「はじめましてぇ」
「お、おお……っ! アナタがこの奇跡の薬の創り手! ぜひともお会いしたかったデス!」
おずおずと出てきたステラは、歓喜の極みにあるサレムを前にビクッと身をのけぞらせた。
渡たちには慣れたが、長年の迫害によって、ステラは人間不信なところはまだ根本的には治っていない。
「オオ、オオ、光栄です! お会いしたかった! 貴女にお礼と、感謝をお伝えします!!」
「は、はい……」
「よくぞ、よくぞあのキセキのような薬を、創ってくださいマシタ! サレム、感激ッ!」
それでも、自分に対して強い好印象を示すサレムに対しては、ビクビクとしながらも、握手に応じた。
「こちらの完成品のポーションに対し、こちらの未完成のポーションは、使用した生薬は同じにもかかわらず、投薬しても同じような効果を発揮することができませんでした。わたしは、これを魔力成分の不足が原因だと思っています」
「……魔力? 魔力トイイマシタ!?」
「ええ、そうです」
「魔力はアッタ?」
「ありますぅ。ただ、どうもそれを認識して利用できる人は、わたし以外に今のところはいないようですが」
「ファアアアアアアアア!! ファンタジックジャパニーズ! つまり貴女はマホウショウジョ!? キエエエエエエエエ!?」
突如として奇声を上げたサレムが、その場に体を投げ出して、礼を始めたのには驚かされた。
そういえばこの人は日本のアニメ文化が大好きだから、親和性があったのだ。
突然意味不明なことを言われて、困惑するよりも信じてしまう柔軟性と、その奇行に驚かされる。
っていうか、マホウショウジョって。
ステラがビクビクと驚き、恐怖して渡にすがりついた。
顔は青ざめ、手は冷たくなっていた。
もはやステラにとっての予想の範疇を超えた反応だろう。
安心してほしい、俺にもまったく予想できてない。
渡はステラの腰を掴むと、自分に抱き寄せる。
「ボクも契約して! 魔法少女に! なり隊!!」
「ひ、ひぃい……主様ぁ、この人頭おかしいですぅ……」
「おひょー! マジカルリリカル! もぉおどチェェェーンジ!」
この人に任せて本当に大丈夫なんだろうか。
人のいない工場で、半狂乱になったサレム博士の叫び声が反響した。
……
………………。
少しだけ時間が経ち。
落ち着いたサレムに、現状での問題点を伝える。
サレムは先程の狂乱がなかったかのような落ち着きを取り戻し、おまけに醜態を覚えていないかのように、平静な態度をしている。
理知的な目は、科学者に相応しい。
「ツマリ、素粒子のように、専用の設備がなければ魔力による影響を検出デキナイ可能性があるわけですね」
「そうですぅ。ただぁ、そもそも製造前の段階で魔力が含まれていれば、完成品には不必要かもしれなくて、それも調べてほしいのです」
「分かりました。不肖サレム、全力デ任務に当たりマス!」
「よ、よろしくお願いします。う、うぅ、あなた様ぁ、この方怖いですぅ……」
ステラは泣きそうな表情でサレムを見ていた。
どうも新しいトラウマになってしまったようだ。
気持ちはとても分かるぞ、ステラ。
どうしてもっとマトモな人を紹介してくれなかったんですか!
もし良ければ高評価をよろしくお願いいたします。
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https://unicorn.comic-ryu.jp/145/
ぜひ読んでください。





