第47話 エルヴンアトリエ製薬工場の愉快な仲間たち
四月になり、正式に羽曳野製薬工場が渡のものになった。
大量の人員を整理したエルヴンアトリエ製薬工場は、がらんどうのようで、どことなく寂しい。
人のいない、稼働していない工場が、これほどに寂しく思えるのかと、渡は驚いた。
やはり一番の変化は、物静かなことだろう。
稼働していた設備が止まり、働いていた人々の声や動作、息遣いなどがなくなり、工場内はシン、としている。
製造エリアだけでなく、事務所エリアも使い手のいないテーブルと椅子が多量に並ぶ。
使われていないロッカーなども、中の私物は回収や処分がされた後、そのままに設置されていた。
もはや在籍していない社員の名が書かれた紙が、処分されずに差したままになっている。
工場長であり経営者だった平田、研究者のサレム・アル=カリーム、技術者の目金光と、警備の真守厚という必要最小限の人員が、工場で働くことになる。
今後必要に応じて、随時労働者は雇用を増やしていく予定だ。
特に警備員については、早めに追加募集する可能性がある。
平田は全体的な現場管理を任せる。
この工場を一番知り尽くしている人だけに、任せるのに不安はない。
目金は工場の設備維持と保守点検業務が中心だ。
これから使う設備は限られているとはいえ、保有している未稼働の設備を、ただ朽ちさせていくのはもったいない。
いざ稼働する時に動かない、などということがないように、整備は必ず求められた。
目金光は銀縁フレームの眼鏡をかけた、少し陰気な男だ。
顔は細長で、口元にちょびヒゲが生えている。
身長が高く、一九〇センチぐらいあるが、覇気のあまりない目と、痩せ体質のせいで、少し影の薄い印象だった。
自販機の影とかに立っていると、周りからなかなか認識されず、気づいた時にビクッとされるようなタイプだ。
別に気配を殺しているわけでもないのに、ふっと気がつくと意識から逸れてしまう。
渡がこれからの業務について話すと、目金は工具箱を手に、とても喜んだ。
「こ、これまでずっと稼働させっぱなしだったので、拙者、こ、これを機会に、徹底的に、メンテナンスしようと、思います。フヒ……」
「研究開発に使う設備は最優先でお願いします。整備に必要な物は必要なら発注し、後で平田さんに請求書を回してください」
「わ、わかりました。フヒ……かわい子ちゃんたちを、たっぷりと、磨き上げるぞぉ、ヒヒヒ」
眼鏡がキラーンと光を放ったため、渡は目をすがめた。
ううっ、まぶしい……っ!!
思わず渡が前腕で光を遮る。
目金が銀縁フレームをクイクイっと持ち上げて自慢げに笑った。
そしておもむろに、眼鏡のフレームに触れると、光が消える。
「良いでしょこれ。暗がりでも整備できるようにLEDライトを付けてるんですよ……フヒ」
「物理的に光ってたのか……」
「フヒィ……? マンガじゃないんですから、眼鏡が勝手に光るわけないじゃないですか。フヒヒ、新しい社長はなかなかユーモアがありますね」
「それもそうだよな」
――キラーン★
今はスイッチを切っているはずなのに、眼鏡が光って見えるが……!?
「いや、いま間違いなく光ってなかったか!?」
「ナイスジョーク……フヒ。では、拙者さっそく仕事に、かかります、はい」
あくまでも陰気に笑う目金は、早速整備工具を抱えると、足取りも軽く作業に向かった。
まずは今後も稼働する研究開発用の設備から手を付けるつもりだ。
「なんだったんだ、あの光は……」
ステラが評価するぐらいには、その技術力は非常に高いらしい。
渡は呆然とその後ろ姿を見送った。
警備員の真守厚は、四〇代の男だ。
威圧感のある分厚い胸板に、角刈りの四角顔。
身長は一八〇センチほど。
四角顔でヒゲはしっかりと剃っているが、もともと非常に濃いらしく、もみあげから顎にかけて濃い青が残っている。
剣道と柔道の有段者で、学生時代は全国大会にも出場したこともある、それなりの実力者だ。
今も中年太りになることなく、しっかりと節制してトレーニングに励んでいる。
そんな真守は、警備服をビシッと着こなして、渡を前に足を揃えると、ビシッと敬礼して見せる。
どうも熱血タイプらしく、目に炎が幻視して見えた。
「こちら、異常なしであります!」
「いや、まあそうでしょうけど」
「はっ! 工場の警備はお任せください! 吾輩の手にかかれば、ネズミ一匹入りこませません!」
「情報漏洩リスクは限界まで下げたいと思っています。警備に必要なもの、人員があれば、最優先で要望を出してください」
「了解したであります! では早速、購入いただきたいものがあります!」
「なんでしょうか?」
「人感センサーと防犯カメラであります! 警備員の数が足りない現状、センサー類で異常を感知するのが一番であります!」
「分かりました。お任せするので、必要なだけ要望を出してください。購入します」
「警備会社と契約しているので、センサーが探知した時に通知が行くようにすれば、十分以内に警備が駆けつけてくるんであります! ……ただ、この方法だと、そもそも侵入自体は防ぐことができないであります!」
「まあ、そうでしょうね……」
侵入に気づいても、それを阻止したり、あるいは捕らえるには、こちらの人手が足りない。
薬草園の周りに壁を張り巡らせたように、そもそも侵入を防げるのが一番だが、山奥ならともかく、周りの目があるところで魔法を使うのは迂闊すぎる。
相手はポーション一つ、あるいはパソコンひとつ奪えば、情報を奪取できるのだから、これについては別の解決策を考える必要がありそうだった。
「とはいえ、これについては、近々何かしらのテコ入れをするつもりです」
「はっ! 承知しましたであります!」
警備員については、真守一人では、十分なローテーションを取ることも難しい。
産業スパイの存在も考えると、十分な腕前と倫理観を持つ人材の増強は必須と考えられた。
「吾輩、早速警備に当たります! 扉異常なし、であります!」
「よろしくお願いします。……なんか変わった人が多いな……」
ドスドスと歩み去る真守の後ろ姿に、またもや呆然と渡は見送った。
そして、最後の一人。
サレム・アル=カリーム氏は、この日をよほど楽しみにしていたのだろう。
早速ロング白衣を羽織ったサレム博士は、目を輝かせて、渡たちの指示を待っていた。
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