第44話 クローシェとの結婚⑥
今回の対談をセッティングしてくれたモイーの面目は丸つぶれである。
せっかく、良かれと思って久々の再会の場を用意してくれたかと思うと、渡としても今回の結果はとても残念なものだった。
クロイツェルの短慮には、人としてどうなのか、という不満が沸々とわいてくる。
いくら娘を取られるからと、あまりにも軽率ではないか。
モイーの顔を潰して、そんなことで傭兵団を本当に率いていられるのか。
とそこまで考えて、思い込みで自分の体を賭けの対象にしたクローシェもそうだし、いきなりクローシェと対決したクローデッドもそうだし、黒狼族そのものが最初は当たって後は流れで、という脳筋文化なところがあることに気づいた。
戦場では力と力をぶつけたほうが、相互理解に手っ取り早いのかもしれない。
よく弁護士は離婚率が非常に高いことで知られる。
これは仕事で相手の欠点を突くことばかりをしていると、家庭関係でも同じことを自然としてしまうからだ。
傭兵としての職業習慣が、判断に何らかの影響を与えた可能性は、相応にあるように思えた。
ともあれ、渡には今回大きな非がない。
モイーが尻拭いをしてくれるというのならば、ぜひお願いします、と頭を下げるしか選択肢は残されていなかった。
断るのもまた体面を傷つけるだろう。
それに悪くはされないという信頼もあった。
モイー卿は男爵位ではあるけれど、財務次卿としてその権勢は非常に強い。
クロイツェル率いる黒狼族は、一傭兵団としては非常に有名だが、両者の力関係は明らかだった。
以下、非常に簡略ながら、やり取りを示す。
モイッ! モイモーイッ! イモ! ジャガイモ! ナガイモッ! モモイ! モイーッ! モ゛モモモッ!(怒)
キャンキャン! キャヒン!? アオーン!? クゥーンクゥーン……。(泣)
一体両者の間でどのようなやり取りがあったのか、渡には分からない。
だが、話し合いが決裂したなんとその日の夕方には、モイーから再度話し合いの機会を設けるので、参加されたし、との連絡が言付けられた。
渡がクローシェの家族を巻き込む作戦を実行しようとして、一族の逗留場所へと赴いていたのだが、その頑張りは実を結ぶことはなさそうだ。
だが、再びクローデッドと会えたことや、クローシェの母親であるクロンと話ができたことは無駄ではなかっただろう。
特にクロンは、無事に再会できたことを涙を流しながら喜び、クローシェと熱い抱擁を交わしていたし、また父クロイツェルの横暴に憤慨し、協力を約束してくれた。
今後は何か事が起きた時には、クローシェ側に立って応援してくれるに違いない。
たとえクロイツェルが一族の長として強い権限を持っていたとして、妻の機嫌は軽視できないと思われる。
なお、余談だがクロンはとても美しいマダムといった様子で、気品や抱擁感に溢れ、女性としての円熟の域にあり、クローシェの今後が楽しみになる容姿や精神性をしていた。
「主様、わたくしだけでなく、お母様にまで手を伸ばそうとされていませんでした?」
「クローシェ、私勉強したのですけど、こういうのは親子丼と言うそうですよ……」
「アタシは主を尊敬してるけど、この性欲の強さには引くわあ……獣人のアタシたちよりよっぽど獣の目をしてたよね」
「わたしのこの体型にも魅力を感じたあなた様ですし、仕方ないことなのかもしれませんねぇ……」
上からクローシェ、マリエル、エア、ステラの談である。
ひどい言われようだ。
クロンをじっくりと見ていたのは、あくまでもそこにクローシェを重ねてのこと。
渡には、人の交際相手や結婚相手に手を出すような下劣な性格はしていない、と自負していた。
「おい、違うからな。なに確定事項みたいな言い方してるんだ! お前たちなら臭いとかで、俺が興奮してたかどうかぐらい、分かるだろ!」
「わたくし、ちょっと今日は鼻の調子が悪くて。先程泣いたせいで……ヨヨヨ」
「アタシもー、ちょっと調子が悪い気がするかなっていうかー」
「こ、こいつらぁ……!」
わざとらしく惚けるクローシェとエアの二人に、渡は眦を吊り上げて睨みつけるが、一向に恐れている様子はない。
だが、少なくとも泣いていた時よりは、よほど気持ちを持ち直した様子で、渡は少し安心した。
クローシェは明るく真面目で、一部とてもドジっ娘で思い込みが激しいところもあるが、エアの境遇に怒ってみせたように、その生来の気質はとても善性だ。
一度身内に入れた人物に対しては、とても深い愛情を示している。
モイーがどれほどの調整をして、再度の面談をセッティングしてくれたのかは分からない。
だが、クローシェの悲しむ結末にならなければいいな、と思った。
◯
再び訪れたモイー家の王都屋敷。
先ほどとは違い、屋敷の中の空気がピリピリとしているのがすぐに分かった。
門衛や従者の緊張ぶりが伝わってきた。
一家の主であるモイーの機嫌が悪いことが、その緊張感をもたらしているのは明らかだ。
「ヤバいな……なんか俺まで緊張してきた」
過去に何度か顔を合わせた門衛に来訪を伝えると、すぐに中に案内された。
モイーは先程通された、会議ができるような小さな部屋ではなく、領主と正式に対談するための大きな部屋にいた。
今からの会談が、個人的なものではなく、モイー領男爵にして財務次卿としてのものであるということだ。
失礼します、と断って中にぞろぞろと入ると、すでに到着を待っていたモイーと、周囲に腕利きの護衛と従者、そしてクロイツェルがいた。
クロイツェルは顔を伏せていて、その表情をうかがい知ることはできない。
だが、モイーたち一行は厳しい表情をして、入室した渡たちを迎えた。
うわあ……なんだか凄いことになっちゃったぞ。
チリッ、チリッ、とした空気に、否応なしに警戒心が高まる。
エアがほんの僅かに渡との距離を詰めるぐらいには、空気が良くなかった。
「御用と伺い、参りました」
「うむ、ワタルか。よく来たな。実はあれからクロイツェル・ド・ブラド殿とはよーく話をしてな。ぜひとも貴様に言いたいことがあるということで、呼び寄せたのだ」
一体どんな話し合いがあったのやら。
知りたい気持ちと、知りたくない気持ちがないまぜになる。
クロイツェルの様子を見れば、立派な耳がへにょん、と垂れ下がり、感情を示す尻尾がくたぁ……と力なく床に落ちていた。
これは相当叩かれてますわ。
「……申し訳ありませんでした、ワタル殿。私の軽率な言動で、渡殿だけでなく、娘クローシェの心を傷つけてしまった。モイー様からも厳しくご指導いただき、自分の過ちを深く反省しております」
クロイツェルの耳がさらに下がり、尻尾も床に這うように伏せられている。
その姿からは、本心からの悔恨の情が伝わってきた。
娘を奪う男に頭を下げなければならないという、悔しい気持ちも当然あるだろう。
だが、それでもクロイツェルの声が震えることもなく、ハキハキと言うべきことに気持ちを込めて、声に乗せていた。
「どうか、お許しいただけるでしょうか。今後は二度とこのような無礼を働くことはありません。婚姻関係についても、軽挙妄動を慎み、一族で熟慮した上で判断したいと思います」
「分かりました。どうか顔を上げてください。すべてを水に流しましょう。これから先、クロイツェルさんにはできれば、お義父さんとお呼びできる日を願っています」
「ワタル殿……かたじけない」
再度深々と頭を下げたクロイツェルの手を、渡は取った。
モイーが仲立ちした上に、家族の了承は取れている以上、もはやクローシェとの婚姻は成ったも同然。
渡は鷹揚にクロイツェルの謝罪を受け容れた。
異世界の住人であり、親類縁者などの力を持たない渡と、強力な傭兵団を従えるクロイツェルとは、本来ならば圧倒的な力の差がある。
だが、頭を垂れるクロイツェルと、許す渡。
両者の姿は、明らかに現状の力関係を表していた。
「これにて両者のわだかまりは解けた。おめでとう! 両家の今後に祝福あれ!」
モイーはわざとらしく明るい声を出して、軽く手を叩いた。
続いて、従者や護衛たちも手を鳴らし、祝福する。
若干わざとらしくもあったが、このような空気の中で渡の方も極端な要求はできない。
苦笑を浮かべる渡に、モイーが自分にだけ見えるように、楽しげにウインクを飛ばしてきた。
まったく、名采配でございます。
同時に、この人は絶対に敵に回したくないな、と心底思った。
もし良ければ高評価をよろしくお願いいたします。
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