第43話 クローシェとの結婚⑤
部屋を出て、しばらく無言で館を歩いた。
慌てて館内を管理している従者が駆け寄ってきたが、話し合いが決裂したことを伝え。
「そ、それは本当ですかっ!?」
「ええ……。これ以上の話し合いは不可能だと判断して、退席しました。このような事態になり申し訳ありません」
「分かりました。ともかく、一度別室でお控えください。事の経緯を我が主にお伝えして参ります」
従者が呆然とした表情を浮かべたあと、すぐさま復帰した。
モイーの下で働くだけあって、相当に優秀な人なのだろう。
一旦別の部屋に案内してもらう。
どちらにせよモイーには経緯を説明する必要があるだろう。
せっかく骨折りしてもらったのだが、残念な報告になりそうだ。
シクシクと胃が痛み、渡は上腹部をさすった。
ストレス性の胃痛もポーションで治るのかもしれないが、根本的な解決には繋がらない。
モイーにしてもクロイツェルの短慮のせいで、面目丸つぶれである。
部屋を出て以来、クローシェは黙り込み、一言も発さなかった。
一番ショックだっただろうに、気の強いことだ。
渡は横目でクローシェの表情を窺いながら、少し間を置いて口を開いた。
「しかしよくあれほどの啖呵を切ったな」
「うっ、ううっ……、お父様のばかぁ……」
その声に反応したように、クローシェの肩が小刻みに震え始めた。強がっていた表情が崩れ、目から涙が溢れ出す。
ぐしっ、ぐしっ、と鼻を鳴らし、大粒の涙を浮かべてクローシェは泣いていた。
……バカか俺は。
その時になって、ようやくクローシェの本心が分かった。
やはり、クローシェは認めてほしかったのだ。
祝福してほしかった。
怒って見せてはいたが、本当はひどいショックを受けて、悲しかったのだ。
それも当然のことだろう。
少し前まで、すごく自慢げに、鼻高々に愛情を語っていたのだ。
エアが激怒してキレるかも、などと言っていても、本心ではどこか信じていたに違いない。
渡はクローシェの目尻に手をやると、溢れ出る涙を拭った。
「クローシェ、泣くな。せっかくの綺麗な顔が台無しだ」
「らってぇ……主様が、もうちょっとで……」
「俺は怪我一つしてないよ。鼻血ももう治った。クローシェとエアのおかげだ」
「アタシももうちょっと早く助けれたら良かったんだけどね。次はもう繰り返さない。約束する」
「今回は俺も悪かった。ちょっと話の持っていき方が性急だった。だけど、ちゃんと話し合って、俺達の仲を認めてもらおう。俺は、クローシェの家族や一族に認めて、祝福してもらって結婚したい。クローシェだってそうだろう?」
「びゃい……ぐすっ……」
「作戦を練ろう。今度は断れなくするぐらいの段取りを立てて、認めさせるんだ」
グズグズと鼻をすするクローシェに、まだ終わったわけではない、と強く伝える。
クロイツェルの態度には腹立たしさを覚えるけれど、だからといって、クローシェの悲しみは無視できない。
クローシェは泣きじゃくりながら、何度も小さく頷いた。
顔を両手で覆いながら、かすれた声で答える。
「わかりました……」
だったら、どうするか。
これで完全に縁を切ってしまうなんてことはせず、黒狼族との関係を再度結ぶのだ。
クロイツェルに今すぐ会いに行くことは難しい。
一旦は冷静になる時間も必要だろう。
そのうえで、クロイツェルだけでなく、クローデッドやクローシェの母親も巻き込んで、了承せざるを得ない状況へと、場を作っていく。
それにはクローシェ自身が、前もって接触する必要がある。
渡は案内された部屋の椅子に座って、腕を組んで考え込んだ。
「しかし、クローデッドさんと反応がよく似てたなあ」
「さすがは親子ですね」
「マリエル、それもあるけど、黒狼族のリーダー格ってのが大きいかも」
エアの言葉に、マリエルが首を傾げる。
「と言いますと?」
「主にも説明しておくと、黒狼族って基本的には群れのボスであるクロイツェルおじさんが一番大きな権力を持ってるわけ。この権力は本当に強いものなの」
「ははあ、種族特有のものですね」
絶対的な権力を有している。
群れの中では、クロイツェルが黒といえば、白も黒くなる。
これはあくまでも黒狼族の場合であって、他種族の場合はまた異なる権力構造を持つ。
「後継者候補のクローデッドさんはナンバーツーだよね。で、クローシェが婿を迎えた場合は、自分の傘下に加わるような形になるから、娘婿と言っても厳しい上下関係ができるの」
「とはいえ、俺は婿入りするつもりはないぞ?」
「うん。主は小形とはいえ一家の雄。多分だけど、興奮か動揺したか知らないけど、その辺りを読み間違えたんじゃない?」
エアの発言に渡は小さくため息をつき、首を傾げる。
到底信じられないミスだ。
「ええ……そんなので一族を纏め上げられるのか?」
「主は今回の一面しか見てないけど、本来のクロイツェルおじさんは相当に優秀なのは嘘じゃないよ。そもそもモイー卿から大金をせしめてるのも普通じゃできないでしょ?」
「たしかに……。俺がなんだかんだと優遇してもらってるのは、稀少性があるのと、彼個人のポケットマネーでどうこうできる範囲だからだ。公金を使う仕事の場合は、もっと利害調整に厳しくなるだろう」
「家族のことを前にして、ちょっと感情の箍が緩んだのかなー? まあどっちにしろ悪手だとは思うから、アタシからしたら同情の余地はないけどね?」
「わたくしも許せませんわ! お父様のバカ! 毛ジラミにやられてボサボサになればいいんです!」
「まあ、その辺りは俺に任せてくれ。こうなったら俺も腹をくくる。俺だけの問題じゃないしな」
ズビビー、と鼻をかんだクローシェが、赤くした目をキッと鋭くして叫ぶ。
すでにモイーも巻き込んでしまっている。
これでなお下手に出ていたら、モイーの立場も悪くなるし、御用商人としての立場も危ういものになってしまうだろう。
それから段取りを話していたら、大変機嫌を悪くしたモイーがやってきた。
「我の管理下において、このような騒動が起きたことを陳謝する。我の目論見が甘かったようだ」
貴族であるモイーの謝罪に、渡たちは目を見開いて驚愕した。
平民の謝罪と、貴族の謝罪は、同じ行為でもその重みがまるで違う。
言葉を失う渡たちに、モイーが続ける。
「クロイツェル殿への執り成しは、我に一任してもらえないだろうか? きっと良いようにしてみせよう」
「ば、万事お任せいたします……。よろしくお願いします」
モイーにそう言われてしまえば、渡たちに断れる余地はなかった。
Skebで依頼したイラストをカクヨムの近況ノートで全体公開していますので、良かったらご覧ください。
旗袍のエア
https://kakuyomu.jp/users/hizen_humitoshi/news/16818622172061120321
(いつものことですが、カクヨムリワードを利用して依頼しているので、カクヨムでご覧になってください)
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https://unicorn.comic-ryu.jp/145/
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