第41話 クローシェとの結婚③
モイーの用意してくれた館の一室で、面会をすることになった。
ここでなら、いざという時に感情が爆発しても、最低限の抑制効果を期待できるだろう。
使用人に案内されて部屋に向かい、扉を抜けた先に、その男がいた。
クロイツェル・ド・ブラド。
世界でも有数の傭兵団を率いる、黒狼族の族長だ。
銀の虹彩。こめかみに残る傷痕。
その瞳は、その傷痕のように、冷たく、鋭く、そして深い。
こちらを見透かすように、強い視線が渡を貫いた。
魂をぎゅっと掴まれるような感覚に、胃が震えた。
顔立ちは凛々しく、十分に整っている。
黒狼族の名の通り黒々とした髪は長く、後ろに流されていた。
モイー卿の館に訪れていることもあって、フォーマルな服装をしていたが、胸に大きな徽章が取り付けられていた。
大きな狼が遠吠えを上げているシンボルマークだ。
体型は、その名の通り、狼に似ている。
神話に出てくるような大狼のように、力強く、無駄が削ぎ落とされていて、そのままでは人間の体には見えないほどの筋肉がある。
渡はひと目見て、全身から漂う歴戦の猛者の息吹を感じた。
渡なりに今日の邂逅は、それなりに覚悟を望んでやってきている。
貴族相手にもなんとか渡り合えるだけの胆力をつけたし、自信も積み重ねてきた。
同じように強く敵意を向けてきたクローデッドによって、経験も積んでいる。
それでも呑まれてしまいそうになるほどの、その圧倒的な存在感。
エアがそっと背中に触れてくれなければ、そのまま呑まれてしまっていただろう。
渡はごくり、と唾を飲み込み、そのままその視線を受け止めた。
ほう、と感心したようなクロイツェルは表情を浮かべる。
「ずいぶんとお待たせしたようで、申し訳ない。堺渡です。はじめまして」
「ブラド家の当主、クロイツェル・ド・ブラドだ」
「ずっとクローシェから、素敵な父親であり、同時に非常に優秀な団長なのだと伺っていました。本日はよろしくお願いいたします」
良く響き渡る声だ。
力強く、何度も戦場で響き渡ったのだろう。
渡は軽く頭を下げた。謙るわけにはいかない。
だが、クローシェの父親として、あるい年長として、その礼を尽くすのは当然のことだ。
挨拶を済ませて、一度部屋の椅子に座る。
後ろにエアが周り、本日の主役であるクローシェが、渡の隣に座った。
クロイツェルに同席する皆を紹介した後、クローシェがにこやかな笑みを浮かべて、クロイツェルに抱きついた。
「お父様! お変わりないようですわね。こうしてお会いできて元気そうな顔を見れば、胸がいっぱいですわ!」
「久しぶりだな。……随分と大人な顔をするようになったな。元気にしていたか?」
「ええっ! もちろんですわ! お姉様を探す旅は色々とありましたけど、お姉様とも無事再会できましたし、今は幸せに暮らしていますわ!」
「無事に、な。クローデッドからは色々と聞いているが、まあ今は良いだろう」
「うぐっ……。そ、それでもわたくし、不幸じゃありませんもの。こうしてお父様ともう一度会えたこと、とても嬉しく思っていますわ」
「それは父もだ」
呆れたような苦笑いを浮かべるクロイツェルの目は厳しい。
信じて送り出した娘が、奴隷の身に堕ちていたのだ。
アヘ顔ダブルピースもビデオレターもなかったが、クロイツェルからすれば、どうしてこうなった、と頭を抱えたことだろう。
それでもクロイツェルはクローシェを優しく抱きしめて、その無事を確かめた。
黒く長く太い、豊かな尻尾を、クローシェの胴体に絡ませる。
クローシェも普段は口に出さないが、家族愛は相当に強い。
狼という群れを作る種族特性がそうさせるのか、父親との再会に目を潤ませていた。
クローシェが帰れなくなった元凶の一人ではあるが、会えて良かったなあと心から思える。
親子仲は、可能であれば良くあって欲しい。
自分にはきっと望めそうにもないからこそ、クローシェもマリエルも、大切にしてほしかった。
ゆっくりと再会のハグを終えた後、二人が離れる。
そして、席に座ったクロイツェルの目が、再び渡へと注がれた。
「クローシェの態度を見ていれば、ひどい扱いを受けていないのは分かった。娘をそれなりに無事に保護してくれたことを心より感謝する」
「た、大切な娘さんをお預かりさせていただいております。正当な対価とはいえ、彼女を奴隷の身としてしまったことには、ご家族には納得いき難いということも分かっています。話がまとまれば、彼女を奴隷から解放する予定です」
「それでは、話を始めましょうか」
家族に向けていた暖かく優しい目が、今は大きな刃物のように、渡に注がれる。
マリエルの時とは状況が違う。
彼女の場合は、売却された奴隷を購入しただけだが、クローシェの場合は勝負に負けて奴隷に堕とされた。
その違いは大きい。
クロイツェルは自身が戦士として非常に優秀なだけではなく、群れの長として統率するカリスマに優れて、また一族の行く末を決める能力もある。
貴族相手の手強い交渉も長年続けてきただろう。
当然、今回の渡の目的も、十分に察知しているに違いなかった。
「先ほど、あなたはお預かりしている、と言われたね。であるならば、娘を返していただきたい」
「それでも結構です」
「主!?」
「落ち着け、エア。クロイツェルさん。その後ですが、俺に彼女を嫁に迎えさせていただきたいのです」
「ほう。あなたはすでに他に三人の奴隷を抱えていて、それぞれに大変仲が良さそうだ。その中で、娘は正室に迎えるということわけかな?」
「はい。そしていいえ。俺は正室側室の序列を作るつもりはありません。いわゆる愛人や妾といった立場で満足してもらうつもりも、ありません」
「自分が何を言っているか分かっているのかね? 序列を作るのは、結果として秩序に繋がり、安定をもたらす。みんな仲良く、というのは理想ではある。だが、それはあくまでも理想であって、現実にはそうはいかない。大抵の場合、そのようなあやふやな関係は崩壊する。それはあなたも分かっているはずだと思うが?」
「はい。ですが、俺は彼女たちと共に生きていく覚悟があります。彼女たちを大切にし、幸せにする。それが俺の願いであり、使命です」
「甘い考えだ。現実を見ろ。人の心は移ろいやすい。今は良くても、いずれ争いが起きる。きっとその時、娘はお前を恨む」
「その通りかもしれません。ですが、それでも俺は彼女たちと向き合い、理解し合い、支え合っていく。それが俺たちの選んだ道なんです」
「ふむ……。お前の目には、確かな決意が見える。だが、それだけでは足りん。夢見がちなことばかりを考えるタイプなのだな。夢想家、理想家に大切な娘は――やれんっ!」
クロイツェルの鋭い目が渡を貫いた。
その次の瞬間、クロイツェルの剛腕が、渡の頭に向けて、砲弾のように放たれた。
*信じて送り出した
ハースニールという同人サークルが出したエッチなゲームのタイトル。みさくらなんこつ氏が描いたキャラクターが、ダブルピースしている。
もし良ければ高評価をよろしくお願いいたします。
COMICユニコーン様にて、コミカライズが連載開始しました。
https://unicorn.comic-ryu.jp/145/
ぜひ読んでください。





