第40話 クローシェとの結婚②
今回は南船町の代官屋敷ではなく、王都で面会することになっていた。
これは王都、南船町、モイー男爵領と南下していく必要があるためだ。
今後黒狼族が派兵されることになるハノーヴァー領は、王都から伸びる街道を通って、ずっと東に位置している。
モイー領で会うと、相当な遠回りになってしまう。
モイー自身が自分の領地でずっと滞在しているならともかく、王都とモイー領を行き来している以上、黒狼族を迎えるのも自然と王都で行われることになった。
しかし、問題はクローシェの両親が、激怒してしまった場合だ。
兄のクローデットが上手く取りなしてくれているらしいが、実の娘が奴隷にされているのを見れば、激昂しても不思議ではない。
そして、黒狼族でも上位の実力者たちは、どうも歴戦の兵なのだそうだ。
その実力は、信頼しているエアでさえ、一対一なら倒せるが、二人を相手にするのはキツい、と評価するほど。
こちらには一騎当千の強者が二人、エアとステラがいるが、多勢に無勢になってしまえば、タコ殴りにされるかもしれない。
ちなみにクローシェは勘定に入っていない。
普段ならば大丈夫だろうが、家族を前にした時に、子供の頃の刷り込みで無抵抗になってしまう可能性もあり得るからだ。
「クローシェ、お兄さんのクローデットさんは分かったけど、お父さんとお母さんはどういう人なんだ?」
「お父様クロイツェル・ド・ブラドは冷静沈着なカリスマを持ったリーダーですわ! 戦場で劣勢に陥ったときも常に落ち着いて、味方を鼓舞して、ここぞという時は自ら危険な場所に飛び込んで、活路を見出すのです。一族で荒っぽいものも、お父様の命令にはちゃ~んと従うのですの」
「へえ、立派な人なんだな」
「とうっぜんですわ!」
クローシェは父が褒められたことが相当に嬉しいのか、鼻高々といった様子だ。
大きな胸をバインと突き出して、体を反らしている。
身内びいきではなく、第三者からも評価の高い傭兵団のトップなのだ。
相当に優秀なのは確かだろう。
「じゃあお母さんは?」
「お母様も立派な戦士ですわ! おまけに器量よしで料理も上手なんですの! わたくしもお母様から手ほどきを受けたのです!」
「ああ、クローシェが料理が上手いのって、お母さん譲りなのか」
「強力な傭兵団になると、契約金や報酬もたっぷりと手に入るから、食料はいつも不足することがありませんでしたわ。これって傭兵団では珍しいことなんですのよ」
「へえ、そうなのか」
「弱いところは戦場から逃げ出したり、最悪裏切ったりするからね。そもそも信頼されてないし、待遇もかなり悪いよ」
エアが補足してくれて、なんとなく傭兵団の評判や扱いについて分かってきた。
強力な傭兵団は、戦力だけじゃなくて倫理面でも一応の信用がある。
高い報酬を用意されるから、装備などに使うお金も潤沢で、ますます強くなっていく。
ところが中小傭兵団だと、雇い主があまり信頼していない。
条件が厳しいし、戦場でも逃げ出せない過酷な場所に配置されてしまう。
報酬が少ないから装備の質も低く、思うように活躍できないから、団員も消耗されて、ますます成功が遠のいてしまう。
どこかで成り上がるには大きな成功を収める必要があるのだろう。
家族のことを語るクローシェは、とても鼻高々といった様子だ。
「クローシェは両親を尊敬しているんだな」
「もちろんですわ! お二人とも忙しくていつも相手をしてくれているわけではありませんでしたが、たっぷりと愛情をかけてもらったと思いますの」
「そうか……。じゃあなおさら怒るかもしれないんだな」
「あ、そう、ですわね……」
「多分ブチギレてるんじゃない?」
「あー、やだなあ。会いたくなくなってきた……。ボコボコにされたらどうしよう」
「しっかりしてくださいませ! 主様がちゃんと認めてもらおうって言い出したんですのよ?」
「そうか。そうだよな。覚悟を決めるしかないか」
比較的好意的だったマリエルの両親が相手でさえ、ものすごく緊張したんだ。
今回みたいないかにも強そう、怖そうな相手では、どれほど萎縮してしまうか分かったものではない。
とはいえ、そんな気弱な態度では、相手の両親も大切な娘を預けるのに不安になるだろう。
頑張らないと、とは思うものの、強いストレスに胃の辺りを撫でながら、渡はモイーの王都の館を訪れた。
◯
久しぶりに会うモイーは、モイモイしていなかった。
最近は仕事に集中しているらしく、モイー卿の顔が板についている。
財務次卿として国政を引き受けているのだ。
本来は趣味に傾倒できないほど忙しいはずだった。
とはいえ、モイモイしているモイーも人らしさが出ていて、渡には好感が持てる。
また趣味の時間を取れるように、なにか売るものを考えておくべきだろう。
芋焼酎などはどうだろうか。
エアとクローシェが抱えていた荷物を下ろし、一言断ってから、中を取り出した。
「おおっ、これはダイギンジョウではないか! それもこんなに沢山……。むっ、一つ一つ外見が違うようだな」
「はい。違う酒蔵からの商品も仕入れてきました。ワインも産地や造り手によって味が違うように、日本酒もまた味が異なります。お気に入りが見つかればと思って」
「なんと。そこまで気遣ってくれたか。ありがたい」
「お疲れのようですね」
「うむ。だが黒狼族傭兵団と契約は結んだからな。東の国防がこれでようやく安定するだろう。内向きの仕事ならば、我の本領発揮できる分野だ。ようやく一息つけるというものよ」
だがまあ、と呟いて、モイーは笑みを浮かべる。
その目は愛しそうに酒瓶に向けられていた。
「近頃はめっきり仕事終わりに酒を飲むことが多くなった。貴様はタイミングが良い。おかげで晩酌が楽しめそうだ」
「契約が成立したんですね。良かったです」
「うむ。思ったよりも向こうはその気になってな。まあ報酬は弾んだが……。それだけの働きは期待している。貴様には世話になったな。感謝する」
「そう言っていただけて光栄です」
貴族は下々の者に対し、あからさまに感謝を伝えることは少ない。
目下の者にやらせて当然、という建前の中で生きているからだ。
だからこそ、感謝の気持ちは感状などの形として残し、また褒美を与えることと同義になる。
渡が以前、御用商人として引き上げられたのも、モイーの大きな感謝の表れであり、周囲からすれば非常に羨ましい大きな特権だった。
「ただ、飲み過ぎにはお気をつけくださいね?」
「分かっている。酒精神のありがたい御言葉を頂戴したくないからな」
そう言ってモイーは、軽く頭をトントンと叩いた。
飲み過ぎて二日酔いに苦しむのは、地球でも異世界でも異なることはないらしい。
思わず苦笑いを浮かべてしまう。
そもそもアルコールに耐性がなく、ほとんどお酒を呑まない渡には縁の遠い話だが、相当につらいのだろう。
「黒狼族の皆さんはまだ王都に滞在しているんですよね?」
「うむ。貴様が来るのをピリピリしながら待っていた。どうも貴様とそこのクローシェの関係もしっかりと把握しているようだ。せいぜい心してかかるのだな」
「うぅ、殺されないか不安です」
「なあに、骨は拾ってやる。それにいくら平静を欠いても、我の館で事に及ぶことはあるまいよ。激怒しても最後の一線が守れんようでは、傭兵の頭領など務まらん。その点だけは安心していい」
「わーい、うれしいなー」
つまり、言葉を返せば死ぬ以外の保証はできないということだ。
全然ありがたくないお言葉をいただいて、渡は両手を上げて万歳した。
ポーションも用意しておいた方がいいのかな……?
ううううう、胃が。胃が痛い……!





