第39話 クローシェとの結婚
工場の買収が終わり、本当に最少人数ながら働き手の確保もできた。
後は受け渡しが終わってから、実際の作業に移っていくことになるだろう。
サレム博士はこの間に生活拠点を整えると言っていた。
まずはフィギュアを守る棚と耐震設備を購入するのだとか。
偶像崇拝禁止の教えはどうした。まったく。
それまでの短い期間に、渡としては異世界での用事を一つでも進めておきたい。
渡は地球と異世界の二箇所を拠点に活動を行っている。
おまけに地球ではポーションの素材の育成から収穫、販売を行い、今回から製造にも携わる。
異世界ではウェルカム商会に相当量を委託しているが、それでもコーヒーノキの生産、領主や教授への挨拶回りなど、渡本人でしかできないことも多かった。
二〇二五年二月頭の今日は、モイー卿と会合の約束があった。
先日から手配していた、黒狼族の傭兵団を、ついに国が雇い入れたのだ。
クローシェの家族と顔を合わせる絶好の機会。
同時に、クローシェを嫁に迎えるためには、挨拶をしておく必要があった。
渡たちは、お地蔵さんの前で立ち止まり、荷物の確認を行う。
異世界に渡ってから忘れ物に気づいても、すぐに戻ってこれるが、やはり気分的なもので世界を渡る行為には慎重になる。
相変わらず、近くの人たちの視線を集めないのは助かった。
祠の周囲には、異世界に持ち込む多くの荷物が置かれている。
砂糖やコーヒー豆といった交易品をはじめ、チョコレートにお酒を持ち込む。
また、クローシェの家族に会うということもあって、彼らに渡す食べ物も持ち込んでいた。
「忘れ物はないな?」
「はい、大丈夫です。御主人様。私が荷物は抜けがないかチェックしました」
「アタシも用意できたよ。クローシェも武器は持ってるし」
「わたくしは背負い鞄にお酒がいっぱい入ってなければ、もっと身軽なんですけれど」
「モイー卿が大吟醸酒が好きだからなあ。これから何かあれば頼るつもりだし、心付けはしっかりしておかないといけないんだ。渡してしまえば身軽になる。悪いが頼んだぞ」
「わかりましたわ」
「ステラも杖は持ってるな?」
「もちろんですぅ。貴方様にいただいた大切な物ですからぁ」
今回は黒狼族との間に、モイー卿を挟んでもらう。
モイー卿本人は、渡たちというよりも、クローシェの名を仲介に招聘しているから、持ちつ持たれつの関係になる。
モイー卿のような力のある貴族が間に立ってくれるだけで、相当な抑止力になるはずだ。
「しかし、傭兵団を招くのって思った以上に大変なんだな」
「主様、黒狼族は木っ端傭兵団とは違いますの! 戦力も統率力も、国に引けを取らないと自負しておりますわ! ワタクシ達一団を迎えるかどうかで、戦況が大きく左右されるからこそ、大金を注いで招かれるのですわ!」
得意げにブンブンと尻尾を振るクローシェがうざ可愛い。
その目が褒めて褒めて! とうっとうしいくらいに強く主張している。
思わず頬を撫でると、クローシェは耳をピョコピョコ、尻尾をブンブンと振って、目を細めながら受け容れた。
ウザさと同じぐらい可愛らしい。大切な女性だ。
これまでは賭けの結果として、奴隷落ちしたクローシェだが、今後は奴隷の身分を解放することになる。
そうなれば、今までのような上下関係はなくなる…………クローシェについては続きそうな気がするな。
「ど、どうしたんですの? ど、どうして何も言わずにじっと見つめてるんですの? ね、ねえ。なにか言ってくださいまし!?」
「いや……なんでもないよ。気にするな」
「なんでもない態度じゃありませんよね!? わ、わたくしに何か?」
キューンキューン、と鼻を鳴らす子犬のように、クローシェが見つめてくる。
プルプルと震えて、尻尾が垂れる姿は哀愁が漂っていて、これもまたいじめたくなる可愛らしさがある。
エアが「あざと……」と呆れたように呟いた。
しかし、注意して臭いを嗅げば、渡の内心などすぐに分かるだろうに、あえてしないのは、渡のプライバシーを尊重してくれているのだろう。
「クローシェ。今日は君の家族と顔を合わせることになると思うけど、俺達の仲を認めてもらえるように頑張るよ。クローシェも両親の説得には協力してほしい」
「も、もちろんですわ! お父様にもお母様にも、わたくしとっても愛されていましたもの。きっと賛成してくれるに違いありません!」
「だ、そうだが。エア、親交の深かったお前から見て、どう思う?」
「え? うーん。正直に言って良い?」
え、そんなにヤバいの?
こちらの表情を伺うエアの姿を見ていると、にわかに胃が痛くなってきた。
キリキリと締め付けられるような痛みに襲われる。
聞きたくないが、知っておかないといけない。
「……ああ、もちろんだ。率直な意見がほしい」
「アタシたちが護衛についてなかったら、速攻でぶち殺されてるかも」
「…………そうか」
そうか……。
やっぱりエアたちに武器を携帯させてて正解だったか。
あー、やだな。会いたくないな。
普通の親と顔を合わせるのでも緊張するのに、とんでもない武力一家なんだからなあ。
渡は胃を押さえる。
その横で、クローシェがエアに噛みついた。
「なっ、お姉様!? 誤解ですわ!」
「えー、だって大切に育ててた自分の愛娘が気づいたら奴隷になって調教もされてるんだし? 清らかだった体がメスになってるのも気づくだろうし? 無理じゃない?」
「わ、わたくしが奴隷になったのはお姉様のせいじゃありませんか!」
「自業自得だし?」
「うううううううっ、そうでしたわああああああ!」
ぎゃおん、と頭を抱えるクローシェの姿には強い不安を覚える。
兄のクローデッドも最初はひどく敵意を示していた。
はたして本当に、これから会って大丈夫なんだろうか……?
異世界へのゲートを渡った渡は、その答えを知ることになる。
次回は久々のモイー卿です。
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