第28話 四つの候補
祖父江は人差し指をピンと立てた。
そして、一度頭の中で考えをまとめた後は、淀みなくその候補を口に出す。
「ひとつ目は、外部に分析などを委託するという方法だ。そういった専門の業者や、研究施設は少なくないからね。これが初期費用という面では一番安く、かつ早く済む。工場の建設や設備の設置はお金も時間もかかるから。問題点はすぐに思いつくだろうけど、貴重な情報を相手に渡してしまうことだね」
「それは許容できません」
「契約で縛ることはできるが、あまり良くない手だと私も思う」
渡はせっかくの提案だが、一つ目の候補を選択肢から除外した。
渡たちは異世界の品物を日本に持ち込んでいる。
素材や技術の出処は、あまり明らかにできない。
異世界の存在を明らかにすることもできないし、そんな所から物を持ち込んだ、ということも検疫の関係上、大きな問題を引き起こしかねないだろう。
後々何らかの情報の開示を求められる際にも、うまく辻褄を合わせられる余地を残しておかないといけなかった。
「二つ目は資産家として投資して事業に食い込むという方法だ。どうも話してみたところ、君は創業者として名を挙げたい、ということにあまり興味はなさそうだね」
「そうですね。功名心はあまり無いほうだと思います。キラキラした生活に憧れがないわけじゃありませんが……。俺にはもう十分なお金もあるし、マリエルやエア、クローシェ、ステラという美女が四人も一緒になってくれています。それなら身の回りの平穏無事や幸せを優先したい、と思ってしまいますね」
「若いのに珍しいことだと思うが、これは個性だからどうこう言うつもりはない。ただ、もう少し詳しく説明しておこう。株の大半を取得して、実質的な経営者になり、従業員を動かし、利益だけをいただく。私がいろいろなベンチャーに投資しているやり方だ。企業が業績を上げれば自然と利益をいただくわけだから、君自体がプレイヤーとして忙しく働く必要はない」
「すごく良い方法だと思いますが、問題はないんでしょうか?」
「当然ある。既存の企業をそのまま経営権だけいただくわけだから、その企業が育ててきたカルチャーや細々とした方針、指針はそのままになる。あるいは現場とは正反対の方向を向く可能性もあるかもしれない。あるいは信頼していた他の経営陣から裏切られるリスクもあるだろう」
祖父江の言葉に、渡は苦笑いを浮かべた。
そういう政治的な立ち回りを避けたいと願っているのに、規模が大きくなれば、どうしてもそういった立ち回りは避けられないらしい。
とはいえ、創業者と投資家としては、また発言力が変わってくるだろう。
自分がプレイヤーとして動く必要があるのは大変そうだが……。
それを許容するなら、やはりあまり好ましい選択肢とは言えない。
「三つ目は、一からすべてを建てる、という方法だ。お金もかかれば時間もかかる。工場ができてから認可を受けようとすればさらに時間がかかる。ただし、一からスタートするから、若い君が時間さえ気にしなければ、すべてを好きに差配できるだろう」
これは渡も一番に考えついた方法だった。
まるっと一から作り上げていくのは大変だろうが、非常に分かりやすい。
「正直、これは時間がかかりすぎると思う。工場の建設、機械の搬入、諸々の手続き。今でさえ忙しくしているだろう君は、今後ずっと忙殺されることになる」
そして、祖父江の表情と言葉から、この方法はあまりオススメしないことが分かった。
世の中の変革を求めている祖父江にしても、長い年月を無為に使うのは、あまり好ましくないらしい。
実際、ポーションが量産されれば救われる人の数は膨大にのぼる。
渡たちにも事情はあるにしろ、その間苦しむ人がたくさんいるのもまた事実だ。
それで自分を犠牲にするのは、渡にとってありえない選択肢だが、だからといって無駄に引き伸ばすつもりもなかった。
「そして最後の四つ目。私はこれをお薦めするが、倒産する製薬会社、あるいは工場だけを買収するという方法だ」
「なぜこれがオススメなのでしょうか?」
「製薬会社がいま次々に潰れているからだ。日本は厚生労働省がジェネリック薬を強烈に推進しているのは知ってるかね?」
「社会保障費を下げるためですよね。若者の税金が年寄りの健康に使われてるってよく見ますよ」
「それは間違いではないが、厚生労働省は薬価を下げようと躍起になっている。中小製薬会社のジェネリック薬はほとんど儲けがないどころか、品種によっては赤字になってるものもあるのは知ってたかね?」
「いえ、知りませんでした。でも手を引けば良いのでは?」
「それがそうとも言えなくてね。厚生労働省の強引な推進のため、医療業界から多くの薬が品不足になっているんだ。中には欠かせない薬も不足しはじめていて、嫌でも手を引かせないように要請してる」
「はあ……。俺はジェネリック薬の工場は品質管理が杜撰だったって聞きましたけど。小林化工、日医工、沢井製薬といった代表的な製薬会社が不祥事を起こしてますよね」
「……それも確かで大きな問題なんだよね。もともとは厚労省のジェネリック薬を推し進めるために、そこに予算を割り振って、儲けが出るようにした。欲をかいた少なくない製薬会社が、過剰なラインを作り、粗製濫造に走った。で、そのツケを払ってる会社も多い」
「自業自得じゃありません?」
「まあ、そうとも言えるね」
祖父江は苦笑した。
行政はこれまで事前申告制の監査を行ってきていた。
それを近年、書類の改竄の発覚から、抜き打ち検査をするようになり、不正の発覚が相次いだ、という流れがある。
ある意味では行政の甘い対応が、甘い汁を吸いたい害虫を太らせた、とも言える構図だ。
膨れ上がる社会保障費を引き下げたい。
だが、薬は世の中に不可欠で、必要十分量の供給は確保したい。
国際的な競争力も欲しい。
複数の目標が立てられて、現場は大混乱に陥っている。
「さて、話が少し脱線した。そういった問題を抱え、薬品不足を招いた現状、厚労省はジェネリック薬の製薬会社に再編を迫っている。この五年で半分以上の工場は倒産するんじゃないかな」
「そんなにですか?」
「ああ。当然吸収合併される会社もあるが、そんなケースでも、製法や権利を手に入れるためで、工場そのものは廃棄される場合が少なくない。あるいは経営状況が悪化し、十分な製造施設を抱えながらも、倒産する製薬工場は存在する、ということだ。そういった会社を買収すれば、費用と時間を短縮しつつ、場所と設備の両方が手に入るし、一部の許可はそのまま使える場合もあるだろう」
「なるほど……。ちなみに、買収価格ってどれぐらいになるんですか……?」
「ピンキリだが、一番安いところなら、五〇〇〇万もあれば行けるんじゃないかな?」
「そんなにするんです?」
「バカ言っちゃいけないよ。製薬に使用する設備は、新品で高いものなら一台で数億円するものも少なくない。中古とはいえ、そういった設備付きで手に入るなら安いと思う」
「なるほど……分かりました。やるべきことが一気に見えてきた気がします」
投資家としてバイオ・新薬に対して数多の投資をしてきた祖父江だからこそ、やるべきことが明確に見えているのだろう。
しかも渡の性格ややりたいことをある程度理解したうえで、最善策を提示してくれている。
寄る辺なき経営者にとっては、祖父江は先行きを照らしてくれる灯台のような存在に見えることだろう。
祖父江に魅了される経営者が多いわけだと、その時渡ははじめて祖父江の魅力について理解した。
「何の道を選ぶのも、君の選択次第だ。それぞれ詳しくは、部下の松尾という男に聞いてくれ。さっそく連絡しておく」
「分かりました!」
「いい知らせを期待しているよ」
本当なら、ここで株式の買収や、経営に一枚噛むなどしたいはずだ。
それでもここですぐに貸しを強調したりせず、スマートに対談を終えるあたりが、祖父江の魅力を感じさせた。
もし良ければ高評価をよろしくお願いいたします。
COMICユニコーン様にて、コミカライズが連載開始しました。
https://unicorn.comic-ryu.jp/145/
ぜひ読んでください。