第27話 祖父江との対談。取るべき選択肢
マリエルがカタカタとタイピングをして、メールの返信を行う。
これまではスマホのタッチパネルはできていたマリエルだが、気づけばキーボード操作にも慣れていた。
フリーランスライターをしていた渡と同じぐらいの速度でタイピングできるようになっているのだ。
いくらなんでも有能にすぎる。
驚くだけでなく、その何にでも対応してしまえる柔軟性には、自分の存在価値が揺らいでしまいそうになる。
「ご主人様、予定を取れそうなのは、二週間後とのことです。大阪で他の人との会談があり、その後なら時間を調整できると」
「祖父江さん忙しそうだな……。その日程で大丈夫ですって返信しておいてくれる?」
「分かりました。……はい、返信終わりました」
「ありがとう。助かるよ」
祖父江との対談は、今回はしばらく待つ必要があった。
当たり前だが、祖父江は日本でも一〇本の指に入りそうなほどに忙しい人物の一人だ。
その影響力は半端な政治家をはるかに越えているし、その祖父江が出席する場は、どこも非常に大きな影響力を持つ相手ばかりだ。
将来的には渡たちの商業規模も同じレベルに達する可能性は大きい。
とはいえ、渡本人にはそんな大企業の創業者として忙しない日々を送る予定はなかった。
渡たちも急いで会うつもりはなく、むこうの都合がつくタイミングであればいつでも構わなかった。
「その間に、俺たちはできることをやっておこう」
「そうですね。新薬についても大切ですけど、砂糖にベーキングパウダー、チョコレート、それにお酒など、持ち運んで売るものも多いですし」
「こればかりは一度に運べる量に限りがあるからな」
渡が車の運転にかなり慣れたので、お地蔵さんの近くにまでは、一度に大量に運べるようになった。
異世界の祠からは、エアとクローシェがひたすら荷車で倉庫まで運搬作業を繰り返してくれているのは今も変わっていない。
祖父江との対談、そして異世界ではクローシェの家族が王都にやってくるまでの間、渡たちはポーションの販売を続け、一月におよそ一〇人ほどの相手に成約した。
基本的には日本人が相手であり、スポーツ選手が購入するケースがほとんどだった。
それだけ体への負担が大きく、故障が絶えない証拠だろう。
海外の顧客が極端に少ないのは、やはり言語の壁と、紹介に至る道筋の細さを感じさせる。
とはいえ、人の口に戸は建てられないというし、これも数年のうちには海外でも広まるのではないか、と予想された。
◯
二週間後、渡たちは以前に一度対談したことのある支社ビルに赴いていた。
沢山のスーツを着て働く社員の姿を見ると、二度目も前回と同じぐらいに緊張してしまう。
基本的には誰も彼も渡よりも年上ばかりだ。
社会人としての経験が豊富で学生時代の成績も優秀だっただろう。
一流企業に勤められるエリートばかり、と思うと、過去にフリーランスライターとして生きることを決めた渡は、少し気後れしてしまう。
もはや渡は世界でも有数の資産家の一人になっているのに、その意識だけはまだまだ変わっていなかった。
こればかりはまだまだ慣れそうもないんだよなあ。
異世界で貴族と対面する方が、失敗した際の自分の身の危険という意味では大きいのだが、なまじ日本で生まれ育ったために、大企業の威光を勝手に想像してしまう。
ここで自分も世界に代表する企業を作るぞ、とならない辺り、根が小市民なのだろう。
エレベーターで上階に移動し、面接室に入ると、祖父江がソファに座って仕事をしていた。
以前に慢性治療ポーションを飲んだ祖父江は、外見・内面ともに非常に健康になって若返っている。
特にその活躍ぶりから、ある意味で唯一の欠点として愛されていた頭頂部も、今はフサフサのフサになっていた。
祖父江は血の気を昇らせていた。
目に力が宿って、少年のように輝いている。
久々に渡たちと会えて本気で嬉しいのか、満面の笑みを浮かべて迎えてくれた。
「やあ、久しぶりだね! メールを見たよ。ついに大きく動き始めるつもりだってね! 久々に血が熱くなるぐらい興奮したよ」
「ええ。何とかかんとか、量産の目処がつきそうですので」
「世の中の医療が革命を迎えるわけだ。楽しみだな」
「動き始めるための、その最初の段階で躓いている状況です。残念ながら俺の人脈では、一から頼れる人もいなくて」
「普通ならそういう人は相手にしないんだがね。君の商品の魅力は私も重々承知している。それに何でも相談してくれといったのは私だ。時間が許す限りは力になろう。必要そうなら、部下で話ができそうなものを呼ぶので、相談すると良い」
「よろしいんですか!?」
「ああ。私の下でベンチャー企業の投資をしている者だから、法律面や経営面でも相談できると思う」
「今そういった知識のある人が一番必要だったんです。助かります」
一番欲しいものをすぐに用意してくれるその手腕には脱帽する。
そして同時に、これだけの好意を受けておいて無下にはできないな、と脳裏で考えた。
世話になった分だけはお返しはしないといけない。
もちろん、それこそが祖父江の作戦ではあるだろうが、現状では鼻の先すら見えないような、何の手がかりもない状況だけに、助けはありがたかった。
「さて、じゃあどこから悩んでいるのかな?」
「はい。そもそも俺達は製薬会社に勤めていたりしたわけではなく、製薬や創薬という分野自体が畑違いです」
「非常に専門性の高い分野に、ド素人が足を踏み入れるわけだね……。ただし商品だけはとんでもない魅力を秘めている。手を出さないわけにはいかない」
「そうなんですよ」
「私ならいくつか選択肢を考える。ありえない、と否定するのは簡単だが、その前にすべてのやり方を先に聞いてもらいたい」
「分かりました」
祖父江が一瞬だけ考え込んだあと、スラスラと考えを述べ始めた。
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