第28話 お風呂
学生の頃、昔の人でお風呂に入れるのは貴族や武士、お金持ちに限られていた、というような話を聞いたことがあった。
人力で水を汲み、大量の薪で湯を作るというのは大変な労力がかかる。
衛生的な問題があるから大衆浴場は設置されても、個人が利用するような風呂があること自体、珍しいらしい。
まさか入浴代に銀貨がかかることになるとは、渡は夢にも思わなかった。
だが宿の親父がぼったくっているわけでもない。
マリエルもエアも文句は言わなかった。
あとは渡が入浴代を支払うのを我慢するかどうかだったが、一日中動いて汗や砂埃に汚れて不快だったのだ。
不満は感じながらも、入浴を決めた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……!! 疲れが溶けるぅ!」
渡はかけ湯で表面の汚れを流した後、湯船に浸かった。
大金を払っただけあって、足を十分に延ばして四人ほどが並べられる広さの風呂だ。
(これで五右衛門風呂みたいな狭い風呂だったらそれこそ文句も言えるけど)
風呂場は四隅を壁で覆って、天井は吹き抜けになっている。
非常にぼんやりとした松明の明かりと月明かりに照らされて、湯気が夜空に立ち昇った。
渡は湯船に浸かりながら、ほうっと息を吐いた。
感嘆の溜息だった。
「ほら、エア。ちゃんと洗いなさいよ」
「洗ってるよお。マリエルこそ背中洗えてないんじゃない?」
「あっ、こらっ。や、やめなさいって」
洗い場に二人の美女の裸体が照らされ、わずかに浮かび上がる。
起伏のある見事な肢体が目に入った。
あまりにも風呂の料金が高いということで、三人で一緒に入ることにしたのだ。
二人には恥じらいもあっただろうが、了承してくれた。
湯に浸って潤いの増した肌は、松明のわずかな光を反射させる。
滑らかな素肌が呼吸に合わせて揺れ動いている。
石鹸を泡立てたスポンジが、座ったマリエルの体を撫でていく。
華奢な肩から豊かな胸に、滑らかな背中に、むっちりとした柔らかそうなお尻に。
スポンジが動くたび、泡のもこもこが肌に残る。
桜色の乳首や股間の奥が、角度によって見えそうな、だが見えない絶妙な陰影に隠れてしまう。
(絶景だ……)
渡が言葉もなく眺めていると、マリエルが体をかき抱きながら俯いた。
「ご主人様、あんまり直視されると、さすがに恥ずかしいです」
「わ、悪い! さすがに見すぎてたな」
「……いえ、良いんですけどね。私の体はもうご主人様の物ですし」
「アタシの体が気になるなら、見ても良いぞ。あっ、でも誰にでも見せるわけじゃないから、そこは勘違いしないよーに!」
慌てて顔を逸らした渡だったが、マリエルは嘆息したものの怒ってはいなかった。
隣りに座って、同じく体を洗っていたエアが振り向く。
ぷるぷるっ! ととんでもなく大きなおっぱいが揺れた。
(くそっ、絶妙な位置に泡が……! おまけに逆光になって暗くて一部だけ見えない……!)
「そんな心配もしてないし、そもそも絶対に見せないけどな」
「それならアタシも安心だ。うう、しかしお風呂は気持ちいいけど、自慢の耳と尻尾がシナシナになるのだけはヤダなあ」
これで独占欲は強い方なのだ。
ただ、この光景が見世物になる、というのは確かだった。
裸の美女二人が並んで体を洗う。
それだけで絵になった。
渡は二人の洗う姿をずっと見ていたが、最後の最後まで影や謎の湯気が邪魔をして、肝心な場所が目に入らないで終わってしまう。
(今度は家の風呂に一緒に入ろう……一度入ったなら二度目も一緒だろう)
二人がたっぷりと美肌を磨き終えた後、広くなった洗い場に渡は移ろうとする。
するとマリエルとエアが椅子の横に並んで立った。
「ご主人様のお背中を流しますね。どうぞこちらに」
「お座りくださいなのだ」
「お、おお。良いのか?」
「お疲れのご様子でしたから、精一杯ご奉仕させていただきますね」
「ごほーし、ごほーし!」
なんだか淫靡な響きを妄想してしまうのは、自分が汚れているからか?
渡の右にマリエルが、左にエアが立つ。
両手を泡でもこもこにすると、ふわりと肩に触れられた。
「うわっ……あっ、うぅ……」
「あら、大きくなって」
「おぉぉ……ゴクリ……おおきぃ……」
「し、仕方ないだろう。俺だって男だ。こんな魅力的な奉仕をされたら、当然こうなる」
「ふふふ、抱かないんですか?」
「そんなことを言って良いのか?」
挑発されるような言葉にカチンときた。
だが、マリエルの手が胸をなでてくると力が抜けてしまう。
「私たちはもう、奴隷になった時に覚悟を決めました」
「初日に起きてたもんな」
「それは言わないでください! とにかく、ご主人様はなにか躊躇ってますよね?」
図星を突かれて、興奮も忘れて一瞬素に戻ってしまう。
今は女性の柔肌の感触も遠くに感じた。
「俺があまりにも幸運すぎるから……」
後ろめたさを感じている。
これで苦労して稼いだお金で二人を買ったら、こんなに手を出さないことはなかっただろう。
あるいは風俗で一晩を過ごすなら、同じく気にしなかったはずだ。
だが、渡は奴隷を買った。
二人とはこれから先も長くともに過ごすことになる。
「それに俺は欲深いんだ。君たちが拒絶できないことを知っていて、抱くだけじゃあ満足できない」
「と言いますと?」
「体だけじゃなくて心まで俺のものにしたい」
「あら。体を重ね合わせてから生まれる情もありますのに」
マリエルの指摘に、渡は苦笑いを浮かべる。
それも言う通りなのだ。
人によってはすぐに手を出す男も多いだろうし、その考えはけっして否定できない。
「馬鹿な男のこだわりだよ」
「男の人って、そういうの好きですよね。私も嫌いじゃありませんけど」
「まずは俺にできるのは、エアとの約束を守ることだ。最低限、主として信頼に足る姿を見せて、あらためて聞くよ」
「おお、かっちょいいぞ、主!」
「それでしたら何も言いません。……まあ、下のそれがピクピクしてなければもっと格好がついたとは思うんですが」
「そう思うならさわさわと胸と内ももを触るな!」
風呂場に渡の声がわんわんと響いた。





