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異世界⇔地球間で個人貿易してみた【コミカライズ】  作者: 肥前文俊
第五章

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第32話 王都のウェルカム商会 後

 ウェルカム商会はヘルメス王国において、これまでは中小商会の地位に甘んじていた。

 とはいえ、ウェルカム商会は、商会長であるウィリアムが一代で築いたばかりの、まだまだ新興企業にすぎない。

 成長性でいえば恐るべき躍進と言えるだろう。


 だが商品の量も質も、そして人脈も、他の大商会に比べればまだまだ比較もできないほどに小さなものだった。

 それでもウェルカム商会が拡大を続けていたのは、客を選ばず、誰に対しても誠実に対応し、かつ働く手代や番頭の教育にも力を注ぎ続けてきたからだ。


 そんなウェルカム商会に大きな転機が訪れたのは、やはり渡という大金脈を掘り当てたことだろう。

 他では手に入らない純白の砂糖と、カフェインの依存性のある珈琲を手に、貴族との細い伝手を手繰り寄せ、御用商人の地位を獲得し、販路を拡大する。


 この調子で行けば、数年中に国内でも十番手には間違いなく入れる勢いだった。

 そこに隣国の貴族同士の輿入れ道具の用意ときた。


 輿入れ道具は、実家で使っていたものをそのまま運ぶ物もあるが、盛大に新調することが多い。

 お金を落とすこともまた貴族の大切な仕事の一つだからだ。


 また貴族の婚姻は家格が関係するため、輿入れ道具は棚や机、食器一つとっても非常に高級だ。

 その価格と利益は、あれだけ儲けをもたらした砂糖とさえ比べ物にならない。


 下手なものを持っていけば、家が侮られることにも繋がり、家同士の紐帯にも関わる。

 希少な素材を名も実もある職人の手で磨き上げた逸品揃い。

 総額にすれば、時に領地の年間予算に相当するほどの額に上ることもあるという。

 

 ウェルカム商会は長年の経営で蓄えた富のすべてを吐き出し、なお足らない分はギルドに借り入れしてまで商品を用立てた、人生最大、乾坤一擲の商機だった。


 それだけに、事がうまく運んだ際の見返りは今までとは比にならない稼ぎになるだろう。


「失礼ですが、その輿入れされる方は、相当高位な貴族の方でしょうか?」

「はい。マリエル様の予想通りです。後日盛大に婚礼が伝わるでしょうが、名前はまだ明かせません」

「それは大丈夫です。私は貧乏男爵の家でしたからね。どのような贈り物がされるのか、少し興味はありますけど」

「ふふふ。渡様に精一杯おねだりされればよろしいかと。後日マリエル様が気に入る良い品を用意しておきましょう。大丈夫です。寵愛厚いマリエル様が素敵に着飾られるなら、きっと惜しまないはずです。ねえ?」

「あ、ああ。もちろんだ」

「本当ですか、嬉しいです!」

「えっ、マリエルだけズルい! アタシも買ってくれるんだよね!?」

「お、おお」


 期待するような目を向けるマリエルのためにも、口を尖らせるエアのためにも否とは言えない。


「あら、ではわたくしも?」

「ああ……」

「僭越ながら、わたしだけ仲間外れは少し寂しいですねえ」

「任せておけ。これでも稼ぎは大きいんだ」


 依怙贔屓すれば他の奴隷たちも気分は良くないだろう。


 やられた、とは思ったが、本気では腹も立たなかった。

 近頃はウェルカム商会からお金が出るばかりだったのもあって、買い物をしてくださいね、という意味合いなのがすぐにわかったからだ。


 マリエルたちもどこまで本気なのか、目配せし合ってニマニマと笑っている。

 おい、ウィリアムさん、あんたは笑うな。


「ですが、そうなると、非常に忙しいみたいですね」

「おかげで大忙しですよ。輿入れに使う品の選定ばかりは、部下に任せられない仕事ですからね」

「王都から隣国まで運ぶのも大変ですよね。そんな高級品を運んで、道中は大丈夫なんですか?」

「ええ。私もその点には苦慮しました。モンスターの襲撃があると困りますからね。荷物は信頼のできる家宰に任せます」


 タンレフという牛人(ミノタウロス)を紹介された。

 二メートルを優に超えて背が高く、分厚い胸板はボディビルダーを思わせるが、挙措は爽やかだった。

 家宰とは家の一切を取り仕切る執事であり、従者でもある。

 この場合は、多くの従業員を束ねる内向きの最高補佐官、といった意味が強い。


「内向きのことはこのタンレフが、外向きのことは渡様のご助力があってこそ、今の勇躍があると考えています。我が商会において欠かせない人物です。今後渡様も私の代わりに顔を合わせることもあるかと思います」

「失礼のないように細心の注意を払います。主人であるウィリアム様の決裁が不可欠な重大ごと以外は、オレが大抵対応できると思います。なにとぞよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 渡はこの半年あまりで多くの商談を経験したが、まだまだ年も若く、商品を介さないやりとりはさほど得意な方ではない。

 それでも、今は渡のほうが立場を尊重されているということは、分かった。


 がっしりと握手をすると、凄まじく大きい手は、彼が獣人だからだろうか。

 爪が分厚く乳白色に輝いていた。


 タンレフが誠実な瞳で渡を見つめ、再び頭を下げる。


「オレは会長のためにも、今回の取引をなんとしてでも成功したいと思ってます。マリエル様、当方の販路の情報をなにとぞ教えて下さい」

「渡様、マリエル様、どうかお力を貸していただけませんか?」

「ご主人様……どうなさいますか?」

「構わないと思う。ウェルカム商会が大きくなってくれたら、俺達の商売もより大きくなるわけだからな」

「おお、ありがとうございます」

「はぁ……了解いたしました」


 はて、マリエルの目を見て判断したつもりだったのだが、なにか間違ってしまっただろうか。

 後でマリエルがこっそりと、情報料を取って、先程の買い物の収支を合わせてくださいというウィリアムなりの配慮だったと教えてくれた。

 そういうのはハッキリと言ってくれないかな、と渡は思った。


 ◯


 モーリスの下から従業員が戻り、間違いなくチョコレートが届いたのを確認したあと、渡たちは商会を出た。

 次の予定は、時と空間の神を祀る教会へと赴くことだ。


 道すがら、腑に落ちない表情をずっと浮かべるエアの顔を見ていて、渡は不思議に思った。


「さっきからずっと黙ってるけど、どうした」

「うん。隣国の貴族の人たちは、どーしてウェルカム商会に依頼したのかな?」

「なんでって、砂糖が気に入ったからじゃないのか」

「そっかなあ。普通に考えたら、自分の領地の商会を使うでしょ?」

「たしかにおかしいですわね。私たちは傭兵として色々な領地を行き来しましたけど、基本的に婚礼の品なら、なおさら自領の職人を育てるためにも、他領には頼りませんもの」

「そう言われるとたしかに不思議な話だな。なんでだろ」


 ウェルカム商会が潤うということは、自国ではなく他国の利益につながる。

 どれほど友好国同士とはいえ、こんなことがありえるのだろうか。


 ウィリアムがこんな当然のことに疑問を覚えないのは、貴族という体面を何よりも大切にする地位であることと契約書の信頼性故だろうか。

 あるいは大きな商機を前に、冷静さを失っているのか。


 ――数ヶ月後、この疑問は最悪の形で明らかになる。

もし良ければ高評価や感想をよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
違和感の正体が分かった せっかくの売上を、ウェルカムさんちの要るかもわからない付与付きの在庫と相殺したことだ(初回はキャッシュフロー的にしょうがないとして) 売った砂糖から結構利益を取ってるはずだから…
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