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第2話 大金持ちのチャンス

 異国の旅行をしていて楽しいのは、その地域ならではの生活感を感じられるところだろう。

 ヨーロッパ風の街並みをこの目で見るだけでも楽しいのに、その光景がゲームの中の世界のようなファンタジー要素に満ちていたなら、なおさら興奮を煽られる。

 渡は頬を紅潮させながら、目にうつる店の数々に目を輝かせた。


 おおっ、鍛冶屋に武器屋、冒険者ギルド! モンスター屋に奴隷屋まである!


 木製や金属製の小さな看板プレートに、それぞれ分かりやすいシンボルの刻印がされている。

 金床(かなどこ)のマークに武器のマーク、剣を交差させた冒険者ギルド。

 奴隷屋など首輪のマークだった。分かりやすいが直截すぎるだろう。


「うわあ、見てみたいけど、金はどーなってんやろ」


 少なくとも円ではないことは確かだ。

 あとは言葉が通じるかという問題だが、これは驚くべきことに日本語が通じた。

 耳を澄ませて街の人々の声を聞けば、内容が理解できたのだ。

 かといって、使われている言葉が日本語というわけでもない。


 詳しい仕組みについては考えようと思ったが、すぐに諦めた。

 そもそもこの場にいること自体が、常識からかけ離れた事態なのだ。

 スマホの仕組みを知らなくても使うことはできる。

 それと同じで、異世界の不思議な仕組みは知らずとも、今の状況を楽しめばいい。

 渡はそう開き直った。


「どっかで売れるんかな?」


 お金がないなら作るしかない。

 方法は二つ、働くか売るかだ。

 真剣な目で渡は周りを見渡した。


 高価なものに身を包んでいる人は少ない。

 明らかに高価なものを身に着けている人たちは、おそらく馬車に乗ったりしているのだろう。

 目に入る範囲では、渡の基準からすれば貧乏そうであり、文化水準も低そうだ。

 異文化だしちょっとした日常品が貴重なものとして売れるかもしれない。


「ここは……何がどれだけ売れるかまるで分からないけど、聞くだけ聞いてみるか」


 一つの店に目が止まった。


 『高価買取よろず販売 ウェルカム商会』


 安直な名前だが、それだけに足を踏み入れやすい。

 店頭には雑多な商品が並び、雑貨商のようにも見えるのが良い。

 それに大きすぎないが、店の雰囲気が明るく綺麗なのも良かった。


 渡は不安を打ち消すように気合を入れて、商会に入った。

 店内はカウンターが正面にあり、それ以外が商品陳列棚になっていた。

 渡が周囲を見渡しながら店内に進むと、金髪長身のイケおじがすぐさま応対に出た。


「いらっしゃいませ! 当商会は誰でもウェルカム! 私はウィリアムと申します。はじめまして」

「あ、渡です。よろしくお願いします!」

「ワタル様ですか。今日のご用向きはいかがされましたか?」

「ちょっと買い取りをお願いしたいんだけど……構いませんか?」

「承知いたしました。もちろんです。当商会は買い取りもウェルカムですよ!」


 イケメンだ……。

 ウィリアムは輝くような金の髪を後ろで括っている。目はサファイアのように青く深く澄んでいて、綺麗な海を思わせる。

 豊かな口髭をたたえて、笑顔を浮かべるとキレイに整った歯が見えた。


 すごく愛想のいい笑顔だけど、喋り方の癖が強い。

 これは俺がそう聞こえてるだけで、この土地の人からしたら普通なのだろうか。

 初めて接触した異界の地の人だけに、渡は判断に迷った。

 できるだけ困惑が表情に出ないように気をつける。


「何を取り扱ってもらえるのか分からないんですけど、いいんですか?」

「もちろんです。お客様の変わった服や背負い袋も買い取れますよ」

「そう、かな。まあ裸になるつもりはないんで、服は良いです」

「左様ですか」


 ただの服にリュックなんだけどな。

 昔の服やリュックがどういう形をして、どんな使い心地だったのか、渡は知らない。

 現代の何気ない商品が長年のアイデアの積み重ねによって技術の(すい)をかけ集めた、非常に洗練された商品だということを。


「どちらも見たことのない材質です。背負い袋も形状が独特ですね」

「そうなの? こんなのが」

「少なくとも長らく商売をしている私が目にしたのは初めてです。少し見せていただいてもよろしいですか?」

「どうぞ。中身が入ってるので、乱暴には扱わないでください」

「それはもちろんでございます」


 食材をいくつか買ったばかりなのだ。

 渡はカウンターにリュックを置くと、ウィリアムは興味深そうに視線を注いだ。


 リュックを受け取り、しげしげと眺める商人の目は真剣だ。

 万が一にも壊さないように慎重な手つきでチャックを触っている。


「では失礼して。……ふうむ、触ったことのない材質だ。この開け閉めする機能も珍しい……背負い紐ではなく幅広い布を当てているのか。適度な弾力もあって肩に食い込まなさそうですね。じつによく考えられている」

「あの……」

「あ、いや、申し訳ない! 夢中になってしまいましたな。ほっ、こちらの袋は……?」

「ビニール袋ですけど……ちょっと食材とかもあるんですけど、こういうのも買ってもらえます?」

「見てみましょう。おおっ、このツルツルとした包装はなんですか!? ガラスよりも透明ですね。まるで水のようですが、乾燥していますね」

「あー……、その空気が入らないようになってるんですよ」

「ほうほう!」


 食品ぐらいなら、買い直せば良いか。

 求められるままにリュックから商品を取りだす。

 ウィリアムは珍しいのか、出てきたもの一つひとつに質問を重ねてきた。

 その中の一つ、休憩時の珈琲用にと買った角砂糖にも目を向ける。


「この白いものは……何やら見事な立方体ですね。もしや塩ですか? 塩は専売制で当店では取り扱っていないのですが……」

「いえ、これは砂糖です」

「さ、砂糖!? 本当に!? 砂糖といえば……ほら、こういうのがうちで取り扱っているものですよ」


 ウィリアムが店の棚から砂糖を取りだした。

 渡からすれば黒糖のような見た目の色合いをしたそれと、渡が持っている白砂糖を見れば、大きな差があることは歴然としていた。


「こんな白いものを見たのは初めてです! た、確かめさせていただいても?」

「ええ。どうぞ」


 砂糖でそんなに驚くのか?

 思った以上にこっちの世界は文明が進んでないのかもしれない。

 渡が包装を破ると、ペロリと慎重に一つを掴み舐めとる。


 ウィリアムの表情が目を見開いて、驚きに包まれた。

 おお、そんなに驚くのか。

 反応を見ている渡まで驚いてしまう。


「甘いっ! 本当に砂糖だ……! それにこの突き抜けるような甘さ! 砂糖の甘さを極限まで追求した味わい……! す、素晴らしい……!! なんて凄い砂糖だ!」

「あー、その、ありがとうございます?」

「他にも色々と購入したいのは山々ですが、まずはこの砂糖をぜひ買い取らせていただきたい! すぐに買い手がつくはずです」

「分かりました……」


 元手が数百円のものだ。

 砂糖だけとか、大した金にならないだろう。

 そう思ったが、現地のお金を手に入れる貴重な機会だ。

 ここで断るのもどうかと思って、提案を受け入れた。 

 とにかく小銭でも手に入って、こちらの買い物ができるほうが大切だ。


「もしよければ継続的な商いをしたいところなのですが、構いませんか? これを購入されたお客様や、そのお知り合いの方が欲しがると思われまして」

「大丈夫です」

「精一杯勉強させていただいて、こちらでいかがでしょうか?」


 ウィリアムが奥からお金を取って出てきた。

 カウンターにザッと金貨の小山が突き出される。

 思った以上の大金に、渡の目が点になった。

 小山の上の金貨が滑り落ち、キン、と澄んだ音を立てた。


 もしかして俺、大金持ちになれるチャンスなんじゃ……?

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