第14話 エルフの目と耳と胸
ステラに錬金術師として働いてもらうためには、元々の目的が、地球でのポーションの生産方法を確立することだから、地球に連れていくことは不可欠だ。
渡は最初にマリエルやエアたちにしたように、余計な口外をしないように命じた上で、ステラをゲートへと連れて行った。
ゲートを見たステラは、軽く驚いていた。
「あらー。これはゲートですか。話には聞いていましたが、実際に見るのも使うのも初めてです」
「エルフの一族には伝わってるのか?」
「はいー。場所も多くの者が知っています。ですが、利用している者はおそらく誰もいませんねえ。皆森に籠ったほうが居心地が良いみたいですし、余所者を嫌う性質の人が多いですし……」
「もったいない話だけど、誰も悪用しないからこそ、使える状態が続いてるのか……」
時と空間の神は、禁忌を犯さない者に対しては寛容なのかもしれない。
必要性を感じていないエルフに対しても、門戸を開いたままだというのだから。
「今から地球というまったく別の場所に君を案内する。見るもの触れるもの、すべてが目新しいと思うが、あまり大きく騒がないでほしい」
「わかりました」
エアとクローシェがニマニマと笑っていて、マリエルに軽く小突かれている。
まったく。
初めて訪れた日本での反応が楽しみで仕方がないのだろう。
それと、移動するにあたってステラには長い耳を隠してもらう必要があった。
コスプレならともかく、現代の大阪でステラのようなとびきりの美人が長い耳をしていたら、とてつもなく目立ってしまう。
渡なら間違いなく凝視してしまう自信があった。
麦わら帽子でも被ってもらうか?
あるいは『変化』の付与の装飾品を、一時的にステラに渡すか。
「悪いが、俺の自宅までのほんの短い距離だけ、耳を隠して貰えるか」
「……あなた様も、わたしの顔は見るに堪えないのでしょうか……?」
「は? なんで?」
「え……?」
強い衝撃を受けて悲しんでみせたステラが、目を瞬かせる。
渡にしても、こいつは一体何を言っているんだ、という気持ちで、言ってることがよく理解できないでいた。
どこをどう見ても、とびきりの美人だろうが。
ステラはどこか緊迫した様子で、自分の目を指差した。
「あなた様は、わたしの目が、この目が怖くありませんの?」
「怖いか? 珍しいとは思うけど、ルビーとサファイアみたいに、二色の宝石が輝いてるみたいで綺麗だと思う。なあ?」
「はい。美しい瞳だと思います」
「ほ、宝石……!? そ、そんなこと、わたし初めて言われました……。で、ではこの胸は! このエルフにあるまじき膨らんだこの脂肪の塊をどう思っておりますの!? この体が醜くありませんの?」
「え……それを俺に聞くのか」
「他に誰に聞けと言うのでしょう?」
「なあ、マリエル」
「ここはご主人様の口からお伝えされるのが一番かと」
「くっ……」
もしかして、ステラは周りにいるマリエルたちの胸に気付いていないのだろうか。
渡としては自分の口からは言いづらい。
特に今日会った女性にいきなり胸の話をするのにためらいを覚えるぐらいには、羞恥心が残っていた。
四人も女奴隷を手に入れておいてどの口で、と言われそうな状況だが、自分自身で進んで購入したのは、マリエルとエアの二人だけだった。
正直に言うにはためらわれる。
とはいえ、言わなければ納得しなさそうだ。
「……胸の大きな女性は、タイプだ。もう、すごいこと聞いてくるな」
「も、もしや異常な性癖の持ち主なのでは……!?」
「ち、ちがーう!! くうう」
これまでで一番の衝撃を受けた反応を見て、渡はいったい何の罰ゲームなのかと、恥じらいに呻いた。
そんな主人の反応を面白そうに見ていたエアが、耐えきれなくなったのか、お腹を抱えて笑い始めた。
尻尾をぶんぶんと振って、ずいぶんとご機嫌なことだ。
クローシェは噴き出さないまでも、目に涙を浮かべて、ぷるぷると震えている。
お、おい。マリエルまで口元が笑ってるぞ!
「イシシシ! 主ー、言われてるね! 異常性癖だって! いじょう! せいへきっ!」
「こ、こら。失礼でしょ、エア……フフフ」
「いいえ、間違ってません! 主様は変態ですわ! 夜な夜なわたくし達を侍らせて……朝までたっぷり、どれだけ啼いても許してくれなくて……! ふぅっ、ふぅっ、……ごくり」
「や、やっぱり……! あわわわ、大変なご主人様に引き渡されてしまったのかもー?」
「こら、そこで納得するな! 人種や国が違えば、価値観も変わって当然だろう。……それに万が一俺が特殊だとして、ステラに問題があるのか?」
「い、いえ。むしろわたしに魅力を感じていただけるなら、願ってもないことです」
「じゃあそれで納得していてくれ。話を戻すが、俺の世界じゃヒト種以外の人種がいないんだ。だから、エアもクローシェも『変化』の付与がかかった品を身に付けてる。ただ予備がない以上、その耳は目立ってしまうんだ。分かるか?」
「は、はい」
頼むからこれ以上恥ずかしい思いをさせないでほしい。
そういう意思を口調に込めた渡の言葉は、ただしくステラに届いた。
「わたしを美しい、タイプだと思う方がいるなんて……うふっ、うふふふふ……」
「なにか言ったか?」
「いいえ、なんでもありませんわ」
「そうか。ゲートを潜るのは初めてだろうから、慌てないように落ち着いていてくれ」
「はい、あなた様」
なんだか急に寒気が。
秋になってきたし、底冷えか……?
まったく、まさか地球に移動するだけで、こんな目に遭うとは。
これまで色々想定外な事態に遭遇していた渡だが、この問題は見抜けなかった。





