第12話 エルフの奴隷
エトガー将軍の配下の一人に案内されて、別室に入った。
先ほどまでの応接室に比べればこじんまりとした一室だが、最低限の調度品は整えられていて、落ち着いた雰囲気がある。
男が鞄から書類を取り出すと、テーブルに置いた。
「こちらの奴隷の譲渡に必要な書類に署名してもらいます。内容を確認してください。大雑把に言うと、先日の酒器と、前回と今回を含めた酒代。そして継続的な酒の販売契約を対価に、当家の錬金術師の奴隷を交換する。対価は奴隷本人であり、錬金術に必要な設備は含まれない。譲渡した後の奴隷の取り扱いに関しての責任はそちらが負う、というものです」
「分かりました。マリエル、大丈夫だとは思うんだけど、俺の代わりに内容の把握をしておいてもらえるかな」
「了解いたしました。少々お待ちください」
相変わらず話せるし、読めるが、書けるようにはなっていない。
難しい言い回しにも慣れているマリエルに、この分野は全部お任せしている。
頼りになる女性だ。
マリエルがほっそりとした指で文面を追いながら一つずつ条項を読み上げている横で、渡は男に話しかけた。
「その間、俺はその錬金術師の人と顔合わせをしておいて良いですか」
「そうですね。もう後は書類のやり取りを残すだけでしょうし、構いませんよ。呼んできてくれ」
にこりと笑みを浮かべた男が、さらに部下に命じると、待つこともなくすぐに一人の女性がやってきた。
おお、耳が長い!
創作物でしか見たことのない特徴的な長い耳にまず目が行った。
その後、整った美しい顔に視線が移り、左右の目の色合いが違うことに気付く。
虹彩異色症だ。
右目が紅のような燃える赤色。
左目が海のように深い青色をしていた。
肢体は肉感的で、エアに勝るとも劣らないほどに大きな胸をしている。
おっとりとした顔つきで、強いタレ目でほんわかと相手を包み込んでくるような、柔らかな顔立ちだった。
森の調停者、弓の名手、強力な精霊魔法の遣い手。
人に敵対的で気高い種族。
エルフに抱くであろう諸々の、そういうイメージとは合致しない第一印象だ。
どちらかといえば、あらあらまあまあ、といってる優しいお淑やかなお母さん、だろうか。
「ステラです……。あなた様がわたしの新しいお仕えする方なのですね。どうぞよろしくお願いいたします」
「あ、どうも」
ステラと名乗る奴隷エルフは、渡たちの前に立つと、深々と頭を下げた。
ブラウスの隙間から深い谷間が露になるが、気付いた様子がない。
「俺が新しい主人になる渡だ。こちら、君の先輩たちだ。マリエル、エア、クローシェの三人だ。これから仲良くしてくれ」
ずいぶんと無防備というか、視線に警戒のない人だ。
渡がステラの外見に気を取られている間に、気付けばエアとクローシェがスッと腰を浮かせて臨戦態勢に入っていた。
「ものすごい魔力……」
「さすがエルフといったところでしょうか。恐ろしい量と密度ですわ」
「そうなのか?」
「そっか、主は魔力が全然ないから、感じられないのか。アタシもクローシェも魔術師にはなれるぐらいの魔力はあるけど」
「わたくしたち二人を合わせても、魔力量も質も足元に及びませんわ」
「大丈夫なんだな?」
「当然。ていうか、敵意もないんだよね」
「たしかにそんな気もなさそうですわ。譲渡が終われば嫌でも手出しできませんし、今のこの瞬間だけ、警戒しておきます」
「そんなに心配なさらなくとも、わたし、歯向かうつもりなんてこれっぽっちもありませんのよ?」
ステラがゆったりとした調子で言った。
なんというか、警戒するのがバカらしくなるのんびりとした口調だ。
エアは以前、至近距離での対魔術師戦は絶対に勝てる、というようなことを言っていた。
そもそも敵意があれば、臭いや心拍数などから事前に察知できると常々言っている。
ただ、エアとクローシェが最低限の備えとは言え、警戒を要する相手というのは意外だった。
もっと技術一辺倒な存在だと想定していたのだ。
「よくそんな貴重な奴隷を手放しましたね。戦力にしようと考えなかったんですか?」
「ん? ああ、契約でな。使いたくても使えなかったんだ」
非常に簡単ながら、経緯を教えてくれた。
ステラはエルフの尖兵として、エトガー将軍と干戈を交えた。
全体的な勝敗はつかなかったようだが、ステラは捕虜としてエトガー将軍のもとに持ち帰られた。
エルフの一族は仲間意識が強く、捕虜交換には積極的なことがほとんどだ。
エトガーとしても意外だったのが、ステラには捕虜交換が行われなかったことだ。
多大な賠償金額を支払う必要があったとはいえ、戦闘能力が高く、普通ならば取り返すだろうと思われていた。
結局ステラはエトガー公の所有する奴隷ということに決まり、その際にいくつか契約が交わされた。
戦には参加しないこと。
精霊魔法をはじめ、魔術の素養に優れ、弓術、製薬、錬金術に精通していて、持てる技術は積極的に使って貢献すること。
賠償金相当の働きをしたと認めた際には、奴隷の身分から解放されること。
「ちなみに、賠償金相当ってどれぐらいなんですか?」
「ん? 金貨二千枚ぐらいだな。奴隷の場合、稼ぎの大半は主人であるエトガー公のものだから、まあエルフとはいえ数百年は働くことになったんじゃないか?」
「手に入れてありがたい俺が言うのもなんですけど、そんな貴重な奴隷を手放して良かったんでしょうか」
「それは私には知らん。将軍の考えることだ。手放すに足る何らかの思惑はあったのだろう。悪いが私の口からは何とも言えん」
男の口が急に固くなった。
ステラについて話すときには簡単に教えてくれたところから推測するに、領地や国にかかわる何らかの思惑がある、ということだろうか、と渡は考える。
手許に置いておけば稼げるし便利だが、それ以上に長期間置いておくメリットよりも、デメリットが大きくなった。
そんなところの話だろうか。
政治については渡はあまり触れたくない。
大きな商いよりも個人でできる小さなものでいい。
それ以上追及することなく、素直に引きさがった。
「奴隷になった経緯は聞かせてもらった。できるかぎり、良い環境で過ごしてもらいたいと思ってるんだけど、何か希望はあるかな?」
「それでしたら、わたしをエルフの森には連れて行かないでください……。きっと、貴方様のご迷惑になってしまうと思いますの」
「ん? 連れて行ってほしいじゃなくて、連れて行かないのか」
「ステラは、一族の恥さらしだそうですから」
ステラが視線を落とした。
色の違う両眼に、ゆっくりと潤いが増していく。
美しい女性の憂い顔は、庇護欲をくすぐってくる。
何やらずいぶんと事情が深そうだと思った。
爆乳おっとり系ヘテロクロミアエルフの登場です。
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