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異世界⇔地球間で個人貿易してみた【コミカライズ】  作者: 肥前文俊
第四章

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第11話 エトガー将軍が望んだわけ

 案内の執事に連れられて館の中を歩く。

 分厚い絨毯は足音一つ立てない。


 二度目ということで館の中をそれとなく観察する。

 どうして貴族のもとへと訪れるとき、これほど余裕がなくなるのだろう。

 そして、二度目には観察する余裕ができるのが、渡にとっても不思議だった。


 執事やメイド、あるいは軍人然とした人など、多くの人が行き来していた。

 それぞれが忙しなく動き回っているのに、雑然とした雰囲気がないのは、音が反響しないからだろう。

 魔術的な要素か、あるいは建材によるものなのか、渡には分からない。


 甲冑や剥製が飾られているのは、武門としての拍付けの意味合いもあるのかもしれない。

 エアとクローシェが見事な甲冑に興味を惹かれているのが分かった。

 もしかして着たいのだろうか。


 渡の腰ほどもある大きな顔のバケモノが、ぎょろりと無念そうな目を向けてきていたのに気付いた時は、思わず腰が抜けるかと思うほど驚いてしまった。


「ぷぷぷ、主ったらビビりすぎ」

「うるさいっ」


 小さな声で話す。

 気付いているだろうが、その間にも執事は応接間へと案内を続けた。


 応接間に入ると、エトガーが座って待っていた。

 応接間は玄関ホールなどと比べると、内装が落ち着いていて、ホッとする。


「よく来てくれたね。座りなさい」

「はい。マリエルは隣に」

「了解しました」


 できるだけ失礼のないように、言葉少なく渡は頷いて椅子に座った。

 すぐに後ろにエアとクローシェが警備につく。


 エトガーの周りにも身じろぎ一つしない執事の男が立っていた。

 よく見ればアルラウネの糸で紡いだと思われる生地だった。

 いざという時は主人の代わりに楯となるのだろうか。


 エアとクローシェが袋から一つずつ、アブサンと馬乳酒を取り出して並べていく。

 気をつけて運搬していたから、破損もない。


 商品を見て、エトガーがほっと安心した表情を浮かべた。

 その反応を見て、渡は少し驚いた。

 思っていたよりもはるかに好意的なものだったからだ。


「おお、持ってきてくれたか。助かるよ」

「あれから飲まれて、お気に召したのでしょうか?」

「いや、そうではない。私はやはり、あれらの酒は好まない」

「そうなのですか?」


 エトガーは首を横に振って否定した。

 どういうことだろうか。

 好まないと言いつつ、代わりの品を要求する。


「ただ、な」

「はい」


 エトガーは眉間をグイグイと揉みこんだ。

 悩ましいことを言うべきかどうか、逡巡しているように渡には見えた。

 だが、事情を話す気になったのだろう。

 咳ばらいをした後に、ぽつり、ぽつりと話してくれた。


「うちの妻が気に入ってな。どうしても飲みたいのだと(やかま)しくていかん」

「ははあ、奥方様がお気に召しましたか」

「うむ。アレがそこまで入れこむのは珍しい。我輩は貴族には相応しい酒ではないと最初は断っていたのだがな……。ついには、あの酒を手に入れなければ寝所を別にするとまで言い出しよって参ったよ。それで、こうして足を運んでもらったわけだ」

「大変お気に召したようで、選んだかいがありました」

「まったく、怪しげな薬でも入っているのではないか?」

「とんでもございません。ただ俺の知る範囲でも愛飲者が多くいるので、気に入られれば御の字と考えていました」


 アブサンはその昔、販売停止処分を受けたことがある。

 ツジョンという有毒物質の濃度が高く、大麻のような幻覚作用をもたらして、犯罪や自殺者を増やしたとされたからだ。

 現代のアブサンは、その有害物質を除去したものだ。


 渡は自信満々に否定した。

 それでも、手にはじっとりと汗が浮かび、声が震えるのを抑えなくてはならなかった。


 相手は貴族だ。

 たとえ誤解であっても、怪しいものを売りさばいたなどと嫌疑をかけられては、身の破滅を招きかねない。


 どうにか信用を得られたのか、それ以上追求の声はなかった。

 エトガーからしても、問題がないならば、手に入れたい状況だったのが幸いしたのだろう。


「戦であれば他国の戦士にも、悪魔の軍勢にも勝ってみせようが、妻と泣いた子には我輩も勝てん」

「家庭を大切にされているんですね」

「……まあそうとも言えるか」


 下手に同意しても、否定しても厄介な話題だ。

 愚痴っぽくため息まじりに話すエトガーに、渡は追従の笑みを浮かべた。


「これは定期的に供給することが可能なのだな?」

「はい。俺自身は王都に常にいるわけではありませんが、代わりにウェルカム商会をご利用いただければ、常に商品を欠かさないように手配します」

「分かった。ではダイギンジョウも含めて、当家に継続的な契約を結びたい。ともかくこれで我輩も面目が立つ。よくやってくれた」

「お褒めに与り光栄です。では、ご要望にはお応えできたと考えてよろしいでしょうか」

「うむ。我輩はこの際酒器だけで満足しておくとしよう。約束の錬金術師は控えさせている。ご苦労であった」

「奥方様にもよろしくお伝えください」


 渡は深く頭を下げた。

 これでエトガー将軍との直接の対面は終わりだ。


 配下の者が酒瓶を持ち運んでいく。

 渡はマリエルたちと共に、別室へと移動を始めた。

 やれやれ。

 モイー卿がいないからどうなることかと心配したが、問題なく終わったか。


 振り返ると、マリエルもエアもクローシェも、満面の笑みを浮かべて渡を労ってくれた。


 〇


 その頃、王都ではモイー卿が国府省の執務室にて、大量の書類に埋もれていた。

 右から来た書類をざっと流し読み、分からない点があれば補佐官に情報の補完を口頭で聞き、差し戻したり、あるいはそのまま認可の印章を押して、左へと移動させる。

 右側には未決裁の書類がうず高く積もっており、左側の決裁された書類は、別の補佐官の手によって、すぐさま関係部署へと持ち去られる。


 げっそりとした表情を浮かべたモイーが、渡された書類に目を通す。

 機械的に左右に移動する視線は、しかし高速で正確に内容を精査していた。


「次……」

「北部再開発における予算の増額の願いです。混沌の森の影響を散らすため、森林の一部伐採、および探索者の派遣などに用いる予定だそうです」

「あそこは深部に古代遺跡があるんだったか。放置はマズい。……とはいえ多額の予算は割けんな。予算案を減額して、再度計画を立てるように差し戻せ」

「はい。次の書類です。東部のハノーヴァー領の再開発についてですね。荒廃した領地立て直し、および防備の増強に予算の申請が行われています」

「これは認可する」

「では次――」


 次から次に渡されていく書類だが、山が小さくなった様子はない。

 それどころか減った次の瞬間には、部屋に入ってきた補佐官の手で補充されている始末だった。

 いったん手を止めたモイーが、隣に立つ筆頭補佐官を睨みつけた。


「おい、まだあるのかっ」

「はっ、まだまだあります。卿は領地運営と両立されており、ご多忙とは思いますが、決裁が滞っておりますので」

「このままでは将軍との交渉に間に合わんではないか! くそっ……!!」

「交渉……? ああ、目にかけている御用商人でしたか」


 鉄面皮のイケメン補佐官は、顎に手を当てて視線を斜め上に向けたかと思うと、思い当たったのか軽く顎を上下した。

 モイーに近しい位置にいる者には、渡の存在はそれとなく知れている。


「あの薫り高くフルーティなニホンシュ・ダイギンジョウとかいう珍しい酒……。このままではエトガーにすべて引っさらわれてしまう……!」

「もう無理じゃないですか?」

「むきいいいいいい! いやだ! あの暇そうな家柄だけは良い将軍に良い所を持っていかれるなんて、我のプライドが許さん!」

「知りませんよ。はやく決裁してください」


 がばっと頭を抱えて、机に上体を投げ出す。

 美味い貴重な酒が飲めないことも痛手だが、それを趣味仲間にしてライバルたるエトガーの手に渡ってしまうことに、モイーは辛抱がならない。


 感情は今すぐ決裁を放り出して、渡とエトガーの交渉に口を挟みに行きたい。

 自分がそれとなくカバーしたことを渡に恩に着せて、大吟醸だけでも自分のものにしてしまいたい。

 だが、国の要職の一人としての自負が、勝手なことを許さなかった。


「おい、後はお前が代わりに決裁しておいてくれないか」

「ダメです」

「そこをなんとか。我をダイギンジョウが呼んでいるのだ!」

「そのような権限がありませんので。勝手なことをして首と胴体が離れる事態にはなりたくありません」

「ぬううううううっ! くそおおおおおお! 次だ! 早く持ってこい!」

「了解しました。決裁を急ぐものだけでもまだ山ほど残っておりますよ」


 ニコリともせず嫌なことを言う筆頭補佐官の顔をぶん殴ってやりたいと思いながらも、そんな時間すら惜しく、モイーは手を動かし続けた。

 処罰してやりたいが、失うのが惜しいくらいには非常に有能なのだ。


 日が昇り、軽く食事を取って再開。

 日が沈むころになって、なおまだ残っている決裁書類を前に、モイーは血涙を流して嘆いた。


「こんなにも忙しいなら国府卿などなるんじゃなかった! 栄達の結果、趣味の時間すら満足に楽しめんとは!」

「そう言いながら、先日もその前も、ご友人と蒐集品の見せあいに出てましたよね」

「あれは公務なの! 他領の領主と顔繫ぎに大切なの! 本当なの!」

「やれやれ……。早く読んでくださいね。国府卿が終わってもらえないと、補佐官の私もまた寝れませんので」

「分かってるわい! ……今夜の寝酒はダイギンジョウ! 決まり!」

「……コックにあてを作るように命じておきます」


 溜まりに溜まった書類をすべて判断し終わる頃には、夜も更けていたという。

すまぬ! エルフ出せませんでした!

モイー卿を書けと急に私の心が叫んだのです。


ちなみに、モイーがダイギンジョウを持ってたのは、エトガーが気に入らなかったので、交渉して手に入れたからです。

ウニャーギの肝を焼いたつまみがお好き。


もし良ければ高評価や感想をよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] モイモイおじさん日毎に可愛くなってて笑う
[一言] 大吟醸はそれなりに気に入られてるのねw
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