第8話 癖のある味
適した酒を人に勧めるというのは、相当に難しい。
嗜好品の中でも、酒には好みの味、アルコール耐性、気候などの風土といった、様々な条件がある
おまけに渡の場合には、一度だけの付き合いではなく、今後も継続的な取引を求めるなら、仕入れ値が高くつきすぎることも問題になる。
希少な銘酒を大枚叩いて手に入れたとしても、相手がそれを続けて飲みたいと言われたとき、大きな負担になるだろう。
また、渡がこれまで商売の種にしてきたものは、基本的には継続した仕入れが可能なものばかりだ。
そういった条件を押さえつつ、マリエルやエア、クローシェの意見を聞きながら、渡は提供するお酒を決めた。
色々な酒屋を巡ったのは初めてのことで、世間に出回っているお酒の数がどれだけ多いか、また同じ酒でも造り手によってまったく違う味になることを、渡は初めて知ることができた。
最終的にエトガーに提供することを決めたのは、四種類のお酒に落ち着いた。
「酒器と同じく、お酒についても珍しいものをいくつかご用意しました」
「ふうむ、我輩は酒は好きだからな。酒器も興味がないわけではないが、酒の方が正直なところ、どんな珍しいものが出てくるのか楽しみだ」
「渡、こちらは我も楽しませてもらえるのだろうか」
「もちろんです。まずはこれからお出ししましょうか」
渡は袋から瓶と缶を取り出した。
銀色に輝く缶には、大手酒造メーカーの名前、夕陽が刻印されている。
缶ビールを指で指示したあと、プルトップを引くと、プシュッと炭酸の抜ける音がした。
先ほど提供した錫器をテーブルに置くと、まずは勢いよく注ぎ、泡を作る。
その後、ゆっくりと二度注ぎをして、泡を押し上げていく。
錫器は熱伝導率が非常に高く、あっという間にキンキンに冷えた。
「こちらは麦を発酵させて作ったビールと呼ばれるものです」
「エールではないのか? おお、すごい泡だな」
「我も色々な酒を見てきたが、こんな泡の多いものは初めて見た」
「度数はそれほど高いものではありません。特に暑い日にこれをグイッと一気に飲むことを好まれる方が多いですね」
現代科学を用いた醸造法の進化の恩恵にもっとも属しているのがビールだろう。
厳密な温度管理や糖度の調整、炭酸の含有など、一昔前ではどれほどの手間暇をかけても絶対に達成できない水準の美味しさを実現している。
非常に安価でありふれたお酒ではあるが、異世界の人々が絶対に楽しめないという意味では、このビールは最適な選択肢の一つと言えた。
おまけに度数は低く、口あたりが軽い。
そのため、酒飲みであれば試すにはもってこいだ。
「ううむ! なんだこの喉ごしの心地よさは!」
「スルスルと飲めてしまうな。おまけにこの口の中で弾ける泡の爽快感。ヒンヤリとした口あたり。これは君にはもったいない酒じゃないか」
「ふん、何を抜かすか。我輩は気に入ったぞ! 卿に渡すなんてとんでもない」
「お二人ともお気に召したようで何よりです」
「たしかに、これは我輩の領土どころか、この国のどの地でも飲めない珍しい酒だった」
エトガーは瞬く間に酒杯のビールを飲み干したが、もとより酒には耐性の強い方なのだろう。
まったく顔が赤くなることもなく、平然としていた。
渡が次に取り出したのは、三つの酒だった。
一つは馬乳酒、二つ目はアブサン、三つ目は大吟醸酒だ。
馬乳酒は名の通り、馬の乳を発酵させた酒だ。
どろっとした口あたりといい、酸味のある味わいといい、かなり人を選ぶ。
またアブサンは度数が非常に高く、40~90度ほどもあるリキュールの一つだ。
元々は毒性があるということで一度販売禁止に陥ったが、今は毒性を取り除いたものが販売されている。
文豪のヘミングウェイなどが毎日の仕事終わりに飲んでいた事でも知られるお酒だ。
日本酒としては最高峰に位置づけられる大吟醸酒だが、発酵過程で発生する臭みは人を選び、それよりも下の純米酒を好む人も少なくない。
「次は少々人を選ぶお酒なのですが、気に入る人はどこまでも惚れ抜くということで、お持ちしました。ぜひ一度試してみてください」
「ふうむ、我輩にしてどれも見たことのない酒ばかりよ。卿はどうか?」
「我にも初めて見る。それにこれは器がどれもガラスだぞ。一体どれだけの金をかけているのだ!」
酒の収容機器は基本的にガラス瓶が多いが、その器一つとっても、エトガーとモイーには驚きを与えていた。
物珍しそうに眺めていたエトガーとモイーは、注がれた酒を飲むと、うっと顔を顰めた。
「これは……」
「ずいぶんとクセのある酒だな。エトガー将軍、君はどうだ」
「我輩にはどれも水が合わないようだ……。あえて言うなら、このアブサンという奴がまだマシか」
「我はダイギンジョウならば飲めるか……だが、これは……」
二人の声には沈んだものがある。
これら三種の酒は、どれも独特な臭いや口あたりがあって、気に入れば大ファンになってくれるが、合わなければまったく合わない、いわば人を選ぶ酒だった。
これで上手く気に入れば、今後はとてつもなく深いパイプを築くことができる。
だが、気に入られなければ、今回の交渉は不首尾に終わるだろう。
渡としては、一つの賭けに出た形だった。
渡自身はそれほど酒を好むタイプではなかったため、今回の選考はかなり難儀したのだが。
(ご主人様、反応があまり良くありませんね)
(ああ。どれかしら気に入ってもらえると思ったんだけどな)
(主、でも二人とも、まったく気に入ってないわけじゃないっぽいよ)
(不快感を表す匂いとともに、深い興味を示してますわ)
ゆっくりと酒を飲む二人の反応を、渡たちは不安と期待に襲われながら、その時を待った。
交換条件として認められ、錬金術師を得ることができるか。
それとも、交渉決裂となるのか。
エトガーが酒器をテーブルに置くと、じっと渡の顔を見た。
仕事で更新おくれました。
もし良ければ高評価や感想をよろしくお願いいたします。
作者が(本当に)すごく喜びます!





