第6話 交渉相手について
マソーと話を続けるにあたって、相手が誰なのか、どういった人物で、何を好むのかを知っておく必要があった。
蒐集家は自分の好きな物には強い関心を示すが、ジャンルが違うとまったく興味を持たないことも珍しくない。
だからこそ趣味や嗜好、人となりを知っておかないといけない。
幸いなことに、マソーは本人と取引できるほどに面識がある。
これほど確かな情報源もないだろう。
「その貴族の方はどなたなんでしょうか?」
「ふふふ、驚きなさい、なんとローゼン家の領主よん!」
「ローゼン家って、エトガー将軍ですか!?」
「そうよ! 良い反応だわん!!」
「す、すごい人脈ですね!」
どや顔をするマソーと大きな反応を示すマリエルの態度から、相当な大人物のようだ。
意外なことにエアやクローシェの表情にも軽い驚きがある。
「マリエルは知ってるのか?」
「知ってるも何も、この国でも有数の大貴族で武断派の派閥の長です。建国の際にもっとも功績があった六人の臣下の一人で、それからずっと続く由緒ある公爵家ですよ」
「ローゼン家は手強い用兵をするから、気をつけろって爺ちゃんが言ってた」
「わたくしのお父様も警戒するように言ってましたわ」
知らないのは自分だけか、と思ったが、それだけの大人物と十分に交渉できるマソーの凄味が分かってくる。
一体この人は何者なんだろうか。
「武断派ってことは、武力を重視する家系だよな。錬金術師の奴隷をどうして持ってるんだろうか?」
「錬金術師の付与でも能力の向上を重要視してたり、治療用のポーションの作成などに力を入れているのかもしれません。あるいは、あまり重宝していなかったからこそ、蒐集品と交換に応じてくれたのかも?」
マリエルがマソーに視線を向けたことで、渡も自然とそちらに顔を向ける。
マソーは両肩をすくめて、軽く顔を左右に振った。
「そのあたりの経緯については聞いていないわん。一々詮索するのは野暮だからね。技量に問題がないこと、過去に犯罪などを犯しておらず、人品に大きな問題がないことは確かよ」
「それだけ分かれば、十分ですね。後はそのローゼン家のことだけど、マリエルは面識はあるのか?」
「雲の上の人で、辺境貧乏貴族の娘である私なんて、視界にも入っていなかったと思います。趣味についても申し訳ないですが……」
「仕方ない。マソーさんはご存知なんでしょうか?」
「ええ。エトガー氏は珍しい武器や骨董品なんかの歴史のある物を好むようねえ。それに鮮やかな色合いの物より、どっちかって言えば落ち着いたシンプルな物を好むわ。その辺りは同じ蒐集家でも、新しい物好きのモイー氏とは感性が違うのよね」
骨董品と聞いて渡の表情が曇った。
現代日本で何らかの骨董品を手に入れるとして、文化の違うそれが、どれだけエトガーに評価されたものか分からない。
たとえば明治時代の日本の陶磁器はその美しさからヨーロッパで飛ぶように売れたが、それは日用品としてではなく観賞用としてだった。
大皿や甕といった大きなものに高い値がついたとされる。
かといってこちらの異世界で珍しい物を探すとすれば、異世界と地球と行き来する渡の一番の長所がまったく活かせないことになってしまう。
これまでモイーには好評だったガラス製品も、こちらの異世界では目新しいものになってしまうだろう。
「あと、大のお酒好きね。銘酒には目がないはずよ」
「お酒ですか。もしかしたらそちらの方が、手に入りやすいかもしれません」
勝負できそうな商品の情報が手に入って、渡はほっとした。
異世界も地球も味覚に大きな差はない。
おそらく珍しい酒、高品質な酒の評価のされ方は、予想が立てやすい。
「情報提供ありがとうございます。少し良いものがないか、調べてみます」
「見つかる当てはあるのかしらん?」
「多分大丈夫だと思います」
「そう、じゃあよろしくね! アタシが探してもいいのだけど、その時は価格に転嫁することになるから、それだけは理解しておいてちょうだい」
「分かりました。何から何までありがとうございます」
今回の取引でマソーがどれだけの利益を見込んでいるのか、渡には分からない。
だが、相当な手間をかけさせているのはたしかだ。
マリエルやエアの時のような価格ではいかないのだろうな、と思った。
〇
奴隷商館から出た渡たちは、そのままの足で領主館に向かっていた。
アポは取っていないが、急な面会が許されるのが御用商人の一番の利点だ。
これからモイーに会いに向かった
「ねえ、なんでモイー卿に会いに行くの? 今回は関係ないじゃん」
「とは言っても、俺が御用商人の認可を受けた経緯を考えると、先に話を通しておかないと、気分を害すだろうからなあ。我を通さずに珍しい物を他所に売り払ったのかって」
「えー、御用商人も案外面倒くさいんだねえ」
「モイー卿には無税での通行許可をはじめ、マリエルの両親の件でもお世話になってるからなあ。不義理はできない」
便宜を図ってもらっている以上、こちらも相応の利をお返ししないといけない。
義理は面倒だが、同時に人とのコミュニケーションの潤滑剤だ。
間の良いことにモイーは南船町に滞在していた。
一泊して明日には領都に向かうところだったらしく、すれ違いにならなくて済んだ。
運がいい。
丁寧に事情を説明したことで、モイーの機嫌を損ねることはなかった。
モイーが代わりとなる錬金術師を提供できなかったことも大きい。
モイーの領地では錬金術師を多数抱えて主要な産業にしている。
それだけに、錬金術師の奴隷が手に入っても、奴隷のままにしておくようなことはせず、支援や解放させて、工房を構えさせてしまっていたのだ。
市民となってしまえば、領主と言えども不当な命令はできなくなる。
許可を得られたことでホッとしたのもつかの間、モイーからとんでもない言葉を受けた。
「エトガー将軍は我もよく知っている。御用商人であるお前が不当な扱いを受けないか、我が同席しよう」
「は、はい。光栄です」
あ、これ自分が見たいだけだな、と渡は思ったが、それを口にしないだけの分別は弁えていた。
〇
モイーとの短い会見を終えた後、渡たちはとぼとぼと家に帰っていた。
渡がまず商品を探し、見つかったらそれを持って王都でエトガーと面会することが決まった。
エトガーは主に王都に滞在しており、領地は優秀な家臣に任せているらしい。
もともと非常に利便性の高い領地を押さえていることもあって、公爵領は栄えているとのことだ。
辺境でどう足掻いても発展に限度があったマリエルは、事情を説明するときに少し寂しそうだった。
「ねえ主、目の前で見たら、余計に欲しくならないのかな?」
「見ずに自慢されるよりはマシだと思ったんじゃないか?」
「いえ、多分違います」
「そうですわね。わたくしも別の意図があると思いますわ」
渡の予想は、マリエルとクローシェに否定された。
二人にはモイーの考えが読めているのか。
「どういうことだ?」
「もともとモイー卿からすれば、エトガー将軍の好みとは合致しません。ですからよっぽどの逸品が出ない限り、それほど羨ましくはないでしょう」
「それよりは、これほどの逸品を手に入れられる商人を、自分は御用商人としていち早く目にかけているんだぞ、その気になれば他にもいろいろ手に入れられるんだぞ、と自慢したいのですわ」
「なるほどな。一回限りの勝負というよりも、長期的な付き合いで優位に立とうとしてるわけか」
収集家同士でマウントを取り合ったりするんだろうか。
かたや建国からの大領主にして将軍、かたや今飛ぶ鳥を落とす勢いの国府卿。
どちらも権勢という意味では比肩するだろうが、国を支える重臣だ。
いくら珍しい物品を持ってくるとはいえ、異世界で何の地盤も持たない渡など、吹けば呼ぶような存在でしかない。
その場に居合わせたくないなあ、と心から思う。
「あーあ……モイーってなんかモイモイーって感じだなあ」
「お姉さまのおっしゃる通りですわ!」
「……どういうことだってばよ。俺にはまったく分からん。なんでクローシェは理解できるんだ」
「愛ですわ!!」
堂々と言い切るクローシェの姿にはまるで迷いがなく、尻尾がブンブンと振られている姿には、渡は少し羨ましく感じるのだった。
そして、秋が深まり初冬の寒さが身に包み始めた頃。
渡たちは王都でエトガーたちと会談することになった。





