第5話 錬金術師の奴隷の条件
奴隷商のマソーの店に訪れると、衛兵が顔をちらっと見ただけで、警戒を解いてくれた。
素早く扉を開いて案内してくれる所を見ると、いつの間にか上客扱いになっているのだろうか。
丁寧に扱われて、悪い気持ちはしない。
店内に入ると大きなホールになっていて、立派だなあといつも思う。
視覚効果をとても大切にしていて、毎回感心させられる内装だ。
正面のカウンターに受付の男性が立っていて、渡たちの来訪を知ると、すぐさまマソーを呼びに向かった。
少し待つと、二階の奥からマソーが素早い足取りでやってきた。
相変わらずコンテスト前のボディービルダーかな、と思わせるカットの美しいムキムキマッチョだが、その声はとても優しい。
「お久しぶりねー! 会いたかったわ。全然来てくれないだもん、寂しかったわ」
「あはは、あんまり奴隷を買っても、俺が管理できそうになくて」
「ワタル様の場合だと、倉庫の護衛とか、ウェルカム商会とのやり取りに一人ずつぐらい購入しても良いのよ? きっともっと楽ができると思わん」
さらっと言われたが、なるほど確かに、と頷く所も大きかった。
別にマリエルたちのように常に一緒にいる必要はないのだ。
異世界だけで渡のお金を稼いでくれる奴隷がいれば、稼ぎはもっと大きくなるだろうし、ウィリアムも渡の行動に振り回されず、安定して商品が仕入れられる。
今は契約に甘えて、ウェルカム商会が渡の倉庫に訪れて商品を取り出し、それを帳簿に認めてもらって、後日に清算している。
渡たちは倉庫に不足分を補充しているだけだったので、悪いとは思っていたのだ。
「あらやだ、ワタル様、ちょっと逞しくなったかしらん?」
「分かります?」
「良いことよ! 前はちょっとヒョロっとしてたものね」
体力づくりとしてのトレーニングは続けている。
毎晩のように激しい運動をしていたら、体を鍛えないと体力が保たないのだ。
マソーが渡の二の腕をスリスリと撫でた。
「それで、用件は何でしょうか? 相談したいことがある、とのことでしたが」
「そうね、ここではなんだから、場所を移動しましょうか」
「よろしくお願いします」
バチコーンと音がしそうなほど強いウインクを飛ばされて、渡は苦笑を漏らしながら、マソーの後に従った。
その後をマリエルたちは黙ってついて行く。
各部屋にいる奴隷たちは、シンプルな服装を着させられて、口の利き方や文字の読み書きなどを教えられている。
少しでも商品の価値を高めて、利益を向上させるだけでなく、同時に購入した主人から酷な使い方をされないように、教育しているのだ。
本当にいい店なんだけど、少し他人には勧めづらいんだよなあ。
〇
本題に入る前に、渡はマソーに手土産を渡すことにした。
「これ、良かったら飲んでください」
「んまっ!? 珈琲じゃない。助かるわあ。ウィリアムったら、馴染みの私にも正規価格でしか売ってくれないのよ、値崩れしないためって言って」
「あ、ちょっと意外ですね」
「まったく、大儲けしてるのにズルいわ」
焙煎したばかりの挽きたて珈琲豆だ。
ウェルカム商会に卸している珈琲豆は、貴族の間でも広がっている。
幅広い相手と商談を繰り返しているマソーも、持っていれば使い勝手が良いだろう。
マリエルやエアという優れた商品を融通してくれたマソーに対しては、渡はあまり厚意にお返しできていない。
こちらの世界では珈琲豆は高級品だが、渡からすればちょっとお高いものでしかない。
それも喫茶店を開いて業務用の仕入れ先を手に入れた今、とても安価になっている。
多少のプレゼントは安いものだ。
「こっちが淹れる道具ですね」
「何から何まで悪いわね」
マソーの機嫌はとても良い。
もともと明るい雰囲気を示していたし、良い報告が聞けそうだと思った。
渡たちの前に飲み物が用意されて、それから本題に入った。
「この前希望されてた、錬金術師の女の子、いたじゃない?」
「え、別に俺は女の子じゃなくても良かったんですが」
「あら、そうなの!? てっきりまた腕のいい美女じゃないとダメなのかと思っちゃってたわ。早とちりしてごめんなさいね!」
「あ、いや……。身に覚えのある評価なので、何も言えませんね。もしかして男性でも良ければ、もっと早く希望通りの人が見つかったりしました?」
「残念だけど、それはないわ。前にも言った通り、錬金術師はもともと稼ぎがすごく安定しているの。よほど商売が下手だとか、なにか避けようのない不運に遭ったとかじゃないと、まず奴隷にならないし、買い手もすぐに見つかることが多いのよ」
奴隷になる者は大きく二つの経緯に分かれる。
金に困るか、犯罪を犯すかだ。
ただ、渡の性格と商売のことを考えて、後者の素行の悪い人はどれほど技術が高くても断ることを伝えていた。
おまけに奴隷以外の、市民の錬金術師では問題があった。
日本に連れて現地で製造できるかどうかを確認し、かつ秘密を厳守させる必要があるのだから、どうしても相手は強制力の働く奴隷でないと困るのだ。
万が一契約を終えた後に吹聴されては、それこそ大騒動を招きかねない。
「普通に奴隷市に行っても、本当に高掴みしないと手に入らないのよね。それじゃワタクシの儲けも少なくなっちゃうから、誰も得をしない取引になっちゃうから困ったものよ」
「そんな難しい条件だったら、どうやって仕入れるんですか?」
「そこは普段の伝手が物を言うわけ。ワタクシがこれまで販売してきた先で、不要になった奴隷を購入したり、あるいはそこと取引のある所から、紹介を受けて買取を申し込まれたりするのよん」
「すごい営業努力ですね」
「経営が苦しそうなところがあれば、話を持ちかけることもあるわん。奴隷は労働力でありながら、資産でもあるの。だからその商会や店の経営が上手くいってるなら売り込みにいくし、傾きそうなら仕入れにいくの」
だから好景気の時は奴隷の需要が供給よりも高くなったりするし、不況なら奴隷余りなんて状況が起きる、とマソーは言った。
今この国は安定していて、やや好況期なのだという。
「そこで、錬金術師を販売しても構わないかを聞いて回ったりしてたのよ。そしたら、その内の一件から、売っても構わないって言ってもらえたのよ」
「大変な手間をかけさせてしまってたんですね。ありがとうございます」
「いいのよ。かけた手間はちゃんと価格に転嫁するから。商品の質は保証するわ。錬金術師としての腕は一流。見た目は美しいうえに、珍しいことにエルフなのよ!」
「エルフですかっ」
「主が鼻の下伸ばしてる。サイテー」
「いま、ものすごく興奮してましたね。もう少し私たちにも気を使っていただけると嬉しいのですが」
「不潔ですわ……やっぱりお姉様、この方に愛情を注ぐのはやめておいた方が良いのでは?」
「ちょ、ちょっと待てって。そういうのじゃないから!」
エルフはなんというか、そう、お約束なのだ。
ゲームやマンガ、ライトノベルなどに触れていれば、反応せざるを得ない。
ファンタジーな異世界に来て、渡も最初にもしかしたらいるのではないか、と思っていた種族だ。
この世界のエルフが渡の想像するものと大差がないことは、これまでに交わした会話や、町で見かけた経験などから分かっている。
耳が長く、大抵が非常に整った顔立ちをしている、森に親しい種族だ。
弓の名手であり、魔法に造詣が深いのも共通している。
まさか錬金術にも詳しいとは知らなかったが。
思わず前のめりになった渡に、マソーが落ち着かせるように言った。
「ただね、問題がないわけじゃないのよぉ」
「なんでしょうか?」
「その人、貴族の方で、モイー卿の蒐集家仲間みたいなんだけど、ものすごく対抗心を燃やしてて、何としても珍しい物が欲しいんですって。それさえ叶えば、手放してもいいって」
「なるほど……それで相談が……」
お抱え錬金術師の一人なのだろうか。
条件としては悪くない。
いったいどんな収集品ならば、満足してもらえるのか。
まずは、その貴族の好きな物から聞き出さなくてはならなかった。
あいつの貴重なアイテムが欲しいのお(# ゜Д゜)
ってコレクションをしてるとなりますよね。
それはそうと、ついにエルフの登場です。
珍しい種族ばっかり出してましたが、ついにメジャー種族の登場です。
もし良ければ高評価や感想をよろしくお願いいたします。
作者が(本当に)すごく喜びます!





