第22話 王都での商談
王都の祠から繋がる南のゲートの一つは温泉街の碧流町だった。
もう一つをあらためて確認したところ、予想通りに南船町に繋がった。
これはとてもありがたい。
これから用があるごとに、毎回片道三日をかけて移動しなければならないとなると、かなりの時間がかかる。
商売については現地の人に丸投げしたほうが良いとも思い始めていたのだ。
一定の商品を行き来するだけならそれで良いのだが、同時にこの異世界の商品や世界を知る意味では、貴重な機会を損失することになる。
南船町と王都間のゲートの確認は、とても嬉しいできごとだった。
王都の宿に戻った渡たちは、夕食を堪能してから、今日一日で分かったことを話合っていた。
この一日だけでも非常に多くのことが分かったし、分からないことも増えた。
まずは分かったこと。
王都の祠は複数の場所に転移することができ、言葉によるトリガーでゲートが繋がること。
北はかなり遠い古代遺跡に繋がっていて、その先は危険かつ不安定で、今後清掃や魔力災害の対策が必要そうなこと。
上手くいけば貴重な古代の遺物が手に入るかもしれないが、現時点ではエアとクローシェの二人でもかなりのハイリスクを背負う必要があること。
古代都市の他のゲートが安定し、物資の搬入なども問題なく行えそうなこと。
まだ分かっていないこともある。
なお、東と西は転移先がかなり離れていそうなこともあって、まだ試していない。
また、事前の予測では、モイー男爵領の星見ヶ丘に繋がるゲートもあるはずだったが、確認できていない。
あるいは別の中継点となる祠があるのかもしれない。
「しかし、王都と南船町が繋がっていたなら、どうして俺たちは王都に行けなかったんだろうな」
「何か使えるようになる条件があるのかもしれませんわ!」
「たとえば?」
「分かりませんわ!」
堂々と胸を張るクローシェだが、その態度には悪びれた様子がまったくない。
ほとんど直感で物を言う子なので、深く考えるのは苦手そうだ。
「クローシェが言うように、何かの条件があるのは確かなのでしょう。ですが王都の祠が特殊なのかもしれません」
「現時点じゃ何も言えないよなあ」
「はい。ですから、またモーリス教授にお会いになるのも良いかと思います」
「なるほどな。そういえばモーリス教授は、転移陣を使える者でも、すべてのゲートで移動できるんじゃなくて、一部だけ許されてる者が多いって言ってたな」
だとすれば、こうして複数の場所に移動できている渡たちは、むしろ例外なのかもしれない。
あるいは、なにか条件を満たしたことで、ゲートを使用できるようになったのだろうか。
どうして自分たちは許されているのか。
特別扱いを受けているのか、あるいはある日突然使えなくなってしまうのか。
何も手掛かりはない。
そういったところも含めて、相談してみた方が良いだろう。
問題はあの教授がどこまで正直に答えてくれるのか分からない点だった。
○
渡がマリエルとエアとたくさんエッチを楽しんでクローシェが寝不足と歯ぎしりに苦しんだ翌日の朝。
渡は王都の広場すぐ近くにある軽食屋に来ていた。
この数日王都にいて、いくつかの店を梯子していたが、この店が一番料理が美味しかった。
素朴な焼き菓子やパンを、ドライフルーツや蜂蜜を使用して、少しでも美味しく食べさせようと工夫していた。
営業をかけて新たな食材を手に入れれば、より有効活用してくれそうだ。
『ヴォーカル』という店の店主は四十代の男性で、家族経営をしているらしい。
独立して王都に店を構えて十年少し。
店内はそれほど広くないのだが、木材を中心に落ち着いた内装で、ゆっくりとくつろぐことができる店だ。
息子と娘が後を継いでくれるらしく、この先の取引も安定しそうだった。
「ぜひともこちらの粉を使っていただきたいんですよ」
「ふうん、これで口当たりが柔らかくなるのかい」
「ええ。一応サンプルも用意してありますが、食べてみませんか?」
「おお、良いな。じゃあ一口もらおう。オレだけじゃなくて、嫁と息子の意見も聞いても良いかな?」
「もちろんです。エア、出してもらえるか?」
「分かった」
渡は日本から持ち込んでいたクッキーをエアから渡してもらい、皿を借りて盛り付けた。
大手メーカー製のクッキーはベーキングパウダーだけでなく、それこそ極限まで大衆の美味さを追求した商品だ。
コストは規模によって効率化されているため、個人経営であるこの店が同じクッキーを再現しようと思えば、とんでもなく高く付くだろう。
「見た目は普通の焼き菓子に見えるが……うおっ、なんじゃこりゃあ!?」
「お、美味しいっ! サクサクっとしていて柔らかい。口の中に入るとほろほろと解けて、甘さが広がって、なんて上品な美味しさなのかしら!」
「貴重な砂糖をどれだけ使ってるんだろ。あとはバターかな。こっちの黒っぽい粒粒もすごくいい。ただ噛みごたえはないね。次から次に食べられそう」
ヴォーカルの店主や妻、息子が目を見開き、貪るように皿のクッキーを食べていく。
一応多めに用意してあったが、山盛りになっていたクッキーの山がどんどんと小さくなってしまう。
ただ食べるだけでなく、分析をすぐさま始める辺り、料理人としてとても腕が立つ理由も納得というものだ。
ぐぅ、とお腹の音を鳴らして物欲しそうにクローシェがしていたので、目で制した。
彼女はマリエルとエアと違って、まだ現代日本に流通している食の暴力を体験していない。
日本に来たら驚くことになるだろう。
「お茶にも合いますから、そのあたりの組み合わせも楽しんでいただくメニューができると思います」
「これはたしかに革命的だ! お、おい。そんなに急いで食べるな」
「あなたこそ、さっきからバクバク食べて」
「仕方ないだろう。オレは同じ味を料理で再現しないといけないんだぞ!」
店主が口ひげにクッキーの食べかすをつけながら、真剣な様子で叫んだ。
コロナに家族全員が感染して、しかも二人が入院するという事態になって、バタバタしております。
ちょっと更新途絶えておりますが、お待ちいただけると助かります。





