第13話 祠探し①
クローシェとの決闘騒ぎが終わって、奴隷としての手続きを終える頃には、すでに昼食時になっていた。
朝早くから活動しているのに、想定外の時間を食ってしまった。
幸いなことに奴隷商館は中央に近いところにあったため、渡たちは広場にそれほどかけることなく戻ることができた。
時間に縛られる生活ではないが、日本に戻った時にポーションを購入する人が長く待たされることになる。
可能なら商品の仕入れと販売先の確保も終えてしまいたい。
ただ、もしゲートが南船町と繋がった場合。
その時にはものすごい時間短縮が実現するし、もしそうでなくとも、別の街に瞬時に向かえるのはとても魅力的だ。
「ところでどうしてクローシェは王都にいたんだ?」
「お姉さまの姿を探すなら、王都に張るのが一番だと思ったのです」
「つまり、一人で来てるのか?」
「ええ。わたくしの一族は今も傭兵として活動中ですわ」
となると、クローシェは一人で国を越える旅をしてきたことになる。
剣闘士として集団で移動していたであろうエアとは別だ。
お金もかかるし、旅は過酷になるだろう。
モンスターや夜盗に襲われる恐れも高くなる。
渡はマリエルと顔を見合わせた。
「よくご両親が一人旅を許しましたね」
「お姉さまを救う旅に出るからと何度もお願いしましたの。最初は反対されましたが、最後には許していただけましたわ」
「あのオジサンとオバサンがよく許したね」
「大変でしたのよ」
マリエルの発言にクローシェが胸を張って答える。
エアを慕い想う気持ちは、確かに本物なのだろう。
「なんかさっき半年ぐらいずっと張ってたって言ってたけど、お金はどうしたんだ?」
「冒険者ギルドに登録していましたので、用心棒として雇われたり、道場で師範役を務めたりして路銀を稼いでおりましたの」
「思った以上に苦労してたんだな」
慕っている人を助けたいという気持ちがあっても、それで実際に動けるかどうかは別問題だ。
力になりたい、と思いながらも胸に秘めたまま、一切行動に移せない人のほうが多いだろう。
そう考えるとクローシェはとても大切な実践力を持っている。
ただの迷惑娘ではなかったんだな、と渡が評価を改めていたら、クローシェは言いづらそうに、渡に口を開いた。
「お願いがあるのですが……」
「内容次第で聞こうか」
「お父様とお母様には内緒にしていただきたいのです。誤解してわたくしから勝負を仕掛けた挙句、負けて奴隷になってしまったなどと知られたら、殺されてしまいます」
「あー、あのオジサンならやりそう……」
「そんなに怖い人なのか?」
顔を青くして言うクローシェの横で、エアがうんうんと頷く。
苦笑交じりのその態度に、渡は嫌な感じがした。
「怖いっていうか、クローシェを溺愛してたから、奴隷になったってしったらブチギレそう。主に襲いかかってくる可能性があるかも」
「や、ヤバ過ぎるだろ。ちなみに強さは?」
「ちゃんと鍛えてるアタシなら勝てるとは思うけど、正直やりたくない相手かなあ。二人以上だったらすぐに全力で逃げた方がいい」
「そんな相手か」
エアが全力で逃げろというような相手だ。
しかも相手は傭兵団の団長でもあり、配下に指示できる立場だ。
絶対に睨まれたくないタイプの相手だ。
「構わないと言えば構わないけど、いつまでも隠し通せるものじゃないだろう。なにかの拍子で一族の人たちと会うことになったらどうするんだ?」
「わ、わたくしの一族は基本的にはこちらの国まで来ることはありませんから、定期的に手紙を送っておけば、安心してもらえると思いますの」
「俺はその時だけクローシェを立てるつもりはないぞ。まあ、今のところわざわざ西方諸国に行く理由もないから、滅多なことでは会わないだろうけど、一族の人が王都とかに来たら、自分で責任を取れるんだな?」
「は、はい。……覚悟はしておきます」
騒動を引き起こす予感がしないでもなかったが、一度手に入れたクローシェを手放したくもない。
高い身体能力や戦闘能力、美しい見た目と、渡としては魅力的な面もとても多かった。
〇
昼食を食べる前に渡たちは活動を再開した。
いきなりのことで中断せざるを得なかったが、今日の本来の目的はゲートを探すことだ。
「さて、いきなり騒ぎになったから中断してたけど、本来の目的に戻ってゲートを探そうか」
「ゲート、ですの?」
「ああ、俺たちは元々、王都の転移魔術が使えるゲートを探していたんだ。事前調査や予想によると、クローシェと会った大広場周辺のどこかにあるんじゃないかって話だ」
朝からクローシェと出会うまでの間に、少しばかり探索は済んでいた。
残る候補地は七割ほど。
順調に見つかれば今日中に見つかるかもしれないが、そうでなければ明日も探すことになるだろう。
あるいは、アテが外れていればもっと長期間掛かる恐れもあった。
クローシェが元気になって胸を張る。
「分かりました。わたくしが早速お役に立ってみせますわ! 失せ物探し物を見つけるのは得意ですの!」
「……信用できるのか? 正直なところ、俺には不安しかないが」
「失礼ですわね! わたくし、本当に得意ですのよ!」
「非常に残念だけど、アレで勘の良さは天才的なものがあるから、大丈夫だと思う」
「そうなのか? 勘がいい割には、いきなり決闘を引き起こしたりしてたけど」
「……うん。だから非常に残念なの。上手くこっちが誘導してあげないといけない。でも、戦場で隠し財宝を見つけたりする嗅覚は凄かった」
それは優れてるが、同時にかなり大変なのではなかろうか。
エアの話を聞いて、嫌な予感を覚えた。
使い方を間違えると問題を起こすジョーカーのような存在は、渡がいましている商売からすると扱いに困るのだ。
うっかりと秘密を話してしまった、ではすまされない。
「エアは元々お姉さん代わりだったみたいだし、しっかりと教育しておいてくれ。マリエルもサポートを頼むぞ」
「はい。私も最初は戸惑うことが多かったですし、できるだけサポートしますね」
「えー……分かった」
「頼む」
ゲート探しを続けて昼食をそろそろ食べるか、という頃。
マリエルが声をかけてきた。
「では、私はそろそろ一度失礼させていただきますね」
「おう、フィーナとの食事、楽しんでこいよ」
「お時間をいただきありがとうございます。ご主人様も無事に見つけられますよう」
「じゃあ、またね」
「ええ。エアには申し訳ないけど、ご主人様をよろしくお願いします。クローシェはまだ慣れないことばかりだと思うから、エアがちゃんと教えてあげてね」
「お気をつけて行ってらっしゃいませ」
「フィーナさんにもよろしく伝えておいてくれ。いつか商談を申し込むこともあるだろう」
ペコリと頭を下げて、マリエルが雑踏へと駆けていく。
久々の再会の時間を少しでも長く楽しもうと急ぐ背中に、渡は微笑ましい気持ちになった。





