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異世界⇔地球間で個人貿易してみた【コミカライズ】  作者: 肥前文俊
第三章

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第09話 エアの誤算

 開始と同時にエアは爆発的に直進した。

 猫科動物の身体能力を持つ金虎族は短期決戦の狩猟を得意とする。

 ふくらはぎと太ももの筋肉が収縮し、大地を抉るような踏み込みで、瞬く間に両者の距離を詰めていく。


 風圧に表情が歪むほどの加速を見せる。

 視野が狭まって、クローシェの顔がハッキリと目に映る。


 これは殺し合いではなく、命を奪わない戦いだ。

 だが、エアとクローシェは昔から薄氷を踏むようなギリギリの戦いを何度も繰り広げてきた。

 直進力を回転力へと変換し、大氷虎を振り抜く。


 並の戦士なら一太刀で真っ二つになる剛剣だった。


「シャアアアアアアアア……ッ!!」

「ガアアアアッ!」


 剣は風を切り、クローシェの首を狙う。

 両者の一瞬の叫び声が混ざり、激突する。


 ビリビリとした手の衝撃。

 剣戟が交差した瞬間に、エアは自分の能力の衰えを自覚した。


(思った以上に弱くなってる……!)


 エアは一撃必殺、それで倒せなければ離脱する戦法を好んだ。

 即座に距離を取り、もう一度隙を伺う。

 クローシェは手の痺れを感じたのか、追撃はしてこなかった。


(こんなことなら、主に無理を言ってもっと鍛えておけば良かった)


 自分の能力の低下に歯ぎしりするほどの悔しさを覚えた。 


 奴隷に堕ちてからは、満足な訓練すらできない日々が続いた。

 渡に購入されてからも、本気での鍛錬ができた日がない。

 それでも並大抵の相手ならば十二分に余裕を持って勝てていたから問題にならなかった。


 だが、真剣になってみれば、己の弱体化がよく分かる。

 そして、クローシェも実力をつけていた。


 金虎族は短時間全力戦闘を好むのに対して、黒狼族は長時間の戦闘を好む。

 種族の身体的な違いによるものだが、貴重な初手を凌がれたのは痛かった。

 焦りこそないが、格段の余裕もなくなった。

 油断も慢心もない。呼吸を整え、体の隅々まで酸素を行き渡らせる。

 血がドクリ、ドクリと流れるのを感じた。


「お姉さま、これが全力ですか!?」

「冗談。アタシの本気はまだまだだよ」

「フフフ……オホホホホ! 今日、わたくしはお姉さまを完膚なきまでに倒し、上回りますわ!」


 剣を構えながらも、クローシェが高笑いを上げる。

 その姿はエアの矜持を強く傷つけた。


「……」

「ヒッ……!?」


 無言の圧力。

 エアの全身から鬼気が漏れ出る。

 クローシェは敏感に変化を察知し、恐怖を覚え、そして瞬時に構え直した。

 その機を見る速さは、やはり一廉の才人である証拠だろう。


 隙がないなら作れば良い。

 俊敏性を活かして立体的な挙動から相手を狙うのも、エアの得意とするところだ。


 右に左に体を軽く揺らし、前進から高速ステップ。

 土煙を立てながら、エアの体がブレる。

 剣の出処も巧妙に隠し、距離感を不明瞭にする。


 ただ、屋外訓練場は足場代わりになる強固な壁や柱、天井がない。

 身を沈めるか、左右に激しく動くか。

 その点でもエアの能力が制限されてしまっていた。


 エアは可能な限り狙いを絞るが、クローシェは見事に対応してきた。

 それどころか悠々と受け止め、弾き飛ばしてくる。


 ジンジンと手に痺れが残るような激しい攻撃を受けた。


 ニヤリとクローシェは牙を剥いて笑った。


「どうしましたか、お姉さま!」

「ふん、これから」

「防戦一方ではありませんか。あの苛烈な攻撃はどこに行ったのやら! やはりお姉さまが奴隷の身に甘んじているのは、その才を無駄にしているのです!」

「うる……さいっ!」

「ふふふ、わたくしの手でお姉さまを解放できるのかと思うと興奮してしまいますわ」


(クソうざい……。調子さえ万端ならボッコボコにしてやるのに……)


 エアが苦りきった表情を浮かべた。



 屋外訓練場の離れた場所から見ていた渡だったが、動きの殆どはマトモに目に追えなかった。

 体全体ですら早すぎて目に追うのが大変だったのだ。

 手足などまったく分からない。


 距離が離れているから辛うじて流れが見えるが、これが正面から、あるいは直近で見ようとすれば、渡には見えなかっただろう。

 膠着状態に陥る姿をみて、ようやく戦況が把握できた。


 二人の表情を見れば、余裕があるのはどちらかよく分かった。


「お、おい。エアが苦戦しているぞ!?」

「本当ですね……。まさかこんなことが起きるなんて……」

「もしかして負けてしまうのか? エア、頑張れ!」


 渡ができるのは見守ることと、声を届けるぐらいだ。

 声がほんのわずかでも力になれば、と渡は声を張り上げた。


「あらあら、お姉さま応援されておりますわよ?」

「くっ、調子に乗るなっ……!!」

「ふふふ、大振りですわ。焦っていらっしゃいますのね?」


 いつの間にか、攻守が逆転していた。

 クローシェが全身を使って連撃を繰り出す。

 風切り音を立てながらの打ち下ろし。


 エアが弾くが、体勢がわずかに崩れる。

 反動を利用しての切り返し。

 体勢がさらに崩れる。


「うっ、グッ……フシャアアアア!!」

「あらあら、そんなに怖い声を上げて」


 ガン! ガン! と極めて大きく歪な金属音を立てながら、受けるが、エアがとても苦しげだった。

 エアが受ける、受ける。

 ギリギリの瀬戸際で粘り、致命的な一撃は喰らわない。


「ふふふ、さあ、わたくしの勝利はもう直ぐそこですわ!」

「負けない……!」


 受ける方も大変だろうが、攻めているクローシェの負担も大きいだろう。

 それに優勢だからと手を抜けるような相手ではない。

 短時間しか経っていないのに、滝のような汗が吹き出ている。

 おまけに少しずつエアの動きに鋭さが見られ始めた。


「おおっ、すごい、なんかちょっとずつ逆転し始めてる!?」

「エアの動きに精彩さが出てきましたね。もしかして戦ってる最中に、感覚を取り戻したんでしょうか」

「そんなすぐに戻るものなのか? 普通はもっと時間がかかるだろう?」

「初心者が勘を取り戻すなら時間がかかるでしょうが、達人の場合は少し休んでもすぐに戻ると言います。とはいえ、常識はずれな速さですが。元々の身体能力や感覚の鋭い獣人ならではなのかもしれませんね」


 あと一歩、いや、紙一重の守りが抜けない。

 クローシェの表情に焦燥が浮かび上がる。

 対してエアの顔には余裕が生まれて来ていた。


 恐ろしく素早い攻守のやり取りの中で、ふと止まる瞬間に、二人の趨勢が徐々にエアに傾いていくのが、渡たちの目にもよくわかった。

 実際に対峙している二人にはもっと明らかに分かったことだろう。


「くっ、ど、どうしてですの!? あと、あと一歩なのにっ……!」

「幼い頃からアタシがずっと教えてあげてたよね。太刀筋も変化の仕方も、全部手に取るようにわかる。だから苦戦してるフリをして、クローシェにアタシの練習相手になってもらってたの」

「そんな余裕がどこにありましたの? 嘘ですわ!」


 エアの発言にクローシェは反論した。

 最初の手応えから、勝利を確信していたのだろう。


「アタシが本気で弱くなったと思った?」

「実際に弱くなっていたでは……ありませんか! わたくしの記憶の全盛期より、動きに精彩をかいておりましたわ!」

「全部演技だったの。あれ、もしかして気付いてない? 強くなった気になって気持ちよかった?」


 エアの表情に酷薄な笑みが浮かんだ。

 相手の心境を乱し、冷静さを失わせようとしている。

 致命的な一言を放とうとしていた。


「これまでアタシに勝てた時、意外に簡単に勝てて驚いてたでしょ。あれ、全部負けてあげてたんだよ」

「嘘、嘘ですわ……!?」

「子どもの頃から周りの大人があんまり弱くて、アタシは考えたの。せっかくなら、クローシェを練習相手に育てたほうが良いって。でもアタシが勝ち過ぎたら、自信を失っちゃうでしょ。だからね、いつも手加減してあげてたの」

「うそ、うそですわ、そんな、そんなこと……ありません! あの悔しがってた姿は本物でした!」


 クローシェは必死に叫んだ。余裕を失った声だった。

 だが、そこにエアがさらなる追撃を行う。


「クローシェが言ってたんじゃない。お姉さまは感情が読めないって。フフフ、負けてもらってるのも知らずに大はしゃぎしてるクローシェは可愛かったよ」

「あ、ああ……!! あああっ……! や、嫌ですわ。うそ、そんな……わたくしはだまされ、ウソですわッ!!」


 狂乱しはじめたクローシェの姿は、渡が見ていても痛々しかった。

 血の気を失い、必死に嘘だと言い立てる姿は、親に見捨てられた小さな子どものようだ。

 けっして先程までエアに対して優位に立っていた人物と同じには見えない。


 自信の拠り所を失ったのだ。

 背骨の折れた動きは繊細さを失い、迫力がなくなっていた。


 それでも必死の形相でクローシェは剣を振るっていたが、必死ということは、余計な力が入ってしまっているということだ。

 エアが迎え撃つように振り上げた一撃によって、手から剣が絡め取られた。


 クッと手首を返すことで剣が中空へとクルクル舞い上がり、カーンと音を立てて倒れた。

 即座にマリエルが手を上げ、勝敗を告げる。


「……あ」

「そこまで、勝者エア!」

「そ、そんな! まだ、まだわたくしはやれます! お願いします、やらせてくださいませ!」

「武器もなしでアタシとやる気?」


 エアが大氷虎をクローシェに突きつける。

 お互いが武器を持っていて負けたのだ。

 これが戦場であれば地を這ってでも武器を取ろうとするだろうが、決闘でそのようなことは許されない。


 クローシェは呆然と膝をついた。


「あ……ああ……っ!! お、お姉さま、もうし、申し訳ありませんっ! わた、わたくし、お姉さまをお救い、でき……ううっ、できなかった……ごめんなさい、ごめんなさい!」


 嗚咽を上げて、クローシェが蹲る。

 この瞬間でさえ自分の身を案じず、エアを思いやって涙を流す姿には、さすがにエアも心が傷んだのか、顔をしかめて、ふいと横にそむけた。


 かくしてエアとクローシェの決闘は幕を閉じたわけだが、一連の事が終わるには、まだもうしばし時間が要った。

バトル描写にはあまり納得行ってないので、後日書き直すかもしれません。

今回の主題は口で心をへし折るシーンなので、まあ良しかなあ。


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― 新着の感想 ―
[一言] 大虎氷が大氷虎になってる。 あと、これまでの戦闘描写の割に「防戦一方ではありませんか。」はおかしい。
[気になる点] 背骨の折れた動き……?
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