第177話 繋がりを求めて
「それで真面目な話、体調はどうなんですか?」
昼食を終えた昼下がり。ベッドの上で横になり、海斗に膝枕されている凪へ真剣な表情で尋ねた。
これまでの彼女の態度でそれなりに辛いのは分かっているが、確認の為だ。
流石に凪も誤魔化せないと悟ったのか、形の良い眉をへにゃりと下げて口を開く。
「動くと辛い」
「まあ、慣れない事をしましたからね。今日はゆっくりしてください」
「いつもゆっくりしてるけど、そうさせてもらう」
本を読む気分ではないのか、凪が体の力を抜いて目を閉じた。
こういう時に女性がどのくらいで回復するのか分からないが、恐らく数日は動けないはずだ。
凪の自室の掃除が滞るかもしれないが、小まめにしているし、一日二日掃除しなかった程度では何の問題もないだろう。
最悪の場合、今日と同じように海斗が掃除すればいいだけだと考えを纏め、美しい銀色の髪を撫でる。
「んー。このまま寝ちゃいそう……」
「全然疲れが取れてなさそうでしたからね。遠慮なく昼寝してください」
無理矢理叩き起こしたのは、昼食や昨日の片付け等をしたかったからだ。
もう全て終わっているので、昼寝を咎めるつもりはない。
今にも寝てしまいそうに瞳を蕩けさせる凪が可愛らしく、くすりと笑みを落とす。
「……そうするぅ」
間延びした声を漏らした凪が目を閉じ、すぐに寝息を立て始めた。
いつも通りと言えばいつも通りの姿ではあるが、今日は凪の服が違っている。
「男の夢だけど、これもう誘ってるよな」
自らの服を着て寛ぐ恋人の姿は、最高の一言だ。
シャツから伸びる太腿は眩しく、襟ぐりが開いているせいで鎖骨までバッチリと見える。
勿論、肩に通した薄水色の紐もしっかりと確認出来た。
下着をきちんと着てくれたのは嬉しいが、これはこれで想像を掻き立てられる。
あまりにも無防備な姿に体の奥から熱が沸き上がり、首を振って意識を逸らした。
「……手は出さないけど、拷問だな」
動くと辛いと凪は言っていたのだ。下手な事をして彼女に負担を掛けたくはない。
苦笑を落とし、気持ち良さそうに寝息を立てる凪の頭を撫で続ける海斗だった。
その後、海斗がバイトに行くまで凪は起きなかったので放っておいた。
また、バイトをしていると時折清二の生温かい視線を感じるので、手を出したのはほぼ間違いなくバレているのだろう。
とはいえ昨日の事を話す義理はないし、言葉にしないのは単に興味があるだけのはずだ。
なのであっさりと無視してバイトを終え、家に帰った。
流石に起きていた凪のシャツ一枚の姿に欲望を刺激されつつも、手を出す事なく晩飯と風呂を終えて今に至る。
「ねー、海斗。今日はしないの?」
海斗の膝の間に座って寛いでいた凪が、物欲しそうな目で海斗を見上げた。
彼女の表情と言葉から、何を求めているかは理解出来る。
けれど、昼の時点で動くのが辛いと言っていたのだ。
無理はさせられないと、迷う事なく首を横に振る。
「しません。辛いんでしょう?」
「ずっと休んでたら、かなり楽になった。だから遠慮しないで、ね?」
「それは良い事なんですが、本当に嵌りましたねぇ」
昨日の時点で体を重ねるのは好きだと言っていたし、今日起きてから凪は何度も何度も海斗を誘ってきた。
こんなにも求めて貰えるのは、彼氏冥利に尽きる。
凪の体は心配だが、それでも頬を緩めながら呟くと、彼女が柔らかく破顔して頷く。
「うん。海斗と深く繋がってるのが分かって、すっごく好き」
「……それは俺も同じですけど、今日はしません」
行為そのものだけでなく、海斗との繋がりを求めてくれるのが嬉しくて、一瞬だけ意思が揺らいでしまった。
けれど理性で欲望を縛って告げると、小さな唇が尖る。
「えー」
「駄々を捏ねても駄目ですよ」
「むぅ……」
頑とした態度を徹底していると、凪が拗ねた表情で海斗から視線を逸らした。
先程までと同じように本を読むかと思ったが、スマホを触りだす。
凪の座っている位置が位置なので画面が見えてしまい、どうやら調べ物をするらしい。
しかし、細い指が画面に文字を打とうとした瞬間に止まる。
「……やっぱり辞めた」
小さく呟いた凪がスマホをテーブルに置き、再び海斗を見上げた。
先程からの訳の分からない彼女の行動に首を捻る。
「何か調べたかったんでしょう? 辞めて良かったんですか?」
「いい。だって、勝手に調べるのは約束破りになっちゃうから」
「……はい?」
要領を掴めない凪の言葉に、何だか嫌な予感がして背筋がぞくりと震えた。
今すぐ逃げ出したいが、彼女が膝の間に座っているので立ち上がる事が出来ない。
僅かに体を逸らすと、凪が海斗へと凭れ掛かってくる。
「最後までしなくても満足出来る方法、教えて?」
「いや、あの――」
「私に海斗が教えてくれるんでしょ? それとも無いの?」
「無い。とは言い切れないんですけども……」
海斗とて思春期の男子高校生だ。
貧乏な生活をしていたが、そういう知識はそれなりに得ている。
凪を満足させられるか分からないが、試す価値はあるかもしれない。
そう考えてしまい、微妙な反応をしたのが失敗だった。
アイスブルーの瞳が輝き、細くしなやかな腕が海斗の背中に回される。
「じゃあ教えて? いっぱい、いっぱい。ね?」
「……本当に、最後までしませんからね」
興奮に蕩けた笑みを浮かべてのおねだりを断れる男など、いるはずがない。
とはいえ、一番優先すべきは凪の体だ。
念の為に釘を刺せば、迷いなく頷かれた。
「分かってる。ほら、ベッドに行こう?」
「大丈夫かなぁ……」
凪を満足させられなければ、この調子だと最後までしてしまうだろう。
溜息をつきつつも、海斗の腕に掛かっているのだと理解し覚悟を決める。
ご機嫌に自室へと入った凪と、何だかんだで楽しむのだった。