第175話 一夜明けて
「う、ん……」
ゆっくりと意識が覚醒していき、重い瞼を開ける。
寝たはずなのに体は気怠く、このまま二度寝したい気分だ。
しかし時刻が気になって時計を見れば、いつも起きている時間帯になっている。
「ここまで寝ても疲れが取れてないって、昨日何して――ああ、そうだったな」
昨日の幸せな時間を思い出しつつも、はしゃぎ過ぎたと溜息を落とした。
ちらりと視線を落とすと、いつも通り凪が海斗の胸に顔を埋めて気持ち良さそうに寝息を立てている。
しかし彼女は生まれたばかりの姿をしており、シミ一つない綺麗な背中やくびれのある腰がバッチリと見えていた。
「……起こすか」
出来る事なら、芸術品と言っても過言ではないこの美しい肢体をずっと眺めていたい。
だが既に昼前だし、昨日はしゃぎ過ぎたせいで腹も減っている。
たっぷり汗を搔いた事で体がべたついているのもあり、流石に行動を開始しなければ。
申し訳ないと思いつつ、凪の肩を掴んで軽く揺さぶる。
「凪さん。起きてください」
「……ゃぁ」
どうやら眠りは深くなかったようだが、海斗の要求に僅かだが首を振り、思いきり引っ付いてきた。
汗ばんでしっとりとした肌をくっつけられると、体が反応してしまう。
昨日散々楽しんだのに回復が早いなと苦笑しつつも、必死に抑え込んで再び凪を揺さぶる。
「もう昼前ですよ。お腹空いてませんか?」
「すい、た……」
「ならご飯を作りますから、離れてください」
「ぅ゛ー。わか、った……」
海斗と離れたくなかったのか、猫のような唸り声をあげた凪だが、渋々といった風に体を離した。
今度は体の前面が見えるようになり、小ぶりなデコルテや柔らかそうなお腹、そして更に下の部分などが露わになる。
あまりにも無防備過ぎて今すぐ襲いたくなってしまったが、流石に凪も怒るだろう。
ぐっと奥歯を噛んで欲望を抑え込み、ベッドから降りた。
「わー。これが昨日盛り上がった結果かぁ……」
ベッドも含めて凪の部屋は凄まじい事になっており、床には脱ぎ散らかされたお互いの服がある。
このまま放置したくないので片付けたいが、今の段階で片付けられるのは服くらいだ。
とはいえ凪の服はどういう風に扱えばいいか分からないし、ひらひらしているので恐らく普通に洗っては駄目だろう。
こういう時は持ち主に聞けばいいと、素晴らしい肢体から目を逸らしつつも、二度寝に耽っている凪の体を揺さぶる。
「凪さん。この服ってどういう風に洗えばいいんですか?」
「えー、んー、てきとうに……」
「それ絶対ボロボロになるやつでしょう。こんなに可愛い服なんですし、きちんとしたいんですが」
「ならそのへんにおいといてぇ」
「……了解です」
あまりに眠すぎて頭が回っていないようだが、凪の言葉に従うしかない。
苦笑を零しつつも綺麗に畳み、自分の服を持って脱衣所へ向かった。
洗濯機に服を放り込む際に、洗面所の鏡に映った自分自身の体が視界に映る。
「痕、ついてる」
昨日の行為の際、最初は海斗が凪につけたのだが、彼女も同じ事をしたがった。
なのでやり方を教えた結果、海斗の鎖骨付近にいくつもの赤い点が出来ている。
凪から愛されたという証な気がして頬を緩めるが、感動に耽っている場合ではない。
汗でべたついた体を洗う為にシャワーを浴び、すぐに風呂場から出る。
新しい部屋着へと着替え、すぐに凪の自室へ。
相変わらず二度寝を満喫している凪を叩き起こすべく、布団を思いきり剥いだ。
「ぅー。さむい……」
「すみませんけど、寝かせておく訳にはいかないんです」
「ごはん、できたの……?」
「いえ、出来てませんけど」
「なら、できたらおこしてぇ。ねむぃ……」
眠気で蕩けた顔と無防備に手を広げて布団を求める姿は、本来であれば無垢なものなのだろう。
残念ながら一糸纏わぬ姿なので、海斗を誘っているのだが。
もしかすると、あまりに眠すぎて自らの姿が自覚出来ていないのかもしれない。
凪に状況を分からせるべく、彼女を押し倒して滑らかな腹へと唇を触れさせる。
未だに半分寝ているのか、ふにゃりと緩んだ笑顔で受け入れられた。
「くすぐったいよぉ」
「服を着てないので、こういう事もし放題なんですよ。このまま二度寝するなら悪戯しますが?」
「ふく……? きてない……?」
ようやく状況を理解出来たのか、アイスブルーの瞳に理性が灯り始める。
自らの体へと視線を落とした凪の頬が真っ赤になるまで、時間は掛からなかった。
「あ、え、何で!?」
「何でも何も、昨日散々楽しんでそのまま寝たからでしょうに」
「そうだった!」
完全に覚醒した凪だが、現在海斗に押し倒されている。
逃げようとするものの、彼女の頭の左右に置いた手と足の間に入れた体のせいで、逃げる事が出来ない。
冬場であっても眩しい日差しが、彼女の真っ白な肌に映える。
「その、海斗。退いてくれると……」
「退きたい所なんですがね。何度も起こしたのに二度寝しようとするので、お仕置きをしようかなと」
「……何を、するの?」
お仕置きとはいえ海斗が嫌な事などしないと信用しているのか、凪が潤んだ瞳で海斗を見つめた。
澄んだ瞳の奥にどろりとした熱と期待が潜んでいるのは、気のせいだと思いたい。
ぴくりと腕を動かしてしまったが、それ以上の動きを抑え込んで、凪の肢体を観察する。
「このままずっと眺めます」
「えっと、えっと、眺めても良いものじゃないよ? 胸は大きくないし、体は小っちゃいし」
「それで俺が滅茶苦茶興奮したの、もう忘れたんですか?」
凪が必死に自らを卑下して海斗を離そうとするが、全て無駄だ。
首まで真っ赤にしている凪の姿にぞくりと背中が震え、滑らかな頬に触れる。
それだけでも凪はびくりと体を震わせた。
「……忘れて、ないけど」
「なら、そんな姿で寝られると困るのも分かりますよね?」
「困るの?」
「そりゃあ困ります。腹が空いてたり、体がべたついていても凪さんを求めてしまいそうになるので」
「それでも、いいよ?」
気に入った、というのは嘘ではないようで、凪が体から力を抜く。
このまま昨日の続きをしたかったが、念の為に体の調子を確認しなければ。
溜息を落とし、凪の頬をぺしりと叩く。
海斗がそんな事をすると思わなかったのか「あう」と声を漏らして凪が目を瞑った。
「駄目です。昨日の今日なんですし、慣れない事をしたでしょう? 体は大丈夫なんですか?」
「大丈夫のはず」
「なら試しに汗を流しに行ってください」
元々本気でお仕置きするつもりもなかったので、あっさりと凪を解放した。
残念そうな溜息が聞こえたが、完全に無視して彼女の様子を見守る。
海斗の予想通り、凪は立った瞬間に顔を引き攣らせた。
「昨日あれだけはしゃいだんです。違和感があるんでしょう?」
「そ、そんな事ない。全然平気」
「全く信用出来ないんですが……。取り敢えずお風呂へどうぞ。その間に片付けとかご飯とか準備しますから」
「……分かった。お願い」
海斗の意思が折れないと理解したようで、薄い肩を押して脱衣所へ向かうと、凪は抵抗する事なくあっさり従ってくれる。
その間にも時折顔が歪んでいたので、今日は動けないかもしれない。
拗ねたような表情の凪を脱衣所へ叩き込み、彼女の自室へ戻ってくる。
「さてと。片付けしますか」
汗を流す前に服は片付けたが、それ以外も凄い事になっているのだ。
寝ていた時は慣れて気にしなかったものの、匂いも無視できない。
こういう時こそ海斗の出番だと、手を動かし始める海斗だった。