表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/182

第15話 凪の居ない図書室

 文化祭は何事もなく終わり、日常が帰ってきた。

 衣替えの時期であり、秋の空気が感じられる中、冬服に着替えている。

 また、美桜の両親の事は気になったものの、バイト中に彼女が来て「男子が私の傍に居たから気になったんだってさ」と説明してくれた。

 ならばわざわざ海斗を呼び止める必要はないし、美桜の両親の態度は明らかにおかしかったので、美桜は間違いなく誤魔化している。

 とはいえ、海斗の身に何も起きていないのだから、実害がなければ放っておくべきだろう。

 美桜とは友人だが、お互いに触れられたくない事情というものがあり、距離感は大切にしなければ。

 そんな風に折り合いをつけて、十月に入って約一週間が経った頃。

 いつものように昼寝をしようと図書室に向かったのだが、凪が居なかった。


「珍しい事もあるもんだな」


 斜め前の席が空白な事に、強い違和感を覚えてしまう。

 しかし凪には凪の事情があるはずだし、海斗と図書室に来る約束をした訳でもない。

 気にしてもしょうがないと、頭を振って机に突っ伏す。

 いつもならすぐに寝られるのに、胸の中に不安が渦巻いて全く眠れなかった。


「もしかして、何かあったのか?」


 誰かと仲良く昼休みを過ごしている凪は想像出来ず、嫌なイメージがどんどん沸いてくる。

 教師に何らかの頼まれ事をされたのならまだいい。このタイミングで告白される事だってあるだろう。

 しかし、誰かに嫌がらせを受けていたのなら。体調を崩していたり、何かの拍子で怪我をしていたら。

 一つ上の先輩に対する心配ではない気がするが、どうしても気になってしまう。


「連絡は――無しか。そりゃあそうだよな」

 

 凪と連絡先を交換してから数日が経ち、彼女とは毎日晩飯の事で連絡するようになった。

 というより、普段は海斗の方から『今日はどんなものが食べたいですか?』と尋ねているのだが。

 そして毎回簡素に『ハンバーグ』や『生姜焼き』等と返ってきている。

 特に料理が決まらない日は『肉』とだけ返ってくる事すらあるが、もう慣れた。

 しかしその連絡は夕方なので、お昼時であるこの時間に連絡などあるはずがない。

 机に頭を乗せたまま特徴のないスマホのホーム画面を眺め、何を期待しているのかと自分に呆れる。

 余計な思考を振り払って再び目をつぶろうとすると、唐突にスマホがメッセージの着信を知らせた。


『風邪を引いた』


 いつも通りの簡素なメッセージに、これほど安堵あんどした事はない。

 おそらく十月に入って夏が過ぎ去り、涼しくなったからだろう。

 とはいえ全く落ち着いてはいられず、慌てて凪に返信する。


『なら今日は休んでるんですね?』

『うん。だから、今日の晩ご飯はいらない』


 全く繋がっていない会話に、疑問符が頭を占めた。

 おそらく凪なりの考えがあっての事だろうが、説明をはぶきすぎだ。

 頭痛を覚えてこめかみを抑えつつも、指は素早く動かす。


『それは西園寺先輩が自分で晩飯を作るって意味ですか? ちゃんとしたものを作れますか?』

『そう。料理は大丈夫』

『カップ麺とかで済ませようとしてませんか? だとしたら怒りますよ?』


 凪は病人なのだ。そんな人にカップ麵を食べさせるつもりはない。

 これまで凪の晩飯を作ってきた者としてのプライドを胸に、脅しの意味も込めてメッセージを打った。

 すると既読はついたものの、先程までのようにすぐ返信はされず、暫く経ってから『大丈夫』とだけ返ってきた。


「何が大丈夫だよ。絶対に大丈夫じゃないっての」


 あまりにも簡素で心配しかない三文字に、はあと重い溜息をつく。

 今すぐに凪を問い詰めたいが、彼女が声を出し辛い状況かもしれないので電話は駄目だ。

 代わりに、これまでの信頼関係が崩れるのも覚悟でメッセージを打つ。


『信用出来ません。今日は学校が終わったらすぐに先輩の家に行きますからね。勿論、中に入りますよ』

『嫌』

『嫌で済む問題じゃありません。俺は清二さんに西園寺先輩のお世話を頼まれているんです。こういう時こそお世話するべきでしょう』

『必要ない』

『では、この状況を清二さんに説明しましょうか。間違いなく俺か清二さんが西園寺先輩の家に行く事になりますよ』


 これまで海斗は凪のお世話を清二から頼まれたという、ある意味での切り札を見せつけなかった。

 おそらく最初からこの札を切っていれば、海斗は凪の部屋を掃除出来たかもしれない。

 晩飯に関しても、持って行くだけの今の状況ではなかっただろう。

 しかし一度清二のお願いを断った理由と同じく、そんな事をすれば凪の意思を無視してしまう。そうなると信頼関係を間違いなく築けないはずだ。

 なので出来る限りこの手は使いたくなかったが、そうも言っていられない。

 この状況で彼女の力になれないのなら、海斗の居る意味は無いのだから。

 清二は毎日凪の体調を確認してはいないはずなので、今回も知らないだろう。

 そう判断して凪を追い詰めると、再び彼女の返信が来なくなった。


「……ま、嫌われたよな」


 海斗が嫌われて凪の体調が良くなるのなら、嫌われる事くらい安いものだ。

 そう頭で割り切りを付けても、胸がズキリと痛む。

 自分で選んだ癖に身勝手なものだと乾いた笑みを零せば、ようやく返信が来た。


『清二さんには言わないで。代わりに家に入っていいから』

『了解です。やっぱり駄目はナシですよ』

『分かってる』


 話が纏まり、ホッと胸を撫で下ろす。

 てっきり体調不良を清二に伝えて来てもらうのかと思ったが、意外にも海斗が家に入っていいらしい。

 それは嬉しいものの、海斗の胸は晴れないままだ。


「間違いなく怒ってるよなぁ……」


 自分の選択に後悔はない。それでも、スマホの向こうで怒る凪を想像すると気が滅入ってしまう。

 彼女が怒った姿を見た事はないが、ああいう人程怒ると怖いはずだ。

 簡単に怒りは収まらないはずだし、もしかするとこれから図書室で凪とは会えないかもしれない。

 図書室の空気自体を気に入っているのもあるが、凪との穏やかでお互いを気にしない空気が海斗は好きだった。

 それが無くなりそうだという実感が今更ながらに沸いて来て、ぶるりと体を震わせる。


「……俺が選んだんだし、後の事は考えるだけ無駄だな。取り敢えず今日の晩飯だ」


 後の大きな問題を後回しにし、凪の晩飯を考える。

 病人に食べさせられるものはそう多くない。

 料理する場所に一瞬だけ困ったが、凪の看病ついでに家に入れるのでキッチンを使わせてもらおう。

 そう思った所で、ふと疑問が浮かんだ。


「というか、いつも喫茶店の厨房を使わせてもらってたから、いきなり違う事をしたら怪しまれるよな」


 清二の事だから根掘り葉掘り聞かれはしないだろうが、何も言わないのも申し訳ない気がする。

 とはいえ凪のお願いの方が大切なので、どうするかは決まっているのだが。

 すぐに連絡した方が良いだろうと『今日は喫茶店へ行かずに西園寺先輩の家に行きます』と簡素なメッセージを送る。

 清二も休憩中だったのかすぐに既読がつき『了解』とだけ返ってきた。


「流石清二さん。本当に助かる」


 本当は気になるだろうが、それでも最初の約束通り詳しく聞かない清二に笑みを零す。

 絶対に伝わらないとしても頭を下げて感謝を示せば、ちょうど予鈴がなった。

 どうやら凪とのやりとりに集中していたせいで、随分時間が経っていたらしい。


「さてと、まずは授業をちゃんと聞く所からだな」


 凪の事は気になるが、授業を疎かにしていたらついていけなくなる。

 パンと頬を叩き、気合を入れなおして教室へ向かうのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] さすがに心配で海斗にしては強引でしたが、それも仲良くなってる証拠みたいなものですよねぇ。そして凪ちゃんも折れたということは…2人だけの部屋、若い男女…なにも起きないはずもなく…あ、おかんと娘…
[良い点] 一ノ瀬父は娘の傍に男子がいたから気になっただけかぁ。なるほどなー……、なるほどなぁ。わざわざ地雷を可視化してくれた感じ。これ以上踏み込まないでっていう警告だな。実害がない間は「まあいいか」…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ