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第102話 ようやくの穏やかな時間

「えっと、凪さん?」

「なぁに?」


 凪が海斗の胸に顎をくっつけたまま、不思議そうな顔をした。

 至近距離の無垢な表情に心臓の鼓動が早くなる。


「この体勢、辛くないですか?」

「ん……。実は、そう思ってた」


 凪が凭れ掛かるようにして体を寄せてきたのだ。

 当然ながら一人分の椅子に二人は座れず、彼女は海斗の膝に腰を乗せている。

 海斗の羞恥は別として、それで楽ならばまだ良かった。

 しかしいきなり全力で甘えるのが恥ずかしいのか、凪は半分程度しか体を乗せていない。

 明らかに辛そうな体勢を指摘すれば、凪が残念そうに眉を下げて海斗から離れた。

 甘い匂いと温もりが遠ざかった事で、寂しさが込み上げてくる。


(……我儘過ぎるな)


 自分勝手な気持ちに、内心で苦笑を零した。

 そもそも、折角凪が抱き着いてくれたのだ。抱き締め返すのが海斗の役目だっただろう。

 こんな所でも情けないなと自虐し、立ち上がった凪の後を追う。

 ソファに向かうと思ったのだが、凪がぴたりと立ち止まった。


「海斗とこれからも一緒に居られるのが嬉しくて、忘れてた」

「何をですか?」

「海斗のお泊り道具が無いって事に」

「確かにそうですね」


 あっさりと泊まる許可は出たものの、こんな事になるとは思っておらず、泊まる準備などしていない。

 すぐに抱き締め返せないのは申し訳ないが、時間に余裕のあるうちに取ってきた方がいいはずだ。


「じゃあ一度家に帰りますね」

「分かった。玄関で待ってて」

「……もしかして、一緒に行くつもりですか? 俺一人で大丈夫ですよ?」

「それでも行く」


 海斗の家に荷物を取りに行くだけなのだから、凪が付いて来ても特にやる事などない。

 しかし、彼女はそれを分かっていながらも一緒に行きたいらしい。

 昼間とはいえ真冬の空の下を歩かせたくないが、凪が決めたのならその意思を尊重する。


「了解です。それじゃあ、ちゃんと厚着してきてくださいね」

「ん」


 短い返事を残し、凪が自室へと向かった。

 海斗は玄関に向かい、靴に履き替えて彼女の到着を待つ。

 清二が来るので外行きの服に着替えていたからか、すぐに凪の姿が見えた。


「ばっちり」

「なら行きましょう」


 玄関を出ると、昼間とはいえ冷たい空気が肌を撫でる。

 鉄の扉を支えながら凪が外に出るまで待ち、家の鍵を閉めた。

 すぐに片手を差し出せば、凪がこてんと首を傾げる。


「その……。今日は、寒いですから」

「ふふっ。そうだね、寒いね」


 苦しい言い訳がバレているのは、凪が楽し気な笑顔を浮かべている事からも明らかだ。

 それでも彼女は海斗への手へと自らの手を重ねる。

 今までとは違い凪の指を絡め取るようにして繋ぐと、華奢な肩がぴくりと跳ねた。


「駄目でしたか?」

「違う。びっくりしただけ」

「なら良かったです」


 嫌がられていないと分かり、ホッと胸を撫で下ろして歩き出す。

 何回か凪と手を繋いだ事はあるが、この繋ぎ方は彼女の手の感触が良く分かる気がした。

 ちらりと横を見れば、端正な顔がふにゃりと緩んでいるのが見える。


「この繋ぎ方、凄く良い」

「ですねぇ。今度から繋ぐ時はこうしましょうか」

「賛成」


 まだ正式には付き合っていないというのに、恋人繋ぎをするのはおかしいのかもしれない。

 これから暫く凪の家で過ごすので、既におかしい事だらけなのだが。

 しかし、誰も不幸にならないのならこれでいいと、胸を弾ませて海斗の家へ向かうのだった。





「「ただいま」」


 海斗の家に居た時間は長くなく、あっさりと荷物を纏めて凪の家に帰ってきた。

 二人同時に声を響かせ、部屋へと上がる。


「海斗の荷物は空いてる部屋に入れて。何もないけど、好きに使っていいからね」

「了解です。晩飯の食材、持ってくれてありがとうございました。しまうのは俺がやるんで、置いておいてください」

「もう遠慮なく手伝えるから、これくらい当然。でも後はお願い」


 どうせ外に出たのだからと、凪の家に帰ってくるついでに買い物も済ませようという話になった。

 しかし海斗は自分の荷物で片手が塞がってしまい、少々大変になると思っていた矢先、凪が食材を持ってくれたのだ。

 手伝えて嬉しかったのか、凪が小さく笑んで荷物を冷蔵庫の前に持っていく。

 清二から何か言われた訳ではないが、もうお世話係という役目にこだわる必要はないだろう。

 だからこそ凪に一度食材を任せ、海斗は自分の荷物を空き部屋に突っ込み、その後食材を整理してリビングへと戻る。

 凪の隣に座れば、すぐに彼女が身を寄せてきた。

 アイスブルーの瞳に期待を込め、甘い匂いが僅かに香る程に近い距離で凪が海斗を見上げる。


「……もっと近付いて、いい?」

「どうぞ」


 これ以上近付くとなれば、体が触れ合ってしまう。

 しかし、可愛らしいおねだりを断るという選択肢などない。

 海斗が許可を出した事で、凪が更に距離を詰める。

 すぐに銀色の髪が海斗の肩へと触れた。

 程よい凪の重さと髪の感触が、海斗の心臓を虐める。


「こういう事も、これからしていいんだよね?」

「そう、ですね。これくらいなら清二さんも文句を言わないでしょう」


 異性の家に泊まるだけでなく、恋人繋ぎもしているのだ。

 寄り掛かられる程度で問題になる訳がない。

 心臓は早鐘のように鼓動しているのに、隣に凪が居るという実感が海斗の心を落ち着かせもする。


「昨日からさっきまで忙しかったせいか、のんびりするのが久々に思えますね」

「うん。お父さん達と仲直りしてから一日しか経ってないなんて驚き」


 更に言えば、クリスマスイブは二人でお出掛けしたのだ。勿論、凪の家で休憩している時もあったが、ようやく事態が落ち着いたと言ってもいい。

 だからこそ、このゆったりと流れる時間がとても貴重なものに思える。


「海斗には泊まってもらうけど、この冬休みはどうするの?」

「特に予定はありませんよ。バイト漬けでもいいかと思ったんですが、正月の前後は店を閉めるみたいなんですよね」


 今日は話し合いをするからか店は閉めたらしく、今日以外もあまり海斗がバイトに出る事はないだろう。

 冬休みの後半は多少出るだろうが、少なくとも正月の前後は完全に暇だ。

 どうしたものかと天井を見れば、凪がくいくいと袖を引っ張ってこっちを見ろと伝えてきた。


「なら、いっぱいゆっくりしようね」

「俺、家だと結構ゴロゴロしてますよ? それでもいいんですか?」


 海斗の家に娯楽がないのもあり、バイトが無ければ基本的にスマホを弄るか寝るかの繰り返しだ。

 このままだと、凪の家に居ても同じ過ごし方をするだろう。

 高校生としてどうなのか思いつつ尋ねれば、凪がふにゃりと緩んだ笑みを見せた。


「それでいい。むしろ、それがいい。海斗と一緒なら、凄く楽しそう」

「なら遠慮なく寛がせてもらいます」

「うん。そうして」


 とても高校生とは思えない、あまりにものんびりとした生活。

 それでも凪の言う通り、二人ならばきっと楽しいはずだ。

 ずっと海斗と一緒に居るのが改めて分かったからか、凪が海斗の肩へと頬を擦り付ける。


「……何もしてないけど、幸せ」

「ですね」


 可愛すぎる態度に頬を緩め、凪が居る方と反対の手を伸ばして頭を撫でるのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] この体勢。まだ付き合ってないのに云々という注意をするのかと思えば、妙な体勢で頑張ってるのか。てっきり凪はそういう距離感は全部無視してべったり甘えるかと思ってたしちょっと意外。まあまだ一応付…
[良い点] 同棲開始! [一言] 結婚式も近そうですね…いやまだ一応かろうじて恋人じゃない気が!? ブラックコーヒーがいつの間にかココアに…
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