36話
セシリアは抱きしめられながら、言えなかったことを告白するならば今だと、呼吸を整えると口を開いた。
「あ、あの、シックス様」
「ん? 何です?」
シックスはセシリアの顔が見えるように少しだけ離れると、小首をかしげた。
ばくばくとなる心臓を抑え、セシリアは意を決して口を開いた。
「わ、私、じ、実は」
「うん」
「記憶喪失っていうのは、嘘だったんです!」
次の瞬間、まるで時が止まったかのように、しんと静まり返った。
セシリアは目をつむり、そしてシックスに怒られるだろうかと言葉を待っていた。だがしかし、一向に返事が返ってこない様子に、おずおずと目を開くと、シックスが目を丸くして驚いているのが見えた。
「も、申し訳ございませんでした。最初は、婚約破棄されたのがショックで、それで、もう全部を忘れてしまい
たくて、それで、それで、出来心で嘘をついてしまったのです」
「ちょ、ちょっと待って」
「は、はい」
シックスは目の前に置かれていた紅茶を一気に飲み干すと、大きく息を吐いた。
「セシリア嬢、一つ、聞いてもいいでしょうか」
「は、はい」
怒られるだろうと、そう覚悟していたセシリアではあったが、シックスからの質問は予想とは全く違うものであった。
「セシリア嬢は、兄上が好きだったのですか?」
「え?」
突然のことに、何を聞かれているのかよくわからなかったセシリアだったが、言葉を理解し、そして首を横に振った。
「いえ。良き関係でいたいと努力はしていましたし、できれば仲がいい方がいいと思っていましたが、その、ヒューバート様は私に好意的ではありませんでしたし……恋愛感情でいう、好きという感情は、抱いたことがありません」
「よっし!」
シックスは勢いよくガッツポーズを決めると、嬉しそうにセシリアをぎゅっと抱きしめた。
「だと思いました!」
「え? え?」
「あー。よかった! セシリア嬢が兄上を好きだったなんて、それはそれで腹が立ちますから、本当に、よかったです」
「えっと、そもそもヒューバート殿下に優しくされたこともないので、好きになれる要素がありません」
その言葉にシックスは思わず吹き出し、ひとしきり笑い終えるとセシリアの髪の毛をなでながら言った。
「兄上がセシリア嬢は自分のことが好きだったとかどうのこうのと言い始めたのでね、それが自分的にはすごくストレスで。でも、そうでないとわかってすっきりですよ」
にこにこと嬉しそうなシックスに、セシリアは慌てた声で言った。
「あ、あの、なぜかヒューバート殿下は私とはそのような関係ではなかったのですが、恋愛関係であったと思われているようでして、あの、私たちは本当に、そのような関係ではないです!」
シックスはその言葉に嬉しそうに、満足そうに何度もうなずいた。
「うんうん。本当に、よかったよかった」
「あの、シックス殿下? 怒ってらっしゃらないのですか?」
「ん? 怒ってなんていません。むしろ解決できてよかったです」
シックスはその後ずっとセシリアのことを抱きしめながら頭をなで続け、セシリアとしては嘘をついていたことを怒られると思っていたため、甘々な雰囲気となったシックスに、頭の中でクエスチョンマークが飛び交うのであった。





