34話
突然何を言い出したのであろうかと、セシリアは思っていると、なおもヒューバートは話し続ける。
「セシリア。君は私のことをいつも大切にしてくれた。もちろん私も……それなのに、記憶喪失になったばかりに周りに嘘をつかれているんだ」
「は?」
まるでそれが真実であるように、ヒューバートは歯痒そうな顔を浮かべると、セシリアの手を握ろうとしてくる。
それをさっとセシリアはよける。
「……セシリア。思い出しておくれ。どうか私との愛を」
なんということであろうか。
さすがのセシリアも一瞬吹き出しそうになった。
頭の中でなにがどうなったらそうなるのかが分からず、困惑するばかりではあるが、はっきりとヒューバートには伝えなければならない。
セシリアは意を決すると言った。
「殿下。失礼ですが、私には、そういった記憶はございません」
今も昔もそういった記憶はない。
記憶を改ざんしないでほしいと思い、そう呟くと、ヒューバートは傷ついたかのような表情で言った。
「君は、忘れているんだ! シックスは王太子になりたいがために君を利用したのだ」
その言葉に、セシリアは一瞬胸に痛みを覚えた。
「え?」
何だろうかと自分の胸に手を当てる。
言いようのない胸の中に抱く不思議な感情に、セシリアは小首を傾げたくなる。
ヒューバートはセシリアを洗脳しようとしているかのごとくしゃべり続ける。
「シックスはいずれ王になるためには君が必至だと分かっていた。だからこそ、エヴォナを利用し、私と君の仲を引き裂き、あたかも正義面して君を手中に収めたのだ」
セシリアは、とにかく一旦このヒューバートの言い分をしっかりと否定しなくてはいけないと思った時であった。
図書室の扉が開いたかと思うと、エヴォナとシックスがその場に現れたのである。
エヴォナはシックスの腕にしなだれかかり、そしてこちらをにやりと見つめると言った。
「ほらシックス王太子殿下、セシリア様はヒューバート様とご一緒ですよ」
さも浮気現場を見つけたかのような言い分ではあったが、セシリアが気になったのはそこではなかった。
シックスの腕に、エヴォナが絡みついている。
それが、とてつもなく不快であり、心の中にもやもやとした何かが生まれる。
言いようのない不思議な感情にセシリアは戸惑っていると、ヒューバートが立ち上がり、セシリアの横に来ると言った。
「私からセシリアには近づいていない。セシリアが私の所に来てくれたんだ」
ヒューバートはセシリアの肩に手を触れようとした。
その直後、セシリアはぱっと立ち上がると、ヒューバートから一歩後ろに下がったのだが、そんな二人の方へとシックスは無言でエヴォナを引きはがし進んでくる。
「きゃっ」
「え?」
「へ?」
エヴォナは突然シックスが自分を振り払ったことに驚き、ヒューバートは目の前にシックスが突進してくるのに驚き、セシリアはシックスの表情に困惑した。
少し怒ったような、悲しんでいるような、そんな表情をシックスは浮かべている。
嫉妬。その感情の色が見えた時、セシリアの胸は不謹慎にも高鳴った。





