32話
シックスが話をしてから、ヒューバートがセシリアに学園内で近づくことはなくなった。
それにセシリアは安堵し、これからはシックスと共に学園生活を楽しめると思っていたのだが、最近、シックスの様子がおかしいのである。
自分は何かをしてしまったのだろうかと、セシリアは不安になり、シックスと一緒にカフェでお茶を飲んでいる時に、思い切って尋ねた。
「あの、最近、ご様子がおかしいように感じるのですが……何かあったのですか?」
その言葉にシックスは少し驚いたように目を丸くすると、両手で顔を覆って言った。
「いえ、何もないのです。ただ……」
「ただ?」
やはり何かあったのかとセシリアは言葉を待つと、ちらりとシックスはこちらを見て呟くように言った。
「思っていた以上に、自分が許容の狭い男だったと、思い知ったのです」
「え?」
「すみません。なんでもありません。」
シックスはそう言うと、話題をわざとずらし、それ以上話をすることはなかった。
それがセシリアの中ではもやもやとなり、この数日間、ため息をついてはシックスのことばかりを考えている。
そして、ぼうっと午後の昼食を食堂で食べていた時であった。
ざわめきが起こると、自分の目の前にエヴォナがやってきたのである。
久しぶりに見る姿にセシリアは一体何のようだろうかと思っていると、エヴォナは可愛らしく笑みを浮かべながら猫なで声で言った。
「セシリア様ぁ~。お久しぶりですぅ。」
舞踏会での一件もお茶会での一件も全て記憶から抹消しているかの如く気安いその雰囲気に、今更自分に何の用だろうかと、返事を返さずにいると、エヴォナは図々しくもセシリアの席の隣に腰掛けしゃべり始めた。
「あのぉ、やっぱり考えたのですが、お友達として、もう一度チャンスをもらえませんかぁ? やさしいセシリア様なら、受け入れてくれますよね?」
何なのだろうかとセシリアは思い、思わずため息をつくと席を立った。
「エヴォナ様、それは以前お答えしたかと思いますが」
立ち去ろうとするセシリアの腕をエヴォナは掴むと、にやりと笑って言った。
「えぇ~。恋愛のレの字も知らないセシリア様には、私がいないと、シックス殿下と上手くはいかないんじゃないですか?」
「恋愛のレの字……そうかもしれませんが、だからといってエヴォナ様から教えてもらおうとは思いません。それにエヴォナ様だって上手くいってはいないではないですか」
「そんなことありませんよー。じゃあ良いことを教えてあげますぅ。シックス殿下が悩んでいるのは、ヒューバート殿下が何か言ったかららしいですよ? ふふっ」
その言葉に手を振り払おうとしたのを止めると、セシリアは眉間にしわを寄せた。
「ヒューバート殿下が?」
「えぇ……ねぇ、セシリア様、いつまで逃げるんです?」
「え?」
ぎりぎりと爪が食い込むほどにエヴォナはセシリアの腕を掴み、そして言った。
「ちゃんと、向かい合って、ヒューバート殿下と話を着けないから、シックス殿下が不安に思うんじゃないですか? 逃げてないで、ちゃんと向き合ってはどうです?」
その言葉に、セシリアは力を入れてその手を振り払い、はっきりと言い返した。
「大きなお世話です。それに、ヒューバート殿下はすでに貴方様の婚約者でしょう?」
エヴォナとヒューバートは国王陛下の命令によって婚約することとなった。いずれはヒューバートが王族の席から抜け、エヴォナの家へと婿入りするだろうと考えられている。
しかし、エヴォナは顔を歪ませると言った。
「私が欲しいのは、王妃の座ですから」
「王妃?」
「ヒューバート殿下が王座に着けないなら、一緒にいる意味はありません」
「貴方、どれだけ不敬なことを言っているか、分かっていますの? それに、エヴォナ様の成績はいかがでしょうか。あの、少なくとも上位10位くらいには入っていないと、難しいかと思いますが……」
セシリアの言葉にエヴォナは唇を噛み、それからセシリアを睨みつけると言った。
「成績が何だっていうの! それに貴方に何が分かるのよ」
「え?……意味が分からないわ。私には貴方がよくわからないわ。王妃という立場は欲しいからと言って手に入れられるようなものではないと思いますし……」
その言葉にエヴォナは声を荒げた。
「……けれどあなたは手に入れられるのよね。いいわねぇ。環境に恵まれて、親に恵まれて、欲しいものは全て手に入れられるのですから! 記憶を失ってもそれすらも問題にはならない。そればかりかシックス殿下まで手に入れて!」
妬まし気なその瞳に、セシリアは眉間にしわを寄せ、そして、言葉を返そうとした瞬間、先ほどの表情とは一転してエヴォナはにやりと笑い、席を立つと手をひらひらと振って立ち去る。
「ふふふ。私、絶対手に入れて見せますからぁ~」
あえて、何をとは言わず、エヴォナは立ち去り、セシリアはため息をつくとその場を離れた。
そして考える。
「私今までエヴォナ様の何を見てきたのかしら……あのような考えの人だとは、全く気付かなかったわ。でも……一度向き合う、か」
たしかに、いつまでも記憶喪失のふりはしていられない。
セシリアはどうすべきか、ため息をつきながら考えるのであった。





