29話
皆とのお茶会が終わった後、セシリアとシックスは二人で散歩へと出かけていた。セシリアの手には先ほどシックスからサプライズとして渡された猫のぬいぐるみが抱きかかえられている。
その可愛らしいぬいぐるみをセシリアは大切そうに撫で、シックスに尋ねた。
「シックス殿下……ぬいぐるみありがとうございます。嬉しかったです。私が話したことを覚えていてくださったのですね」
そう伝えると、シックスは微笑みうなずいた。
「はい。ご自身で用意されるかなとは思ったのですが、喜んでほしくて……迷惑ではなかったですか?」
その言葉にセシリアは慌てて首を横に振った。
「そんなことありません。本当に嬉しかったのです」
花が咲くように可愛らしい笑みを浮かべるセシリアの姿を、まぶしそうにシックスは見つめ、そしてふっと微笑む。
そしてセシリアの髪を優しく撫でた。
「よかった」
優しい微笑みに、セシリアは胸がドキドキと鳴るのを感じた。
いつの間にシックスは自分をこんなに愛おしそうに見つめるようになったのだろうかと思う。
今までずっと自分は気づいていなかったのだろうか。
恥ずかしいような嬉しいようなそんな気持ちに、セシリアはヒューバートと一緒にいた頃には感じたことのない感情に心が跳ねる。
「わ……私もシックス殿下に喜んでもらいたいです。なので、何か贈り物をしてもいいですか?」
ヒューバートに尋ねたら嫌な顔をされそうだなと思い、シックスはどうだろうかとゆっくりと視線を向けると、シックスは本当に嬉しそうに顔をほころばせた。
「本当ですか?」
「え? は、はい」
そう伝えると、シックスは少し考えてから口元に手を当て、更に考える。
まさかそんなに悩むとは思わずにセシリアは迷惑だったのだろうかと不安に思った。
シックスは、ちらりとセシリアを見つめると、小さく息を吐いてから言った。
「実は、ずっと……うらやましいものがありました」
「え?」
恥ずかしそうにシックスは頬を指で掻くと、小さな声で内緒話をするように言った。
「刺繍の入ったハンカチが……欲しいです。だめですか?」
「へ?」
その言葉にセシリアはすぐに頷いた。
「いえ。もちろん。かまいません……本当に、そんなものでよろしいのですか?」
その言葉にシックスは少し子どもっぽく拗ねたような表情を浮かべる。
「そんなものではありません。……婚約者からの刺繍入りのハンカチは、幸運のアイテムのようなものですよ? ずっと、兄上がうらやましかったのです」
たしかにヒューバートが貴族達の集まりの狩猟会などに参加する時には刺繍入りのハンカチを渡していた。ただ、そうしたハンカチは最後に役に立たなかったと投げ捨てられた。
丁寧に、丁寧に仕上げた刺繍が泥にまみれて汚れる度に、胸が締め付けられた。
セシリアはだからこそ、刺繍自体があまり好きではなくなっていった。
最初は夢中になってしていたのに。
それを思い出して、セシリアは力強く頷いた。
「わかりました。渾身の力作をお渡しいたします」
ヒューバートは大切にはしてくれなかった。だから刺繍をするのが嫌になった。
けれど、シックスはきっと違う。
「本当ですか!? わぁ。嬉しいな。ありがとうございます」
きらきらとしたその嬉しそうな微笑みは、シックスを年相応の少年に見せる。それがセシリアには嬉しくて、シックスの為ならば刺繍がまた好きになれる気がした。
その日の夜、セシリアは蠟燭の灯の中で丁寧に刺繍を刺した。
相手の喜ぶ顔を思い描きながら刺繍することがこんなにも楽しいことだと、セシリアはまた一つ幸福な時間を知った。





