20話
セシリアはしばらくの間部屋の中で一人悶絶していた。
「本当に、シックス殿下が? 私の、聞き間違いではないわよね」
頭の中で繰り返される先ほどのシックスの言葉。
今までそんな素振りすらなかった。それなのに、突然の事であり、セシリアの心臓は煩いくらいに早くなる。
ただ、嫌ではなかった。
そう、嫌ではなかったのだ。
「あぁぁ。私、何を考えているのかしら」
悶絶を繰り返すセシリアであったが、侍女達が慌てた様子で部屋に入ってくると言った。
「旦那様より、シックス殿下とお会いして話をするようにとのことです」
「急いで準備をいたしますね!」
侍女達は手早く準備を始めると、セシリアの衣装や化粧、髪型を整えていく。
元々、セシリアは化粧や髪型を派手にしなくてもそれはそれは美しい。故に、侍女達はこれまでセシリアから奇抜なメイクや衣装を提案されるたびに、楽しくありながらも本当にいいのかと悩むこともあった。
しかし、セシリアからのお願いでもあったからこそ、分厚い化粧であってもそれはそれは美しく、妖艶に仕上げてきたのである。
だがしかし、今はさらに生き生きとセシリアに全身全霊を注ぐことが出来る。
「お嬢様、本当にお美しい」
「もうこれは、神様による祝福としか思えません」
「新しい扉を開きそうです。はい、開きました」
そんなことを侍女達は呟く。
セシリアは鏡に映った自分を見つめながら、本当にこれでいいだろうかと一瞬悩む。
いつも分厚い化粧ばかりしていたので、シックスはこれを見てどう思うだろうか。
そう思っていた時、部屋の扉がノックされ、シックスが客間で待っていることが告げられる。
「急いでいかなければいけないわよね。でも……なんだか、お化粧が薄くて……本当にこれで大丈夫かしら? そもそも私だってシックス殿下に信じてもらえるかしら?」
侍女達はその言葉に曖昧に微笑む。確かに、この変貌ぶりには驚かない方がおかしいだろうと考えたからである。
セシリアは小さく深呼吸をすると、いずれは見せなければならないのだと立ち上がり、シックスの待っている客間へと移動した。
部屋をノックし、そして中へと入ると、正装したシックスが立ち上がりセシリアを待っていた。
「お待たせして申し訳ありません。シックス殿下」
その言葉にシックスは笑顔で首を横に振ると言った。
「いえ、突然の訪問申し訳ありません。体の調子はどうでしょうか」
シックスはそういうとセシリアを迎えに来るとソファまでエスコートをし、座るように促すと、自らも正面へと腰掛けた。
化粧のことについて一切触れてこないことに、セシリアは内心どう思っているのだろうかと気が気ではない。
「体調は、大丈夫です」
「無理をされないでください。本当に、兄の一件については申し訳ありませんでした。謝って済む問題ではありませんが……」
「いえ、えっと……はい」
先ほど盗み聞きしてしまった言葉を思い出し、セシリアはこれからどんな事が話されるのだろうかと心臓が煩いくらいに鳴るのを感じる。
セシリアはちらちらとシックスに視線を送り、その様子にシックスはくすりと笑みをこぼした。
「その様子からして、どこからか、話を聞きましたか?」
びくりと肩を震わせ、セシリアは顔を赤らめながら小さくうなずいた。
「はい。その、すみません。あの、姿を窓から見て気づきましてごあいさつをしようと伺ったのですが……中に入れず、その外でこっそりと話を聞いてしまいました」
正直にセシリアがそう言うと、シックスは驚いたような顔を浮かべた後に微笑む。
「そうでしたか」
セシリアは、緊張しながらも、気になっていたことを尋ねようとする。
「あ、あの。私、いつもと違うと思うんです。化粧とかその服装とか、あの、シックス殿下は……」
どう思っているのか聞こうと思うが、何と聞いたらいいのだろうかと、セシリアは口ごもる。
好みを聞くべきなのか? そして、好みを聞いて自分はどうするのか。また、相手に合わせるのか。
セシリアは頭の中で、何が正解なのかを探す。
シックスはその様子に、優しく微笑みを浮かべると言った。
「いつものセシリア嬢もそれはそれは美しかったですが、今日はとても可愛らしいですね」
「え?」
「セシリア嬢は、どのようなものが好みなのですか? 貴方をもっと知りたい。教えてくれますか?」
「え?」
セシリアは、ふと、考える。
自分は何が好きか。そしてこれまでどういったものを我慢してきたのか。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「あまり……派手なものは、そこまで好きではありません」
「はい」
「可愛らしい物が、好きです……ぬいぐるみとかも、好きです」
「何のぬいぐるみが好きなのですか?」
「あの、猫が、好きなのです。令嬢達の間ではお揃いとかも流行っているようで、実は、憧れてました」
「そうなのですか?」
「はい。今までは、そうしたことも我慢していたのですが……」
「そう、ですか。なら、これからは我慢しないでくださいね」
「は……はい」
「ふふ。花も可愛らしいものが好きでしたよね」
「あ、えぇ。あの、お花、ありがとうございます。私の好きな花ばかりでした」
「よかったです」
「あ、あと、赤よりこう、ふんわりとした色合いの方が好きですって、シックス殿下は知っていますよね」
「はっきりとした色も似あいますが、ふんわりとした色も、きっとお似合いになるでしょうね。えぇ。いつも一緒に過ごす中で、セシリア嬢が教えてくれたので」
「あと、あと……」
セシリアはその時、自分はこれまで無理していたのだなと、改めて思った。そして、目の前のシックスは、自分の意見を聞いてくれるのだと、感じた。
シックスは、静かに言った。
「こうやって、セシリア嬢の話が聞けて、私は本当に嬉しいです」
「好みに、合わせてほしいとは、言わないのですか?」
その言葉に、シックスは私の目の前へと移動すると跪き、私の手をぎゅっと握った。





