18話
セシリアが自分を誘わずに他の令嬢達とお茶会を開いたことを知ったエヴォナは、唇を尖らせると、一人自身の屋敷の部屋で、小さくため息をついた。
「何よ。記憶喪失って」
やっとのことで手に入れた立場。そしてやっとのことでセシリアに一泡食わせてやったというのに、それが忘れられたということに、エヴォナは悔しそうにする。
「っていうか、セシリア様のご家族が私の家に直訴してくるって、ふざけんなって感じよね」
現在子爵家には公爵家からセシリアの現状と、こうなった経緯について詳細を教えるようにとの要請がなされていた。
エヴォナの両親は公爵家に形式だけの謝罪をしたようだが、エヴォナにとっては知ったことではない。
その時であった。部屋の外で何やら騒ぎが起こり、両親が言い合っている声が聞こえてきた。
「貴方! また浮気したのですって!?」
「なんだ。はぁ。浮気くらい気にすることじゃないだろう」
「なんですって!? もういい加減にしてくださいませ。貴方は子爵家の当主なのですよ!」
いつもと同じ痴話げんか。それにエヴォナは顔をしかめた。
「当主だからこそ、苦労もあるのだ。それを癒す女は必要だろう?」
「なんてことを。エヴォナが王子妃の座を射止めようとしていると言うのに!」
「あぁ? ははっ。王子妃ねぇ。まぁお前に似て顔と体はいい方だからなぁ」
「何てこと!」
「はははっ! まぁだが、夢を見るのは今だけじゃないか? ヒューバート殿下には後ろ盾が必要だろう? となると、うちでは無理だ。それにあいつは頭悪いからな。そのうちどこぞの高位貴族の愛妾か、後妻になるのが関の山だ」
「なんてことを! 貴方は子爵家当主として」
「お前はうるさいなぁ。誰のおかげでこうやって贅沢して生活できると思っているのだ」
「そ……それは」
「っふ。それに子爵家、子爵家っていうが、お前の父親の代でその子爵家様も腐りきっているじゃないか。おか
げで俺もまた、腐りきった……」
瞳がうつろ気なエヴォナの父はそうこぼすと、唇を噛み、それから笑みを作ると言った。
「まぁいいじゃないか。さぁ酒だ。酒を飲もう」
「貴方……はい。わかりましたわ」
両親の声に耳をふさぎ、エヴォナは唇を噛むと大きく息を吸って吐いて、それから思いを馳せる。
もし、自分が王妃になったならば、誰にも自分のことをとやかく言わせたりしない。
家族は家族だ。どんなに悪行を連ねていようが自分には関係ない。
エヴォナにとって王妃という立場は希望であり、それ以外は考えていなかった。
だからこそ友情など、それを得るためにはただの踏み台にすぎないのである。だから幼い時からの友人であったセシリアの事も裏切った。
「それに、セシリア様は全部持っているんだから……王妃の座くらいくれたっていいじゃない」
エヴォナにしてみればセシリアは生まれながらにして全てを手に入れていた。
愛情深い両親、由緒正しい家柄、美しい顔。
それらが全てエヴォナにとっては憎たらしかった。
「王妃は、私の座よ」
それさえ手に入れば、きっと自分は幸せになれる。そうエヴォナは思いを馳せると笑みを深めた。
部屋の外からは両親が酒に酔った笑い声が聞こえてきた。
金に溺れ、酒に溺れ、欲にまみれた大人の姿を見て育ってきたエヴォナにとって、王妃という高貴な存在は憧れであった。
そして、罪人の両親から逃げるための、最高の権力を持った立場であった。
「王妃になりさえすれば、両親が罪人だろうと、私が罰せられることはないもの……」
エヴォナはそう呟くと、明日はどうヒューバートと一緒に過ごそうかと思いを馳せた。
夢の立場まであと一息である。
「ヒューバート様の大好きな女性を演じて、もっと愛してもらわないとね」
自らもまた、両親と同じように欲にまみれた大人の一員になろうとしていることに、エヴォナは気づいていなかった。





