14話
婚約破棄をされた翌日、目を真っ赤に腫らしたセシリアは、ぼうっとベッドに横たわっていた。
もう何も考えたくない。そう思うのに、壇上の上で高笑いをするエヴォナとヒューバートの姿が頭から離れない。
吐き気がする。
今まで信じてきたものが全て崩れ去り、自分の努力が根本から間違っていたことも、裏切られたことも、全てが夢だったらいいのにと思えば、また涙が込み上げる。
体の中から水分が抜け、もう涙は出ないと思うのに、音もなく涙が零れ落ちていく。
忘れたくて、自分の頭を押さえていると、朝の準備の為に訪れた侍女は驚いた様子で駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか? お嬢様!? もしや、頭が痛いのですか?」
「え?」
何を言っているのだろうかと考えているうちに、侍女が医者を呼び、そしてあっという間に診察が始まる。
神妙な面持ちの医者、見守る侍女達。
そしてセシリアはふと、思いついてしまう。
昨日婚約破棄されたばかり。
婚約破棄と言うものはかなりショックの大きいもの。
セシリアはこの時、もう全部が全部嫌になっていた。
ヒューバートとの政略結婚も、騙され続けた自分も、これからどうすればいいのかも考えたくない。
その為、思わず、ウソをついた。
「気分はどうですかな?」
医者にそう問われ、思わず口が勝手に動いてしまったのだ。
「私…自分が誰かとかそういうのは分かるのですが…昨日何があったのか…思い出せないのです。」
全部まるっと記憶喪失だとぼろが出そうだと思ったので、ショックの原因の第一王子のヒューバートとエヴォナの記憶だけなくなったということにしよう。
そうセシリアは考えて思わずそう嘘をついてしまったのであった。
医者からの質問を答えながら、自分の現在の状況に関する設定を冷静に決めていく。
第一王子の婚約者であったことは覚えているが、第一王子と友人のエヴォナの事は覚えていないという事。
日常生活の面についてはすべて覚えているという事。
医者は神妙な面持ちで話をうなずき、聞いている。
二人の人物限定の記憶喪失は、結構使い勝手がいいのではないかと、セシリアは自室に戻されて、部屋でぼうっとしながら思っていた。
我ながら良い嘘をついたななんてことを考えながら、良い嘘とはいったいなんだと自分で突っ込みを入れる。
いつもは朝からごてごてとした衣装に着替えたり、厚塗りをしたりと大変だが、今日はそうしたこともしないでいられるので、時間がゆっくり流れているように感じられた。
そんな中、両親が慌てた様子で部屋へと現れた。
「セシリア!」
「セシリアちゃん!」
いつもは貴族として常に真っ直ぐと前を向き、落ち着いた様子の二人の慌てた様子にセシリアは目を丸くした。
「お父様? お母様? どうしたのです?」
その言葉に、父のラルフと母のチェルシーはぎゅっとセシリアを抱きしめた。
二人のぬくもりを感じながら、何が起こったのだろうかと思っていると、二人から予想外のことを言われる。
「婚約破棄の事が、そんなにショックだったのか。だが丁度いいさ。あんなバカの事など、忘れてしまった方が可愛いセシリアの為だ。」
「そうよ。あんな最低な男と女の事なんて、覚えていなくていいわ!」
今まで、王族の事を貴族はいかなる時にも立てるものだと教えられ、両親の行動によってそれを示されてきたセシリアにとって両親の言葉は衝撃的であった。
「お、お父様、お母様・・・そんな、王族の方を…」
セシリアの慌てた声に、ラルフとチェルシーは怒気のこもった言葉で言った。
「王族? はは。可愛いセシリアを傷つけられて、王族だからと言ってバカ王子を立てるわけがないだろう。」
「そうよ。セシリアちゃん。貴方が一生懸命に頑張ってきたこと、私達は知っているわ。たしかに化粧やドレスはちょっと派手だったかもしれないけれど、自分の好みじゃないから婚約破棄? っは! そんな王子、こちらから願い下げですよ! 可愛いセシリアちゃんをあげるに値しない男だわ!」
両親の苛立ちはさらにヒートアップしていき、セシリアはしばらくの間、思ってもいなかった両親の王子に対する不満を聞き続けることになったのであった。
「お父様、お母様……あの、でも、やっぱりそのようにおっしゃってはダメよ? どんなにバカであろうとも王族の方を侮辱してはいけないわ」
何故かセシリアはその言葉を言った途端に両親から吹き出すように笑われるなど思ってもみなかった。





