12話
セシリアは今、告げられた言葉を聞いて、理解が出来ないでいた。
突然楽器の演奏が止まったかと思うと、騎士によって会場の中央へと連れ出され、舞台上からヒューバートと、何故か横に寄り添うエヴォナから見下ろされている。
「今……何とおっしゃいましたか?」
ヒューバートは嫌悪感を露わにした表情ではっきりとした口調で言った。
「お前はエヴォナを散々いじめてきたようだな。お前が学園でなんと呼ばれているか知っているか? 悪役令嬢だとか。っふ。お前にお似合いだな。下品で娼婦のような女とは婚約破棄をする。その代りに俺の婚約者には、清楚で美しく、教養のある、このエヴォナ・ランドール子爵令嬢を指名する。」
王家の命によりなされた婚約だったはずだが、国王も王妃も外交に行っているこの期間に、婚約破棄など勝手にしてもいいのだろうかと、セシリアは動揺する。
しかも、今彼が言った言葉にセシリアは意味が分からずに声を上げた。
「いじめ? それに、ひゅ……ヒューバート殿下の好みではないのですか?」
その言葉に、馬鹿にしたようにヒューバートは笑うと言った。
「お前のように馬鹿で体しか主張できないような女、好みな訳がないだろう。俺の好みは、このエヴォナのような女性だ。美しさの中にも品位を感じさせる、彼女こそ、俺の運命の人。真実の愛。そうだろう? エヴォナ。」
頬を赤く染めながら、エヴォナは微笑む。
「まぁ、殿下。恥ずかしいです……でも、私もお慕いしております」
セシリアとは正反対の、白色を基調とした可愛らしいドレスに、髪の毛も柔らかに編み込み、ふんわりとした清楚系に仕上げられているエヴォナ。
セシリアは、その光景を見てもまだエヴォナが自分を裏切ったことが信じられなかった。いや、信じたくなかったのだ。
幼い頃からの一番の友達が、自分を裏切っていたなど、信じたくなかった。
「エヴォナ様……私達、友達じゃないの?」
「ふふふ。そうですね。友達なので、ヒューバート殿下を譲ってくださるでしょう?」
「え?……」
幼い頃から一緒に過ごしてきたというのに。
ずっと友達だと信じていたのに。
これまでの思い出は、一体何だったのであろうか。
自分は騙されていた馬鹿な女だったのだと恥ずかしくなり、唇を噛むと、二人を睨みつけた。
その態度にヒューバートは眉間にしわを寄せて言った。
「お前は俺の妃にはなれない。残念だったな! はっはっは!」
「ふふふ。心優しいセシリア様ですもの。私を恨んだりもしないでしょう?」
セシリアは、自分はこれまで何のために頑張ってきたのか、こぶしを握り締めて、胸に押し寄せてくる絶望感に押しつぶされそうになるのをぐっと堪えた。
「ヒューバート殿下。本当によろしいのですか?」
真っすぐに、セシリアはヒューバートを見た。
「当り前だ」
セシリアはエヴォナへと視線を向けた。
「エヴォナ様。私のこと裏切って……いたのね」
くすくすと楽しそうに、勝ち誇った顔でエヴォナは笑う。
「そんな。裏切ったなんて、酷いわ。友達なのに、祝福してくれないの?」
セシリアは自分が騙されていたという事にも、ヒューバートが自分の事をこれっぽっちも考えてくれていなかったという事にも悲しみが込み上げ、そして逃げるように二人に背を向けて会場を後にした。
会場を出て薄明りに照らされた庭を抜ける。会場から音楽がまた流れ始めた。
自分がいなくても舞踏会は進んでいく。
惨めさ、それを強く感じながら、足早に待たせていた馬車に乗り込もうとした瞬間に、引き留めるように腕を掴まれてセシリアは振り返った。
「セシリア嬢! どうしたのです!?」
そこには、シックスが驚いた様子でセシリアを見つめている。
シックスは舞踏会に今回は不参加の予定だったのだろう。舞踏会用の衣装ではなかった。
「シックス殿下・・・も・・申し訳ありませんが、本日は帰らせていただきます・・・」
涙声でそう言われ、シックスはセシリアの手を離すと、ハンカチを手渡す。
「事情は分かりませんが、ゆっくり休まれて下さい。引き留めてしまい、すみません。」
「いえ……」
セシリアは馬車に乗り込むと、ハンカチを握りしめてポタポタと涙を流した。それによって化粧は流れ落ち顔はぼろぼろになっていった。
これまで妃教育を頑張ってきたが、それも全て無駄である。
悪役令嬢などと呼ばれ、騙されるバカな自分が嫌で嫌でしょうがなく、セシリアは声を殺して、涙を流し続けた。





