11話
ヒューバートはそれからもセシリアを避ける日々が続いていた。けれど、セシリアの友人であるエヴォナとは友好な関係が築けたようで、頻繁に二人が一緒にいるのをセシリアは見るようになった。
そんな姿を見るたびに、セシリアはどうして自分とは仲良くしてもらえないのだろうかと悩む。
「私は、どうしたらいいのかしら」
呟いた言葉は誰にも届くことはない。
セシリアは廊下の窓から、中庭で談笑する二人を見つめながら独り言ちる。
「楽しそうね」
男女が談笑する姿をのぞき見しているようで、セシリアはすぐに視線を反らす。
けれど開いた窓から二人の楽しそうな声が聞こえ、セシリアは胸が痛んだ。
「友人として話しているだけよ。こんなことでどうするの」
けれど心の中で本当にそうだろうかという疑問が過る。疑ってはダメだと自分に言い聞かせるものの、楽しそうな声が耳をついて離れない。
ヒューバートがセシリアを見つめる瞳は曇っていて、絶対にお前など受け入れるかという雰囲気すらある。
一度ヒューバートにどうして自分のことを厭うのか尋ねたことがあった。
『なんでかって? 全部嫌だからだよ。王子という立場で結婚相手が自由に選べないということも。お前のような女と結婚しなければならないことも』
『ですが、これは両家で決められたことで』
『お前はいいよな。俺みたいな優秀でかっこいい男の妻となり王妃といずれなれるのだから。だが俺は? お前を妻としなければならない。国で一番の地位を手に入れることが出来ると言うのに!』
あざけるような視線で見られた。
その瞳の冷たさに、心の中が冷えていくのを感じた。
『苦労せずに手に入れられる地位に立てるのだから、お前は幸せだな』
その言葉に、セシリアは本当にそうなのか、頭がぐらぐらとして吐き気がした。
バカのふりをしていたから、本当にバカだと思われているのだ。
本当にバカだったならよかったのだろう。妃になる苦労など知らないバカだったなら、よかったのだろう。
けれどバカが妃の座につけるわけがない。
国を安定させるには善き王だけではだめなのだ。妃もまたその責務を全うできるだけの能力を持っていなければならない。
セシリアは大きく深呼吸をすると、窓を閉め、そしてその場を後にした。
今日も学ぶことがあるのだ。
セシリアは家へと帰ると、学園での勉強の復讐を終わらせてから、妃教育の勉強を始める。学園の勉強の方は問題がないのだが、他国との現在の交友状況や、近年の自国の生産の状況なども出来る限り把握して置けるようにしたい。
すぐすぐに自分が仕事を任されることはないだろうが、現王妃殿下はとても優秀な方であり、国王陛下と並んで自らの責務を全うされている。
「はぁ……いくら学んでも足りないわね……」
しかも明日は学園主催の舞踏会があり、そこに参加しなければならない。
ヒューバートにエスコートをしてもらい、学園にいるいずれ貴族の家紋を継いでいく令嬢や令息達と交流を果たさなければならない。
これから王家を率いて民を守っていくのは自分達なのだ。その為には貴族達との連携は必要不可欠なものである。
その練習の場としてこの学園はあるのだ。
だからこそ開かれる舞踏会は大事なものだった。
ヒューバートもそれは分かっているはずで、だからこそエスコートしてもらえると考えていた。
けれど、舞踏会に出発しなければならない時間になっても、ヒューバートは現れなかった。
「どうされたのかしら……いつもは嫌々でも必ず来られるのに……」
心配そうにする侍女たちに、これ以上不安にさせるわけにはいかない。だからこそセシリアは一人で舞踏会の会場まで出向いた。
「お一人でしょうか。ヒューバート第一王子殿下はどうなさったのですか?」
入場する際に、いつもはヒューバートと一緒であった。それなのに一人だということに門番は驚き、会場内へと入ればさらに皆に心配される。
普通の令嬢や令息ならばそれでもよかっただろう。けれどセシリアの婚約者はヒューバートである。
ここで関係が良好であることを見せつけることも一つの大事なパフォーマンスのはずだった。
そのはずだった。それなのに、こんなことになるなど、セシリアは考えてもみなかった。
物語は、冒頭へと戻った。
セシリアは、残酷な現実を突きつけられ、努力も頑張りも、報われないことがあるのだということを知った。





