9話
けれど結局その後ヒューバートと会うことは叶わず、誤解を解くことも出来なかった。何故ならば、ヒューバートとエヴォナは学園を早退してどこかへと出かけたのだという。
それにセシリアは内心ショックを受けた。
「私とは……どこかへ出かけたことなんてないのに……」
学園が終わるとセシリアは王城へと移り、そこで妃教育をいつも受けており、その時間になってもまだヒューバートは城へ帰ってきていなかった。
そんなセシリアの休憩時間にお菓子を差し入れに来たシックスは、落ち込むセシリアに励ますように言った。
「もしかしたら、エヴォナ嬢を送って一人で出かけたのかもしれないですよ? ほら、兄上はあまり女性と出かけることを好みませんし」
「そう……かしら」
けれどそんな期待は次の日に裏切られる。エヴォナがいつもよりも華やかなドレスを着て登園してきたのである。しかも、見たことのないアクセサリーまでつけていた。
「セシリア様! 昨日は本当にごめんなさい。突然帰って驚いたでしょう?」
エヴォナの言葉にセシリアは首を横に振るものの、今日の装いが気になってしょうがない。
「それで、その、昨日はヒューバート殿下とどこへ行ったのぉ? 殿下の誤解は解けたかしらぁ?」
その言葉に、エヴォナは笑って言った。
「もちろんすぐに誤解を解いたわ! 私とセシリア様は友達だって伝えたから大丈夫よ」
「そう……それで~?」
「このドレスに、アクセサリーはヒューバート殿下が買ってくださったの! ふふふ。何て優しいお方なのかしら。セシリア様がうらやましいわ。あんなに優しい方のご婚約者なのだから」
「え……」
その時、クラスにヒューバートの側近であるジョバンニが現れ、エヴォナのことを呼んだ。そして、何かを聞いたエヴォナは頬を桃色に染めて急いでクラスから出て行ってしまった。
ジョバンニは一瞬迷った様子の後に、セシリアの所へと来ると言った。
「セシリア様。昨日の一件についてはこちらで確認を取り、セシリア様には何の落ち度もないことは理解しております。ただ……ヒューバート殿下がそれに納得はしていないようで。こちらでしっかりと話をしますが、一度セシリア様からも弁解していただけますか?」
その言葉にセシリアはうなずいた。そして気になっていたことを尋ねる。
「あの、エヴォナ様はどちらへ~?」
「……ヒューバート殿下の元へ行かれました」
「えぇ?」
「あくまでもセシリア様のご友人として、です。では、私も後を追いますので、申し訳ありませんが失礼いたします」
そう言って急いだ様子でエヴォナの後を追いかけるジョバンニ。その姿を見送ったセシリアは一体全体何が起こっているのだろうかと首をかしげるしかなかった。
きっとそれが始まりだったのだろう。けれどこの時のセシリアは気づいていなかった。
それからセシリアはヒューバートと一度話をした方がいいと手紙を出すのだが、それが帰ってくることはなかった。
「最近、ヒューバート殿下が会ってくださらないのぉ」
セシリアがそうエヴォナに相談すると、エヴォナはその言葉に心配そうな表情を浮かべて尋ねた。
「殿下に手紙は出しているの?」
「えぇ。でも全然連絡が帰ってこないの……私、どうしたらいいのかしら」
「大丈夫よ。セシリア様は努力しているじゃない」
「えぇ……」
「そうだ! 最先端のお化粧、また試してみましょうよ。きっと殿下は気に入ってくれるわ」
「でも、これまでも全然見向きもされていないみたいだし……それに学園では悪役令嬢とかっていう噂が流れているみたいでぇ……」
「そんなの気にする必要はないわ! それに、殿下の気に入るメイクに到達していないのよ。ね? 頑張りましょう?」
励ますように手を握ってくるエヴォナに、セシリアはうなずいた。
こうやって自分を励ましてくれる友達がいる。それならば悪役令嬢と呼ばれようが、もっと頑張ってみようとセシリアは気合を入れた。
最近は妃教育も忙しくなりはじめ、一日一日があっという間に過ぎていく。
睡眠時間も最近は短くなっている。それでも自分はヒューバートの横に立つ人間なのだとセシリアは努力を怠ることがなかった。
両親からの期待にこたえたいと思い、そして最近では国の為に自分にできることをしたいという思いも抱いていた。
ヒューバートとは月に一度は必ず顔を合わせるお茶会がセッティングされているので今日はやっと会えると、一応自分からも誤解を解いておかなければと思いセシリアは王城の一室で待っていた。
けれどいくら待ってもヒューバートが来ない。セシリアはまたかと小さくため息を漏らした。
自分は、ヒューバートにとってはどうでもいい存在なのだろうか。
これから共に国を担っていく立場だというのに、そう考えると、どうしようもなく胸が痛む。
努力を重ねても、報われない。それをセシリアは婚約してからの経験で学んでいた。
その時、やっとヒューバートが部屋に姿を現した。
けれど、今日は特にいらいらとしている様子で、机の上に準備されていた冷えた紅茶を一口飲むと、ため息と共に口を開いた。
「なんでこんな女が……お前など、俺の好みではないと言うのに……」
「ヒューバート様ぁ。そんなことおっしゃらないで下さいませぇ。あのですねぇ、今日エヴォナ様と」
「黙れ。はぁ。もう顔を合わせたから良いだろう? じゃあな」
そう言うと、すぐに部屋から出て行ってしまい、止める間もなかった。
セシリアは、しばらくの間うつむくと、唇をぐっと噛んだ。
婚約者なのに、好きになってもらえない。そればかりか、邪険にされる。
自分はそれほどまでにヒューバートに嫌われる何かをしたのだろうかと、セシリアは苦しくなる。
幼い頃から頑張ってヒューバートに好かれようと努力を続けてきているが、はっきり言えばセシリアはヒューバートの事が好きではない。
横暴で、乱暴で、自分本位で。悪口ばかりを言われ続ければ好きになるほうが無理というものだ。
けれど、政略結婚であり、自分の役目は王子妃である。となれば努力しないわけにはいかない。だからこそ、ヒューバートへ自分の方から歩み寄ろうと取り組んできた。
「なんで……なんでなのかしら……私の、何がいけないの?」
部屋をノックする音が聞こえて、セシリアは顔をあげると、急いで顔に笑顔を張り付けた。
「どうぞ」
部屋の中に入ってきたのはシックスであり、心配そうにセシリアの顔を覗き込む。
「大丈夫ですか?」
いつも心配させてばかりだと、セシリアは笑顔で答えた。
「大丈夫ですよ。では、今日は失礼しますね」
シックスが傍にいると自分は弱くなってしまう。そうセシリアは思うと自分の足でしっかりと立ち上がり、急ぎ足で部屋から出た。
甘えちゃいけない。
シックスの引き留める声が聞こえたが、セシリアは振り返ることなく馬車へと乗り込み、自分の家へと帰る。
そして、帰り着くと侍女を下がらせ、部屋の中で一人うずくまった。
時々本当に苦しくなるのだ。
仲良くなる努力を続けたところで意味があるのか。そしていずれ自分とヒューバートは本当に力を合わせて国を守っていけるのかどうか。
「……辛い……だめね。頑張らないと」
セシリアは重い体を起き上がらせると、気持ちを切り替えようと大きく息を吐いてから机へと向かう。
机の上にはたくさんの付箋の付けられた本が並んでおり、何度も、何度もセシリアが読み込み、そして勉強してきた軌跡が残っている。
いずれ自分が立つ王子妃の立場が揺らぐことなどないと、セシリアは思っていたのである。だからこそ、嫌われていようが、頑張らなければと、思っていた。





