5話
「セシリア嬢?」
「ヒューバート殿下。なんという不敬な者がいるのでしょうか。黒目黒髪は歴史を見れば初代国王陛下の色であり、高貴な色でございます。そんな不勉強な者が王城にいるなんて、信じられませんわ」
「は? 高貴な色?」
ヒューバートはその言葉に頭の中でクエスチョンマークが飛ぶ。
そんな中、セシリアの怒気は冷めることを知らず、拳に力が入っていく。
「えぇ。ヒューバート殿下もご存じの通り、初代国王陛下は異国の血を引くお方でした。ですがそんな見た目など関係なく国を築き、皆に愛された国王だったと言います。歴史が重なり学んでいない者は知らないかもしれませんが、まさかそんな不勉強な不敬な者が城に務めているとは……」
「不勉強……」
「そうですわ。はぁ。これはお父様にご報告し、国王陛下のお耳にも入れなければ」
「なっ!? ちょっと待て」
「いいえ。これは深刻な問題でございます。ヒューバート殿下、これは一大事なのですよ!?」
鼻息荒くセシリアが言うと、ヒューバートは一歩引いた顔で、顔を青ざめさせながら言った。
「そ、そんなに事を荒立てる必要は」
「ありますわ! まさかヒューバート殿下は、王族に対しての不敬を見過ごせとでも!?」
「い、いや、その……えっと……俺が、俺が解決しよう!」
「え? ヒューバート殿下が?」
驚いてきょとんとするセシリアに、ヒューバートはそういってから大きく頷いて、そして、顔をひきつらせながら言った。
「あ、あぁ。ほら、あの、我が弟を……傷つけた者がいるとは、その、言語道断……だし」
セシリアはその言葉に、大きく頷いた。
「そうでございますね。無知で愚かな行為をしたことを反省させねばなりません」
「む、無知」
「そうですわ。本当にこれは大問題ですわ。はぁ。そんな人がいるなんて、信じられません。いったいどこのおバカさんなのでしょう」
首を横に振って困ったと言うセシリアの仕草に、ヒューバートはうつむく。それから引き攣った顔で静かに言った。
「その、俺は、解決するからその、今日のお茶は、また今度にしよう」
「え? あ、はい。かしこまりました」
「あぁ」
「ヒューバート殿下。よろしくお願いいたしますね。どうか、不敬な無知な者たちにしっかりとそれを改善できるように学ぶ機会をお与えくださいませ」
「……わかった」
その場からヒューバートが項垂れた様子で立ち去っていった。
セシリアも見送ってからその場を後にした。
そして、やっと二人が立ち去ったのを確認したシックスは、堪えていた笑いを吹き出した。
「あははははは。ふふふ。おかしぃぃ。兄上のあの顔。あはははは!」
二人のやり取りが気になって建物の陰に隠れて聞いていたシックスは、笑いが止まらない。
お腹を抱えながら笑ったことなど初めてだとシックスは思いながら、ひとしきり笑い終えると、大きく息を吐いた。
ヒューバートが弱い立場の使用人達に命じて、シックスに嫌がらせをすることはよくあった。
ただ、今日はセシリアが来るからと、朝から準備を済ませ、今日は何をして遊ぼうかと考えていた時に嫌がらせをさせられて、本当に腹が立ったのだ。
だからこそ、この嫌がらせをこれ以上されないように対策を取ろうと考えていた矢先のことだ。
「けど、必要ないかもな。ふふっ」
あれだけ無意識にバカにされたことを、ヒューバートがするかと言われればしないだろう。
プライドだけは異様に高いヒューバートである。
「あはは。思い出しただけでも笑える。これは、セシリア嬢には助けられちゃったかな。けど、確実にもう嫌がらせを受けないように対策をしとくとするか」
シックスは笑顔を消すと、一度部屋へと戻る。けれど不意に思い出してまた笑みがこぼれた。
「セシリア嬢は、本当に、予想外な行動ばかりするな」
そう呟きセシリアの事を思い出してシックスは笑う。こんなに楽しい気持ちにさせてくれる人に出会えて、シックスは幸運だなと思うのであった。
ただ、ふと笑みを消す。
「……兄上の婚約者でなければよかったのに……」
もし、もしも自分の婚約者であったならば、大切にするのに。
いつも頑張るセシリアにシックスは憧れを抱いていた。それは生まれたばかりの小さな恋心であったが、それが育まれるのに、時間はかからないだろう。
「……僕の婚約者だったら、よかったのに……」
その小さな呟きは、誰に聞こえることもなく、静かに消えた。





