3話
涙が一筋零れた。それにシックスは慌ててハンカチを取り出すと、優しくセシリアの涙をぬぐってくれた
「大丈夫ですか? あの、挨拶が遅れました。僕は第二王子のシックスです」
「え? あ、はい。あの、見苦しい姿をお見せしてしまい、申し訳ございません」
慌ててセシリアがそう述べると、シックスは優しく微笑んで、侍従に預けていた花をセシリアへと手渡した。
可愛らしいその花は、風にそよそよと、気持ちよさそうに揺れる。
「これは?」
「ふふ。兄上のご婚約者様が来ると聞いたので、挨拶をしたいなと思って、プレゼントです」
可愛らしいそのプレゼントに、セシリアは先ほどまでの悲しい気持ちが薄れ、そして笑顔を取り戻すと、花の香りを堪能する。
甘い香りがして、優しい気持ちになれる。
「ありがとうございます」
その笑顔に、シックスは頬を赤らめた。
「いいえ。こんなことしか出来ないけれど……どうです? 少しは、元気出ましたか?」
気遣う言葉に、セシリアはうなずく。
「はい。元気になりました」
シックスはその言葉に嬉しそうに笑い、それからセシリアの手を取ると言った。
「兄上とのお茶会は終わったのでしょう? よければ一緒に中庭を散歩しましょう?」
その言葉にセシリアはどうしたものかと一瞬考える。
自分は第一王子の婚約者である。そんな自分が第二王子と仲良く散歩をしてもいいのか。そうセシリアが悩んでいると、シックスは思い出したように言った。
「兄上には、セシリア嬢に挨拶がしたいと伝えているから大丈夫ですよ。それに父上にもセシリア嬢と仲良くしてもいいと言われているので。ね? 散歩しましょう?」
あまりにも可愛らしく首をこてんとかしげながら言われ、セシリアは思わずうなずいた。
それから二人で庭を進んでいく。可愛らしい花々が美しく咲いており、シックスは一つ一つの花を丁寧に教えてくれた。
「シックス殿下は、とてもお花詳しいんですね?」
そう伝えると、頭をぽりぽりと掻きながら、照れたように恥ずかしそうにシックスは言った。
「いや、その……実は、セシリア嬢に教えたくって庭師に聞いて覚えたんです」
「え? そうなのですか?」
「はい……一夜漬けです」
「それは、ふふ。ありがとうございます。そのおかげで私はお花に詳しくなれました」
二人は仲良く庭をその後も散歩し、そしてそろそろセシリアは帰る時間が近づいていた。
帰りの馬車を用意してもらい、それに乗り込もうとしたセシリアの手をシックスは掴んで止めると、意を決したように言った。
「セシリア嬢」
「はい?」
「もし悲しいことがあった時には、僕が助けますから、泣かないでくださいね」
その言葉に、そういえば今日は悲しいことがあったのだとセシリアは思い出す。
シックスと一緒に過ごすうちにそれをすっかり忘れていた。
「はい……ありがとうございます」
馬車に乗ったセシリアは、手を振ってくれるシックスに手を振り返し、そしてその姿が見えなくなったところで、馬車の背もたれに体を沈めた。
「……楽しかった」
そう呟いやいたセシリアは、その後、ゆっくりと深くため息をついた。
「シックス殿下とはすぐに仲良くなれたのにヒューバート殿下とは、どうやったら仲良くできるのかしら……」
馬車の揺れを感じながら、セシリアはヒューバートとどうやったら仲良くなれるのか考える。
はっきり言ってセシリアからしてみれば第一印象は最悪である。言葉遣いも、威圧的な態度も、セシリアが好きになれる要素は一つもなかった。
「でも……婚約者なのだし……どうにか今の関係を改善しないといけないわよね……」
セシリアは両親から王家に対してはいつも臣下として敬意を持たなければならないと教えられて育ってきた。だからこそ、ヒューバートが嫌な態度を取ろうと、婚約者になった以上好かれる努力をしなければと考えた。
「……はぁ。またエヴォナ様に相談しましょう……」
セシリアはどうやったらよい関係が築いていけるのだろうかと、頭を悩ませるのであった。
そんな馬車に乗って帰ったセシリアを見送ったシックスは、先ほどまでの笑顔をすっと消すとその足で兄ヒューバートの自室へと向かった。
部屋をノックして中に入ると、ヒューバートはソファの上に横になって、菓子を掴みながら本を読んでいた。
「失礼します。兄上」
「ん? なんだシックス。はぁ。お前の顔を見ると気分が下がる」
その言葉にシックスは動じずに、ヒューバートに歩み寄るとそのじっと睨みつけた。
「なんだよ」
「セシリア嬢は兄上のご婚約者に決まったのでしょう。公爵家との繋がりの為の婚約ですから、大切にして差し上げるのが礼儀かと」
ヒューバートは鼻で笑う。
「っふ。黒目黒髪の不吉な弟からのご忠告、ありがたーく受け取ってやるよ」
「黒目黒髪は不吉ではありません」
「っは。そう自分では思っているって? 先祖返りだか何だか知らないが、お前みたいな弟がいて、俺は不幸だな。はぁ。ほら、お前の存在自体が不幸を呼ぶのだ。わかるか?」
同じ両親から生まれたはずなのに、異色を纏うシックスを、ヒューバートは心から疎んでいた。
最初は弟が出来ると喜んでいたのだが、生まれたばかりの黒目黒髪のシックスはヒューバートにとっては異物としか思えなかった。それなのにそんなシックスを大切に両親がするものだから更に嫌悪感は強まった。
そして自分の感覚を肯定するように、一定多数の人間が、シックスと距離を置いているのにも気づき、だからこそ、自分の感覚が間違っていないとヒューバートは考えていた。
「お前は俺にとっては異物だ。そう思っている者が俺以外にもいるのはお前もわかっているだろう?」
シックスは眉間にしわを寄せ、小さく息をつくと言った。
「僕のことはどうとでも。セシリア嬢についてです。お願いですから、王家の一員として相応しいふるまいをお願いします」
「説教か? お前が? 俺に? っは。いい加減にしろよ。異物。お前は王族の面汚しなんだよ」
そう言うとヒューバートは起き上がり、シックスを殴ろうとするが、さっとよけられ、そればかりか腕を掴まれてその場に転ばされた。
「いってぇ」
幼い頃からヒューバートにいじめのような扱いを受けたシックスは自分の身は自分で守るために武術を習い、今ではヒューバートに負けることはない。
「兄上、説教ではなくて忠告です。いずれその行いが自分に帰ってくることになりますよ」
「っは。ばーか。僕は第一王子。お前は第二王子。俺の方が偉いんだ。そんなことになるわけがないだろう」
その言葉にシックスはため息をつくと、兄に背を向けた。
「忠告はしましたからね」
「っは。口だけやろうが。俺はあんな女ごめんだ。勝手に婚約者決めて……俺にだって好みってものがあるんだよ!」
悔しそうにそう言ったヒューバートは大きくため息をつくと、近くにあった花瓶を床に叩きつけた。
「くそっ! 弟のくせに生意気だ。……そうだ。生意気だ。俺は第一王子だぞ。ふふん。ちゃんとどっちが上か分からせてやる」
ヒューバートはにやりと笑った。
部屋を出たシックスは廊下を進み、自室へと帰ると、静かにソファへと腰掛ける。
「はぁ。兄上が王位を継いで、本当にこの国は大丈夫なのだろうか……」
この国の行く末について、シックスは思い悩むのであった。
コミカライズしていただけたことは本当に奇跡です(●´ω`●)
早く配信始まらないか、楽しみに待ってます(*´▽`*)





