1話
コミカライズ用に加筆したものを載せはじめました!よろしければ読んでいただけたら嬉しいです!
色鮮やかな深紅の髪に新緑の緑のように澄んだ瞳。黒く妖艶なドレスを身に纏った公爵家令嬢、セシリア・フォーガット。顔には分厚く塗りに塗られた化粧が施されており、胸元を大きくはだけさせている。
現在の流行ではないその仕様はあまりに奇抜である。その雰囲気は妖艶という言葉がよく似合い、彼女が歩い
た後には、きつい香水の匂いが残る。
「セシリア様だわ。……あの姿をごらんになって」
「まぁ。……あの姿、まるで物語の悪役令嬢のようね」
「確かにそうねぇ……」
そのきついメイクによって大きな瞳は誇張されており、その瞳から視線を反らすように令息らはさっと道を開けていく。
そんな彼女の婚約者は、この国の第一王子であるヒューバート・レイ・トラべニア。金色の髪に青い瞳を持った王子であった。
「ヒューバート様ぁ!」
幼い頃に決められた婚約者であったが、セシリアは友人のエヴォナ・オラン子爵令嬢から王子の好みや化粧の最先端などを教えてもらい、頑張ってこれまで王子の婚約者を務めてきた。
お色気むんむんの女性が好きだと言うから、ドレスは常に胸元が大きく開き、落ち着いた色合いのものに。
化粧をしっかりとしている女性が好きだと言うから、顔には化粧を塗りに塗って、塗りまくった。
あまり賢くない女性が好きだと言うから、馬鹿のふりをした。
着たくもない気品の欠片もないドレスに、分厚い化粧。馬鹿みたいな喋り方。それはセシリアにとっては苦痛でしかなかったが、それでも王子の婚約者である以上、頑張らなければと、王子の好みに一生懸命に合わせた。
その結果。
セシリアは学園で開かれた舞踏会場にて、婚約破棄を言い渡されていた。
「え?」
意味が分からなかった。
セシリアは、今一体何が起こっているのか呆然とする中、これまでのことを思い出していた。
婚約が決まったのはセシリアが十歳の時のことであった。その頃のセシリアはまだ恋愛の感情などよくわからず、婚約者と決まっても、何をどうすればいいのだろうかと頭を悩ませていた。
「お父様。お母様。婚約者ってどうしたらいいのかしら?」
そう素直に両親へと問いかけると、セシリアに向かって二人は静かに言った。
「これは王族と公爵家を結ぶ政略結婚だが、それはそれ。まずは相手のことをよく知り、そしてお互い尊重し合える関係を目指していけばいいと思うよ」
「セシリアちゃん。お互いをよく知っていければおのずと仲良くなっていけると思うわ」
その言葉に、セシリアはなるほどと納得し、ではこれからどうしたらいいのか考えるが、自分ではあまりいい案は思い浮かぶことがなかった。
なので、セシリアは同世代で一番仲の良い友達であるエヴォナに相談することにしたのだ。
婚約という一つ大人の仲間入りをしたような気持ちもあり、セシリアは少しだけうきうきとした様子でエヴォナへと報告をした。
「私、ヒューバート殿下の婚約者に決まったの」
そう伝えた瞬間、一瞬エヴォナの視線が冷たいものに変わったように見えたが、すぐにいつもの優しいエヴォナの笑顔に戻った。それに一緒になってすごく喜んでくれたのでセシリアはそんな一瞬のことはすぐに忘れてしまっていた。
「おめでとう! なら、これから頑張らなきゃいけないわね!」
「そうね。でも、私、ヒューバート殿下に好きになってもらえるかしら?」
「もちろんよ! そうだ! 私、これからいろいろ調べて、セシリア様がヒューバート殿下に好きになってもら
えるように手伝うわね!」
その言葉に相談しようと思っていたことであったから、セシリアは瞳を輝かせて喜んだ。
「本当に!? ありがとう!」
「どういたしまして。セシリア様はだいぶ抜けているところがあるし、今のままだったらヒューバート様に嫌われてしまうわよ」
「え? そう、かしら?」
「そうよ。セシリアって自分では気づいていなかったのね。私が友人で良かったわね」
「え? えぇ。そうね」
それからエヴォナは、自分の家からたくさんのお化粧道具や最新の流行の乗った本などを持ってきてはセシリアに流行の最先端というものを教えていった。
「ほら、これが今の最先端なのですって! うふふ。お化粧、私も手伝ってあげるわ!」
「えっと……本当にこれが流行の最先端? あの、でも……」
「ヒューバート殿下はこうした装いがお好きなそうよ? え? セシリア様は自分の好みを優先するの? 将来旦那様となる人の為に尽くさないでどうするのよ」
「え?」
そう言われても、まだ婚約者になったばかりで、尽くすとかいう言葉がセシリアには理解できなかった。
「はぁ。もう。セシリア様ったらそんなことではすぐに捨てられてしまうわよ」
「え? それは困るわ」
これは家同士のつながりも関係のある政略結婚である。自分のせいで婚約破棄になどなれば両親に迷惑が掛かってしまう。
セシリアはそう考えると、慌てて言った。
「捨てられないように頑張るわ! 教えて頂戴! 私頑張って家の為にもヒューバート殿下と仲良くなって見せるわ!」
「えぇ。もちろん。本当に、私がいないとだめね。じゃあまずは」
そう言ってエヴォナが侍女達と協力して完成させたのは十歳とは思えないほどの妖艶な色気のある少女の姿であり、エヴォナは顔をひきつらせながら言った。
「えええっと……完成よ……どうしてこうなるの?」
「本当に? え? どこかおかしい?」
エヴォナの残念そうな顔を見て、セシリアは不安になる。
「そうね、でも、これがあったほうが完璧よ! ヒューバート様は何でもお色気むんむんのお化粧もしっかりしている女性が好みらしいわ!」
そう言って、エヴォナはこれでもかというほどに香水をセシリアの頭から満遍なく振りかけていく。
部屋いっぱいにむせ返るような香水の匂い。これには子どもの遊びだと傍に控えて我慢していた侍女達も口を
出そうとしたのだけれど完璧と言われたセシリアのあまりにも嬉しそうな表情に、動きを止めた。
「うふふふ。ありがとうエヴォナ様! 私なんだか頑張れそうな気がするわ!」
「え? いや、どう、いたしまして……なんで、こうなるのよ」
「え?」
「あ、何でもないわ!」
「じゃあ今度はエヴォナ様の番ね! 私ばっかりしてもらっていては悪いもの!」
「は? 嫌よ! そんな」
「え?」
「間違えた。いや、うん。わかったわ……」
「ふふ! 大丈夫よ! うちの侍女は優秀だから! きっとエヴォナ様なら私よりもずっとずっと似合うわ!」
そう言って侍女達は先ほど同様に、斬新なドレスをエヴォナに着せ、そして先進的な化粧をエヴォナにも施していく。
侍女達は悪戦苦闘するが、どうにもうまくいかない。そして出来上がったのは、化け物のような化粧を施されたエヴォナであった。
侍女達は皆が皆笑いを堪えるのに必死である。
「エヴォナ様! とっても似合っているわ! これが最先端なのね! 最先端ってすごいわね!」
パチパチと両手を叩きながら本気でそう思っているらしいセシリアに、エヴォナは引き攣った笑顔を向けたのであった。
それからエヴォナは何回も屋敷に訪れては、先進的な化粧やドレスをセシリアへと進めていった。それがどのようなモノであろうと、美しく似合いすぎてしまうセシリアに、侍女達も少しずつ楽しくなっていく。ただ、本人の頑張りとは裏腹に、十歳のころのセシリアにお色気むんむんはまだ難しい。
けれど、十歳なのに危げな色気があるのだから侍女達はそれに充てられて息を漏らす。
「今日のお嬢様も最高だったわねぇ。はぁ。すごいわぁ」
「えぇ。どうしてあのように美しくなるのかしらぁ。はぁ」
「素晴らしいわ。うちのお嬢様は本当に!」
「うちのお嬢様以上に可愛らしいお嬢様、いえ、お美しすぎるお嬢様はいないのではないかしら!?」
「そうね! その通りね!」
「うちのお嬢様は何をしても似合うわ!」
エヴォナはそんな侍女達の声に苛立ちながらも笑顔を顔に張り付けている。
「今度初めてヒューバート様とお茶会をするの。第一印象が大事よね」
そう言うセシリアに、エヴォナは笑顔で頷く。
「そうね。上手くいくといいわね」
「ありがとうエヴォナ様。頑張るわ」
うきうきと楽しそうにするセシリアをエヴォナは恨めしそうに見つめたのであった。
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