十五話 シックスの焦り
その後、シックスはセシリアを屋敷まで送ると、王城へと帰り、その足でヒューバートの部屋へと向かった。
とにかくセシリアは自分の今の婚約者であるから守らなければならない。
学園という場はよくて公平、悪く言えば、王族の手が届きにくい場でもある。権力を使えばどうとでもなるであろうが、出来ることならば王族同士で解決したい。
部屋をノックし、ヒューバートの了解を得て部屋へと入ったシックスは目を細めた。
部屋で暴れ回っているという話は聞いていたが、部屋の中の調度品は全て代えられており、壁には傷が未だについたままになっている。
ヒューバートはワインを飲みながら、シックスを一瞥した。
「兄上、今日の一件、どういうことか説明をしてください。セシリア嬢は私の婚約者ですよ」
ヒューバートはその瞬間、怒りに任せてワイングラスを床に叩きつけた。
「耳障りな声に思わず手が滑った」
シックスは臆することなくいった。
「そんな脅しが通じるとでも?」
睨みあう二人であったが、ヒューバートは視線を反らすと、靴で割れたワイングラスを踏みながら言った。
「まぁ、だがいずれ、セシリアは私の元へと戻ってくるだろうよ」
「人の婚約者を呼び捨てしないでもらいたい。それに、それが叶うことはありません」
はっきりとそう言うシックスを見て、ヒューバートは面白そうに言った。
「ふふっ。セシリアに愛されていないくせになぁ」
「なっ……それはこれから」
シックスの表情が崩れたことを楽しそうに見つめながらヒューバートは言った。
「彼女が記憶喪失になって良かったなぁ。セシリアは私を愛していたから」
「愛して? っは。そんなわけ」
「ないと言えるか? エヴォナにそそのかされて、私の為に自分の好みを変えてでも、私に好かれようと努力してきていた女だ。ふふ。エヴォナ本人から取り調べで聞いたことだから、事実だぞ?」
「……それは、婚約者と良好な関係を築くためだと」
「本当にそうか?」
ヒューバートはシックスの心に揺さぶりをかける。
ワイングラスのガラスの破片は粉々につぶれ、そしてぎりぎりとヒューバートが踏む度に音を立てる。
「セシリアは、私を愛していた」
「そんなはずはない」
シックスはヒューバートを睨みつけると、言った。
「とにかく、セシリア嬢に近づくのは止めて下さい。いいですね」
「あー。まぁじゃあこうしよう。私からは近づかない。だが、セシリアから来る分は拒まない。いいか?」
その言葉を聞いたシックスは鼻で笑う。
「もちろん。セシリア嬢が兄上に近づくことなどないでしょうから」
「ふふふ。そうかなぁ。そうだといいなぁ」
シックスは眉間にしわを寄せたまま、ヒューバートの部屋を後にする。
ヒューバートは、新しいワイングラスになみなみと真っ赤なワインを注ぐと呟いた。
「セシリアは私の物だ」
ごくりと、ヒューバートは一気にワインを飲み干した。