十四話 ヒューバートのアプローチ
セシリアは、壁を背にした状態で、ヒューバートと向かいあっていた。
そこは別段人通りの少ない場所ではない。一般的なただの廊下である。
故に、通行人達は目を丸くしている。
『なんだ?! 大丈夫か?』
『誰か助けに入るべきよ!』
『だが、あの人も王族だし』
学園内であるからセシリアに常に護衛がついているわけではない。
目の前にいるヒューバートは、セシリアの髪の毛を撫でながら呟いた。
「君は、私を愛していたことを忘れているんだ。だから、思い出させてやる」
ヒューバートはいとおしそうにそう呟くが、セシリアはぞっとしながら声をあげた。
「おやめください。 私はシックス様の婚約者です!」
「大丈夫。すぐに私の婚約者に戻してやるからな。それを伝えたかったんだ」
セシリアはヒューバートの胸を押し返そうとするが、男性の力に叶うわけがない。
何故この状況になっているのか。
セシリアは、時間をかけてこの状況にいたっているわけではない。
先ほどまでは、教師達に改めて挨拶を行ったところまでは問題がなかった。
しかし、挨拶が終わり、教室へと向かおうとしたさいにヒューバートに捕まったのである。
周りの生徒達はすぐに異変に気づくと、教師や学園の警備騎士に声をかける。
「私達の愛を邪魔するやつばかりだな。くそ。また会いに来るよ。ではな」
騎士や教師らが現れる前にヒューバートはセシリアの頭を撫でてからその場を後にし、姿を消してしまった。
セシリアは、ばくばくとしている心臓を押さえると、一体何が起こったのだろうかと動揺が隠せない。
教師や騎士達も、駆けつけたものの、すでにヒューバートが離れているためなんとも言えず、その場はいいようのない雰囲気に包まれていた。
そこへシックスが慌てた様子で駆けてきた。
「セシリア嬢!」
「し、シックス様」
「とりあえず、場所を移しましょう。こちらへ」
「はい」
セシリアはシックスに連れられて別室へと移動をすると、先ほど起こった出来事を伝えた。
危害を加えられたわけではない。
けれども、セシリアはヒューバートの瞳に狂気を感じ、今更ながらに震え出す。
そんなセシリアを、シックスは優しく抱き締めた。
「兄がすみません」
「い、いえ、何かされたわけではないので。ですが、何だか怖くなってしまって」
「そう、ですね。セシリア嬢にしてみれば、覚えていない相手ですしね」
「え?・・・あ、はい」
ここでセシリアはずっと忘れていたことを思い出した。
記憶喪失は、嘘だったと、そう伝えるのをすっかり忘れていたセシリアは、口を閉じる。
どうすべきか。
「あ、あの、シックス様」
「ん? あぁ、でも、セシリア嬢が忘れていてくれてよかったです。忘れていたほうがいい」
爽やかな笑顔でそう言われ、セシリアはどうしたらいいのだろうかと、焦り始めた。