復讐
「『『『男爵⁉』』』」
男爵機の脱出装置が作動した信号を受け、散らばって破壊活動をしていた侯爵機ら他の4機は、それが発信された地点へと急行した。
そこは町内の芝生広場。
炎の壁に囲まれた空間。
地球連邦軍のブランクラフト心神9機が大破した男爵機を囲んでいる。だが頭部と四肢がもげた男爵機の、腹部にあいた穴から射出されたはずのコクピットブロックは見当たらない。
『侯爵は男爵を‼』
「承知‼」
侯爵機は公爵の命令を受け、男爵機を倒したらしき心神らの相手を公爵機と伯爵機と子爵機に任せて広場を出て、燃える町の中を歩いていく。
「男爵! 応答せよ、男爵‼」
緊急脱出した男爵機のコクピットからは救難信号が出ている。なら他の電子機器は無事なはずだが、通信を送っても応じない……嫌な予感がした。
「おお!」
巡航形態での機種付近、キャノピー部とその周辺から成るコクピットブロックが横倒しになっているのを見つけた。
キャノピーが開いており、中に男爵の姿はなかった。中で救助を待っていればいいのに外に出たのか? この火事の中。どこに──
「あ、ああ……!」
ガン!
ガン!
ガン!
ガン!
ガン!
「くたばれ! この悪魔め‼」
「息子のカタキじゃ‼」
「月の化物が‼」
「お母さんを返して‼」
「ジーンリッチは皆殺しだ‼」
すぐそこの路上で老若男女の人だかりが、その中心で倒れる帝国軍のパイロットスーツ姿の人物──男爵に違いない──へと、金属バットや鉄パイプなどを振りおろしてた。
服装からして全員、民間人。
男爵は自らの意思でコクピットを出たのではなく引きずりだされたのか。たまたま近くにいた、元はここで平和に暮らしていた人々によって。
「ガルーダ! 男爵を‼」
侯爵は乱れた感情を抑え、愛機へと念じた。
ブランクラフトの操縦は主にスティックとペダルで行うが、それは移動や攻防の大まかな指示を出すもので、そのために機体の関節をどう動かすかはAIに任される。
そういう細かい挙動までパイロットの思いどおりにしたい時は、スティックとペダルではなく思考で機体を操るBMI──ブレイン・マシン・インターフェース──を使用する。
「うわっ‼」
「あッ⁉」
「ひぃッ‼」
侯爵のかぶったヘルメットがその脳波を読みとり機体に送信──侯爵機が左手で壁を作って人々の攻撃からかばいながら、右手の掌に男爵を乗せて、すくいあげた。
侯爵はコクピット正面のハッチを開き、機体の手の上から男爵を機内に引きいれ、ハッチを閉めた。
「男爵! しっかりせい‼」
ヘルメットを脱がされてメッタ打ちにされた男爵は、顔が腫れあがり頭から血を流している。パイロットスーツに隠れた首から下も、中でどうなっているか。
「サ、ナ、ト……」
「イ──マミヤ?」
傷だらけの顔に涙を伝わせながら、男爵が侯爵を下の名前で呼んだ。それは仕事仲間としてではなく、友人として呼んだということ。侯爵もそれに倣った。
「カタキ、を」
「なッ……‼」
カタキを討ってくれ、そう言うのか。
「うおおおお‼」
「このヤロー‼」
ガイン‼
カーン‼
今この侯爵機の足元に群がって、通じないのに装甲に金属バットを叩きつけたり石を投げたりしている人々を……
殺せと。
自分たちルナリア帝国軍の目標はあくまで地球連邦軍の施設や兵器や軍人。それらへの攻撃に巻きこんで結果的に連邦の民間人を死なせることは戦争行為の一部だと受けいれた。
民間人でも脅威となるなら反撃もやむなしだが、自分たちがブランクラフトの中にいる今、彼らの武器は脅威にはならない。
そんな無力な民間人を、巻きこむのではなく彼ら自体を狙って殺すなど……戦争ですらない、なんの大義もない暴挙。
むしろ復讐の正当性は彼らにある。
男爵が受けた仕打ちは当然の報い。
彼らひとりひとりの直接的なカタキが男爵であるかは分からない。自分たち5人、全員が容疑者。詳細を確認する必要などなく、彼らもする気はないだろう。みな共犯、同罪だ。
いつか交わした会話が脳裏に響く。
⦅マミヤ、アートレス全体を憎むものではない。故郷で貴殿を虐げた者たちがアートレスだったからと言って、そやつらとは別人のアートレスたちまで恨む道理があろうか⦆
⦅あるでおじゃるよ。無能なアートレスなぞ、どいつもこいつも同じに決まっておろう⦆
⦅否。たとえ少数でも、同胞の悪行に義憤を覚える心正しきアートレスも必ずいる。そんな人たちまで──⦆
⦅その者は今なにをしておる?⦆
⦅……なに?⦆
⦅麿の前に現れて! 同胞の非を謝罪し! 麿の復讐に手を貸してくれるなら、よい! なれど、そやつは今、そうしておらぬ⦆
⦅それは……⦆
⦅麿に味方せぬ、まだ見ぬ善人など気にしておれぬ。出会えればよし、出会う前にうっかり巻きこんで死なせてしもうたら申しわけないが、ご縁がなかったということでおじゃろう~⦆
⦅マミヤ……⦆
男爵はかつて自分を虐げた張本人でなくとも、アートレスに対しては慈悲や良心が働かなくなっている。それが正しくないとも分かっているが、改める気が起きないのだ。
そんな男爵の気持ちを痛いほど理解しながら、侯爵はその心を救えなかった。小賢しい正論が他者の心に響かないことを痛感しただけだった。
「ギャァァァァ‼」
「イヤァァァァ‼」
「お母さぁんッ‼」
侯爵は機体の激光銃で足元の人々を焼いた。全員が火ダルマとなり、苦しみもだえながら焼死体へと変わっていく。
全周モニターに映るその様子に涙しながら、侯爵は男爵にも見えるよう、腕に抱いた体の向きをそっと調整した。
「見えるか?」
「おお……麿をぶった者ども……いい、気味……」
「そうか」
こちらが男爵を理解しているように、男爵もこちらを理解している。自ら進んで復讐をするような男ではないと。
だから、わざわざ口にして頼んだのだ。
その最期の願いを蹴ってまで正しさを貫くには、すでに侯爵は道を外れすぎていた。罪なき人々には悪いが、自分には正義より友情のほうが大切だ。
「あとは貴殿を倒した心神の──」
「ううん……もう、いいよ」
「⁉」
「ありがとう……ごめんね……」
男爵は微笑み、侯爵の涙を拭い……その腕がふと力を失って、ガクンと肩から垂れさがった…………侯爵機の狭いコクピットに、主の慟哭が響いた。




