過去への狙撃
クラモチ公爵の駆るブランクラフト、白鳥から変化した天女のごとき機体ソレスチャルもまた、自分たちが燃やした地球連邦の軍港の上空で、煙の中に紛れていた。
煙がビーム兵器を防ぎ、実弾は通すにしても視界を塞いで照準を妨げる。それは煙の外から中、中から外、どちらから撃つ場合も同じ。
ゆえに侯爵機がビーム兵器の激光銃を撃つ際には煙から出た。なら実弾兵器の磁軌砲を持つ公爵機も?
否。
公爵機は煙から出ない。その中の公爵に機外の様子を見せる、キャノピーを含むコクピット内壁をスクリーンとした全周モニターに映るべき夜景は、一面の煙で隠されている──
だけでは、なかった。
煙だらけの映像の上に線状の光エフェクトが走っている。その線が描いているのは眼下の地形、建物や軍艦などの輪郭。
それは地球の静止軌道に浮かぶ12のスペースコロニーの内、すでに自国──ルナリア帝国が連邦から奪った天蠍宮で、昼間の内に計測して転送してもらっておいた3Dデータ。
カチッ
公爵は操縦席の右スティックの下側についた小指トリガーを引き、機体の照準モードを〔自動〕から〔手動〕に変更した。
自動照準が機能するには機体のAIが撃つべきものを認識せねばならず、光エフェクトで描かれた敵性物体までは標的だと判断しないため、こうする必要がある。
ジャキッ!
公爵が右スティックの十字ボタンの中心を親指で押すと、機体が両手で磁軌砲を構えた。親指を押しこんだまま十字ボタンの上端へとずらすと、機体が腕を下げて砲口を地上へと向ける。
さらに親指を細かく動かす度に機体の腕もかすかに動き、それによって砲の照準を示す緑色の十字線アイコンがモニター上を滑っていき……光エフェクトで描かれた艦影の1つと重なった。
グイッ──ズガァン‼
公爵が右スティックの上側についた人差指トリガーを引いて発射を命じると、磁軌砲は砲身内で金属弾を電磁力によって加速させ、その砲口から音速の7倍で撃ちだした。
ガッ──バシャァァァ‼
光エフェクトの像は壊さないので命中したのか目では分からないが、耳には硬いなにかを貫く音と激しい水音が届いた。
撃ちおとした弾丸は煙の向こうで実物の軍艦に突きささり、上甲板から船底まで貫通し、沈没を始めた艦体に揺らされて周囲の海水に波が立った、はずだ。
ズガァン‼
ズガァン‼
ズガァン‼
公爵は右手を素早く動かして手動照準による発砲を続け、光エフェクトで描かれた軍港の桟橋や船渠にある艦影を次々と撃ちぬいていった。
1発1発が針の穴を通すような精密射撃、それを無造作とも思える短い間隔で。観客がいれば惚れぼれする絶技、だがパフォーマンスではない。
早く片づけねば、上から撃たれていると気づいた敵艦らが実弾の対空機関砲を撃ってくる。こちらが見えていない当てずっぽうな攻撃でも、大量に撃たれればマグレ当たりの確率は高くなる。
コクピットに当たれば即死。
しかし怯えず、機械のように手指を動かす。最初の奇襲やこれまでの仲間の攻撃で沈めている艦もあるが、念のため全てを撃っておく。そして最後に入渠中の双胴船を──
ズガァン‼
バシャッ‼
(!)
水音だけ。艦体を貫いた音が聞こえなかった。
外してはいないはず、光エフェクトの艦影は。
だが、それは過去の幻影。データを取ったあとで双胴船がそこから去っていて、弾はカラの船渠に落ちたのだろう。
双胴船がどこに行ったのか、また他の艦も確かに沈めたのか、目視で確認する必要がある。公爵は操縦席で左右のペダルを踏む力を緩めた。
(やはり、ヌルいな)
それで機体を空中に留めている、機体の両足から下方へ噴射しているプラズマジェットの推力を下げて、墜落しないよう徐々に降下しながら、思考を巡らせる。
天蠍宮から送られたデータに映った敵艦は、ここを守る気があるのか疑問なほど少なかった。
それが見た目どおりか確認するため、こうして自分たちが威力偵察を行っているが、上からでは見えない地下基地から新たな戦力が出てきたりはしていない。
その少ない戦力も、もう壊滅寸前。
こちらの奇襲でロクに使う機会も与えないまま破壊したから。その奇襲が成功したのも、連邦軍が警戒に割いていた人手が少なく、こちらの隠密行動を察知できなかったためと考えられる。
戦略上重要なこのハワイを手薄にするなど。いかに連邦軍が低能なアートレスの集まりだろうと、仮にも軍事の専門家集団。そんなことを望むはずはない。
戦力を置きたくても置けていない。
そのように考えるのが自然だろう。
1週間前に西太平洋で行われた艦隊戦では連邦軍もかなりの規模の大艦隊を編成していた。
連邦にとっては構成国の1つだった日本州を帝国に奪われぬための防衛戦だったが、その艦は日本の基地からだけ集められたわけではあるまい。
周辺の他の州の基地からも。そこには当然、ハワイ州の真珠湾の軍港──この場所にあった軍艦も含まれていただろう。
そして艦隊は壊滅。
ここの艦も戻らなかった。
だからここは手薄なのだ。
(想定した中で一番つまらないパターンだ)
戦闘を、常に万全の状態で行えれば苦労はしない。準備不足のところを準備万端の相手に攻められ、あっけなく敗北することもあろう。
(敵ながら気の毒だがな)
その弱みに付けこまない手はない。帝国軍にとっても、これは期間限定の好機なのだ。連邦軍とて今すぐは無理でも、いずれここの戦力を補充する。
日本州を奪取したばかりの今、ハワイ州を攻める作戦を立て、月の最高評議会に認めさせた帝国軍・総帥、カツラダ王の戦略眼はなるほど確かだったわけだ。
出発前に男爵が言ったとおりになった。
⦅ハワイに麿たちだけで撃滅できる程度の戦力しか残っていなかったとしたら~、そうしてしまって構わぬとゆうことでおじゃるか~?⦆
「そうゆうことだ」
¶
その頃、その男爵は。
付近の芝生広場にて。
「キェェェェ‼」
帝国軍が天蠍宮から軍港を撮影した時には船渠で修理中で、そののち修理を終えて桟橋に移動していたために公爵機に撃沈されるのを免れた双胴船──
連邦軍の宇宙戦艦アクベンスから発進した、飛行長イシカサ・ツキノ大尉ら飛行科のパイロットたちが駆るブランクラフト〘心神〙9機と交戦していた。




