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15、妖使い

 夢を見た。

 両親に手を引かれ、一緒に公園に行く夢だ。怖がりの陽子(ようこ)はブランコに一人で乗れない。そんな陽子を抱えて一緒に乗ってくれる母、その母を見て笑う父。

 本当に幸せだった。今でもこうして夢に見るほどに。しかし、その時はこれが普通なのだと思っていた。人は失って初めてその尊さにしか気付けない。


 「・・・・て・・・・・こちゃ・・・陽子ちゃん、起きないとキスするよ」

 

 やけにはっきり聞こえた言葉で一気に意識が覚醒する。

 目を開けると、やや垂れ目気味の色っぽい瞳がすぐ目と鼻の先にあった。


 「あら、残念起きちゃった?」


 ふふと佐々木が口元を緩める。

 その色っぽさに朝一番から心臓が高鳴る。同時に何故佐々木がと疑問を浮かべた陽子だったが、頭が覚めていくうちにここは一色(いっしき)の家ではなく仮眠室だったことを思い出す。


 「・・・おはようございます、四乃(しの)さん」

 「おはよう。昨日はとんだ災難だったわね」


 佐々木は言いながら白けた目で斜め後ろを見る。

 

 「シキさーん、もうすぐお仕事始まりますよー」


 加護六(かごろく)が一色に声をかけているが、一色は全く起きる様子はない。

 佐々木が悪い笑みを浮かべる。


 「花、好きにやっちゃいましょう」


 そう言ってポケットから出したのは二本のペン。しかも油性。

 「え〜」と難色を示した加護六だったが「起きない奴が悪いのよ」と佐々木が手を動かし始めると、「そうですね!」と目を輝かせ率先してキャンパスを埋めていく。

 悪ノリする加護六と、何かの鬱憤を晴らすかのような佐々木の二人によって出来上がる作品。

 その悲惨な光景に陽子は心の中でそっと手を合わせた。



 「それじゃ、今日も一日頑張りましょう!はい、解散!」


 零子(れいこ)の掛け声で皆がバラバラに散る。


 「そういえば、今日はわたし達圭太(けいた)くんの送迎はしなくてよかったんですか?」


 隣の一色を見上げる。

 まだ髪が濡れているせいか、いつもより少しだけ幼く見える。


 「今日は病院に行くから一日学校を休むって昨晩連絡がきた」

 「そうだったんですね」


 陽子はほっと息を吐く。

 自分のせいで圭太を危険に晒したのではと少しに気になっていたのだ。


 「一応家には結界符で強めの結界を張っておいたし、圭太自身には式神を付けてるから付き添わなくても大丈夫だろ」

 「いつの間にそんなことしたんです?」

 「お前が圭太と折り紙している間だよ」

 「あー・・ああ!」


 たしかにちょっと外に出てくると言って家を出て行った時間があった。タバコでも吸ってるのかと思ってたが、まさかそんなことをしていたとは。


 「それにしても式神ってそんなSPみたいなことできるんですね」

 「まあな。ただし式神は一度に一体しか使役できねーから、今この場で何かあったら不便といえば不便だけどな」

 

 「へぇ」と陽子が相槌を打つ。

 式神も使いたい放題というわけじゃないらしい。

 勝手に力を合わせた大技なんてのを想像していただけに少しだけ残念な気持ちになる。


 「へぇってお前。それ教本一の第三章にちゃんと載ってるだろう」

 「第三章って・・・まだ第二章ですし、なんでそんな場所まで覚えているんですか?」

 「なんでって、普通覚えてんだろ。な、三島」

 「なんか呼びました?」


 いきなり話を振られた三島が真向いの席から顔を覗かせる。


 「いや、だから教本のどこに何が書いてあるかくらい術者なら把握してるって話」

 「あーなるほど。はいはい、そうですね。僕と佐々木さんと加護六は把握してませんが、把握している人も世の中にはいますね。そんなことより、調査の件終わったので報告してもいいですか?」


 返事を聞く前に三島がノートパソコンと椅子を持ってきたので、陽子たちも右に倣えと椅子を持って共有スペースに陣取る。

 三島がパソコンをくるりと回して陽子たちに画面が見えるようにした。そこに映し出されているのはどこにでも居そうな普通の風貌の男。


 「樋口洋一(ひぐちよういち)、三十五歳。表向きはIT企業となっていますが、実際の取引から裏に通じるダミー会社かと思います。五年前に結婚していますが、その一年後に妻は交通事故で死亡。保険金は五千万受け取った履歴がありますが」

 「ふーん。妻にかけるにしちゃ大金だな」

 「その通りです。しかもその交通事故、少し不可解な点があったらしいんです」


 三島から渡された資料をみた一色が怪訝そうに眉を寄せる。


 「なんだよ、これ」

 

 横から資料を覗き込むと、そこには単独事故の文字が。

 しかし、素人の陽子には何がおかしいのかよくわからない。小首を傾げていると、「ちゃんと説明するね」と三島が説明を始める。


 「事故を起こした車は一カ月前に車検整備を終えたばかりだったんだよ。普通に考えて車検後すぐの整備不良は考えにくい。それになによりその事故現場のカーブ、見てもらえばわかるけどすごく緩やかなんだ」


 パソコンに映し出された衛星写真の地図を見る。

 上から見た画像でもたしかにそんな事故が起こりそうな場所には見えない。


 「まあ、不審な点もあるけど特に車に細工された様子もないし、仕事が忙しかったから居眠り運転でもしたんだろうってことで片付けられたんだけど・・・」

 

 三島が渡してきた写真を見た陽子が「ひぃっ」と小さく悲鳴をあげる。

 前が思いっきり潰れた車の下、化物がじっとこちらを見ている。


 「こ、これって」

 「ああ、妖だ。しかもこの目線、誰かに使役されてやがる」

 

 苦虫を噛み潰したような顔になる一色。

 妖を使役するという意味が分からずに、疑問符を浮かべていた陽子に三島がそっとまた説明する。


 「妖ってのは普通祓う対象なんだけど、僕たち術者の中にはそれを式神のように使役する輩もいるんだよ」

 「妖をってそんなことできるんですか?それに一体何のために?」

 「そんなの使い捨ての駒としてだろ」

 

 苛立たし気に一色が吐き捨てる。


 「妖を使役するのはそう難しいことじゃねぇ。特に自分よりも格下の相手ならば同レベルの式神よりも容易い。なにより痕跡が残らねーんだよ。ただ、妖を手駒に持つということは少なからず自分が穢れていくことになる。そんなことするのは相当自分の術に自身がある奴かただのバカのすることだ」

 

 立ち上がり、机に置いてあったジャケットを乱暴に掴む一色。

 

 「どこに行くんですか?」

 「樋口に会いに行く。今回の一件もそいつが同じ術者に依頼してるか関わっている可能性が高い。お前も早く準備しろ」


 陽子が返事をする前にさっさと事務所を出ていく一色。

 そのあとを追おうとする陽子だが、くんと体が後ろに引っ張られる。振り向くと、三島が腕を掴んでいた。


 「陽子ちゃん、シキさんをよろしくね」


 よろしくされるのは自分の方ではないかと思ったが、そのあまりにも真剣な顔に陽子は深く追及せず「はい」とだけ頷いた。


 一色は車の中でも苛立っていた。

 普段から沸点が低いとは思うが、その代わりに長続きしないのが彼のいいところである。だが、今回はなんだかいつもと毛色が少し違うのを陽子は肌で感じ取っていた。それに加えてあの三島の態度。

 陽子が知らぬところで以前何かあったのだろうと安易に想像できたが、そこにずかずかと土足で踏み込むほど無神経ではない。人には一つや二つ、踏み込んでほしくない領域というものは存在する。それはもちろん陽子にもある。だからそっとしておくというのが今できる最大の配慮だ。

 でも、流石にこの空気は気まずい。

 何か話題でもと外を眺めていると、あるものが目に留まった。


 「あっ!」

 「うおっ!」


 陽子の声に一色が大きく肩を揺らす。


 「びっ・・・んだよ急」

 「止めてください!」

 「はぁ?いきなりなに言っ」

 「いいから止めてください!圭太くんがいたんです!」


 圭太がいたのはビルとビルの合間だった。しかも男と二人。男の方ははっきりと見えなかったが、樋口だったとすれば何かしら危険に晒される可能性がある。もしそうでなくとも、圭太の表情は強張っていた。

 陽子の剣幕に、一色は小さく舌打ちをすると車を寄せる。


 「お前は車で待機、っておい!」

 

 一色の言葉が終わる前に車から飛び出た陽子は一目散に先程の場所目指して駆ける。昔から足だけは速い。すでにさっき目撃した場所にはいなかった。耳を澄ますと、「いやだ!おかあさんっ!」と叫ぶ圭太の声が奥から聞こえてくる。奥を目指し小道を抜けると、そこには男に捕まっている圭太がいた。


 「圭太くん!」

 

 陽子の声に圭太が「陽子ちゃん」と声を震わせる。まだ幼さが残る顔は恐怖でぐちゃぐちゃになっていた。


 「・・・なんだ、お前」

 「警察です。圭太くんを離しなさい」


 厳密にいえば警察官ではなくアルバイト兼マスコットという謎ポジションなのだが、今はそんなことはどうでもいい。

 男は一瞬怪訝な表情を浮かべたが、すぐに合点いったように「ああ」と頷く。


 「なるほど。お前が樋口が最近が話してた奴らか。あれだろ、幽霊退治屋ってやつか」

 「厳密には違いますけどね」


 やはり男は樋口ではなかった。

 樋口の顔よりも妖のインパクトがでかすぎてうろ覚え、というか頭から完全に抜け落ちていたがどうやら樋口とは別人で間違い無いらしい。ただその口振りから知り合いであることは確かのようだ。


 「へぇ、じゃあお前にはこれが見えるのか?」


 男が笑うとひらりと何かを地面に落とす。次の瞬間、黒い巨大な穴が出現する。

 ぶわっと肌が粟立つ。自分でない、他の─陽子の中の水太郎が全身の毛を逆立てているのが分かる。

 そんな陽子を見て、男は更に更に口を歪める。そして、


 「圭太くん!」


 男は腕に抱えていた圭太を放した。圭太の体は真っ直ぐ穴に向かって落ちていく。

 陽子は地面を蹴った。

 

 「ッ・・・!!」


 なんとかギリギリで圭太の片腕を掴むことに成功する。そのまま持ち上げようとするも、小学生とはいえその体は重く簡単には引き上げられない。何より、地面に這いつくばるような形になっているので力が入らない。

 ずるっと圭太の体が引力によって下に引っ張られる。悲鳴のような上擦った声が響く。

 

 「大丈夫、今助けっ」


 足に激痛が走った。


 「ほら、助けるんだろ?早くしないとガキ諸共落ちちまうぞ」

 「い゛っ・・・!」

  

 男が踵で陽子の左足を踏みつける。

 そのあまりの痛みに冷や汗が噴き出て、腕に力が入らなくなる。だが、陽子は手を離さない。その様子に男が薄く笑う。

 

 「・・・へぇ、じゃあこれならどうだ?」


 チャキっと嫌な音が聞こえた。後ろ目で見ると、男と目があった。その男の腕には成人男性の顔ほどの長さがあるナイフが握られている。

 男が振りかざした。しかし、陽子に圭太を見捨てて逃げるという選択肢はなかった。そなれば残るは大人しく刺されるという選択のみ。

 想像できない痛みに備えて、陽子はぎゅっと目を固く閉じる─が、その痛みは来ない。

 靴がアスファルトを滑る音とガキンっと金属がぶつかり合う音が響く。男が舌打ちをする。


 「・・・なんだお前」

 「警察。銃刀法違反及びに暴行罪でお前を逮捕する」


 男は刀を構える一色を見て頭を掻く。


 「はぁ?最近の警察って刀まで使うのかよ・・・めんどくせぇな!」


 一色が男に斬りかかるが男はそれをナイフで受け止める。キンキンと音だけが聞こえている状態の陽子には何が起こっているのかわからないが、交戦していることだけは理解する。

 

 「・・・やり辛ぇな!」


 一色が苛立たし気に吐き捨て、拳銃を抜く。

 これには男もギョとした様子で目を見張るが、すぐに余裕の笑みを浮かべた。


 「ははっ、警察は拳銃を撃てねぇってことは知ってるぜ。できて精々威嚇しゃ」


 パンっ。

 乾いた音のすぐ後、男の頬に焼けるような痛みが走る。


 「ごちゃごちゃうるせーんだよ。急所外してぶち抜くぞ」


 地を這うような声に、男ならず陽子と圭太まで身を固くする。

 今この場で一番の悪役は誰かと問われれば、間違いなく聞かれた全員が一色を指さすだろう。それくらいの迫力があった。

 

 「いいか。武器を置いて地面にうつ伏せになれ。腕は頭の後ろだ」

 「わ、わかった」


 大人しくうつ伏せになった男の手と配管を手錠でつなぎ、すぐに駆け寄ってくる。陽子があんなに苦労したのに、一色は楽々と圭太を引き上げた。

 

 「陽子ちゃんっ!」

 「圭太くん、よく頑張ったね」


 抱きついてきた圭太の頭を撫でていると、後ろから頭を何かで叩かれる。

 後ろ目で見ると、それは一色が刀の柄だった。道理で普段よりも痛いはずである。


 「一色さん、痛いです」


 正直な感想を述べるが、


 「うるせぇ。黙って殴られとけ」

 

 理不尽極わまりない返事が返ってきた。普段だったら言い返しているだろうが、今は一色が怖いので泣く泣く我慢して陽子は口を閉ざすことにする。

 数回小突いて満足したのか、一色が立ち上がる。


 「たく、お前のその無鉄砲さは生来か?それとも水太郎の影響か?」

 「・・・さあ?」

 「・・・ま、どっちにしろ人間ならもっと考えてから行動しろ。よし、お前はあっちをみてろ。俺はこれを祓う」

 「あっ、はい」


 陽子は圭太を抱きかかえたままその場で立ち上がろうとする。

 それがよくなかった。先ほどの疲労も相まって、後ろに大きくバランスを崩す。

 あっと思った先にあるのは、圭太が落ちそうになっていた穴だ。

 

 「きゃっ」


 しかし、陽子の体は穴に落ちることなく地面を滑りる。アスファルトに擦れた膝から血が滲んだ。

 はっと顔をあげると、穴の中に落ちていく手が見えた。辺りには一色の姿はない。すぐに自分は突き飛ばされ、代わりに一色が穴に落ちたのだと理解する。


 「一色さん!」


 慌てて穴を覗き込むも、返事はない。見えるのはただ夜よりも深い闇のみだ。

 陽子は慌ててスマホを取り出した。

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