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14、酔う

 圭太(けいた)の家に着き、少しすると夏海(なつみ)が帰ってきた。

 

 「すみません、今日もありがとうございました」

 「いえいえ。今日も特段変わったことはなかったですよ」

 「では、僕たちはこれで」


 一色(いっしき)が立ち上がったので、続けて陽子(ようこ)も立ち上がろうとすると「あっ」と一色が声を上げる。


 「そういえば聞いているかと思いますが、警護期間は対象に何もなければ一週間で打ち切りです」

 「えっ」


 それまで柔かだった夏海の顔が一瞬で曇る。


 「聞いていませんでしたか?」

 「え、ええ。そうだったんですね」

 「・・・陽子ちゃんたち、あと少しなの?」

 「・・・うん、そうみたい」


 擦り寄ってきた圭太の頭を「ごめんね」と撫でると、小さく頷きながらも口を尖らせている。その姿は陽子が初めて見る子供らしい反応だった。


 「他の方に頼んでも難しいでしょうか?」

 「生憎、081係(うち)は万年人手不足でして。他の課でいいならば掛け合うことはできます」


 夏海がぐっと言葉に詰まる。


 「・・・そう、ですよね。わかりました」

 「ご理解頂きありがとうございます。あと、ついでと言ってはなんですが、細溝さん。何か僕たちに話していないこと、ありませんか?」


 一色が視線を鋭くする。

 夏海は一瞬言葉に詰まり、そして力なく「いいえ」とだけ答えた。


 「そうですか。もし何かあれば、いつでも教えてください。僕に話しづらければ、こっちの二見でも構いませんので。これ、こいつの番号です」


 ポケットから取り出したメモにサラサラと数字を書いて渡す。

 受け取った夏海はまた小さな声で「ありがとうございます」とだけ言った。


 「・・・一色さん、さっきのわたし初耳だったんですけど」


 一色がボタンを押すと、車のエンジンがかかる。


 「あれはカマかけただけだ」

 「またですか?」


 初対面の時もそうだったことを思い出す。


 「仕方ねーだろ。一週間はさすがに短すぎるが、このまま何もなければ二週間くらいで結局打ち切りになる。何より最近書類仕事ばっかりで全然他の仕事が進んでねーんだよ。小さな案件ほど溜まると面倒くせぇ。お前、081戻ったら覚悟しとけよ」

 「そんなこと言ってますけど、一色さんには今の方が体にいいんじゃないですか?タバコの数も減って」


 現にタバコを吸っている姿は家でもここ数日見かけていない。


 「そりゃ霊力ほとんど使わねぇから補充する必要もねーんだろ」

 「霊力ってタバコで補充できるんですか!?」

 

 もしそれが事実であれば喫煙者は積もり積もって妖が見えるようになるのだろうか。癌などの病気も怖いが、妖が見えるようになるのもまた違う意味で怖い。

 驚いた様子の陽子に、一色はここで違和感を覚える。


 「・・・なぁ、お前もしかしてこれ普通に市販されているタバコだと思ってる?」

 「えっ・・・はい。何か違うんですか?」


 途端、わかりやすく呆れの色が浮かぶ。


 「いや、違ーよ。普通に考えて081(うち)の奴ら全員吸ってるって喫煙率高すぎだろ」


 たしかにそれは陽子も思っていたが、激務だと喫煙率が上がるというのでそんなもんかなと思っていた。

 まあ、言われてみれば喫煙者特有の臭いがしないのは不思議ではあったが、最近は進化して臭いのしないタバコもあるのかなくらいの認識だった。

 一色は胸ポケットからシルバーのシガレットケースを取り出すと、陽子に渡す。


 「一本吸ってみろ」

 「えっ、ここでですか?」

 「ほら、ライター」


 そう言いながら渡してきたのはどこにでもある普通の使い捨てライターだった。シガレットケースなんて洒落たものを使っているのでライターも良いものを使っているのかと思ったが、そこにこだわりは無いらしい。

 陽子は少し悩みながらもケースから一本タバコを取り出し、火をつける。どうやって吸うのかわかならいと思っていると、隣から「ゆっくり深呼吸するみたいに吸えばいい」と指示が飛んでくる。その通り、口にくわえてゆっくりと息を吸い込む。


 「タバコと違って咽ねぇだろ」

 「・・・大丈夫です」


 全然喉は痛くないし、煙たくもないし、臭くもないのだが、なんだか頭がふわふわしてくる。


 「それは霊符を筒状にしたもんでちょくせつ吸うことで霊力を補ってる。他にも方法はあるがこれが一番効率がいいからな。そんで霊力は式神使いの方が多く消費するからうちで言えば俺と佐々木とあと・・・っておい、大丈夫か?」

 

 ぐでんと前かがみになる陽子に気付いた一色が肩を揺する。

 

 「うー・・・らいじょうぶ、れす」

 「いや、全然大丈夫じゃねーだろ・・・・あっ」


 一色が何かを思い出したように小さく声をあげたかと思うと、短く舌打ちをして車線を変更する。


 「すまん。お前そういえば式神だったな」

 「・・・れす」

 

 人間ですと言いたかったのに、陽子の口はうまく回らない。

 信号が赤になったタイミングで一色がスマホを手にする。すでに陽子は呼吸が浅く、ぐったりとして意識がなかった。


 「あっ、零子(れいこ)さん。すまん、わんこが霊力酔いしたからそっち行くわ」


 それだけ言って電話を切ると、一色はぐっとアクセルを踏みたい気持ちを堪え、青になるのを待った。



 ぱちっと目を開く。

 腕をついて体を起こすと、まだ頭が寝すぎた後みたいにほんの少しだけぼやっとしている。辺りを見渡すとすぐ向かいにもう一つ簡易な寝台が置いてあった。

 陽子はきちんと並べてあった靴を履いて外に出るとそこは081係の事務所だった。ただし人の気配はなく電気が申し訳程度の数だけついているところを見ると、すでに皆帰ってしまったあとなのだろう。そういえば何時なんだろうと壁掛けの時計に目を凝らす。 

 

 「・・・二時半」


 たしか圭太の家を出たのが十八時過ぎだったので、普通に考えれば真夜中である。もしくはほぼ一日寝ていたとも考えられるが、如何せん地下なので太陽の光が全く入ってこないため時間の感覚がつかめない。

 普段は加護六(かごろく)が占領しているソファに腰掛け、ぼーっとしているとガチャっとドアが開く音がした。


 「・・・あ」


 入ってきたのは一色だった。

 その腕にはコンビニの袋が引っかかっている。


 「目覚めたか」

 「え、あ、はい・・・あの何がありましたっけ?」


 実は眠る直前に何があったかあやふやで、なんで仮眠室でぐっすりこんな時間まで眠っていたのかわかっていなかった。

 尋ねられた一色は一瞬呆れたように顔を歪ませ、そして小さくため息をついた。


 「いや、すまん。そうだな、今回は俺が一方的に悪い」

 「・・・えっ、まさか!」


 陽子は自分の体を両手で抱きしめる。


 「おい。何勘違いしてるのか知らねーが、お前は単に霊力酔いしたんだよ」

 「霊力、酔い?」


 霊力は理解しているが、それに酔うとはどういうことだ。

 そんな陽子の考えを読んだかのように「説明する」と言いながら運んできた自分の椅子に一色が座る。


 「どこまで聞いてたかわかんねーが、お前が吸ったこれは一見タバコに見えるだろうがその実は霊符っつう札を筒状にしたものだ。失った霊力を補うにはこれが一番手っ取り早い。そんで、お前がこれで酔った理由は簡単で、これは式神にはちょっと刺激が強すぎる」

 「刺激が強い?」

 「ああ。猫でいうまたたびみたいなもんだ。もちろん式神も霊力は必要なんだが、それは術者側が調整するから普段は問題ない」

 

 なるほど、だから佐々木と一緒に喫煙室に行ったときもなんだか頭がぼーっとしたのかと今更ながらに納得する。


 「・・・つかぬことを聞いてもいいですか?」

 「なんだ」

 「つまり、わたしはやっぱり式神なんでしょうか?」


 姿は人間に戻ったが、霊力酔いをするということはやはり本質としては式神─水太郎なのだろうか。なるべく気にしないようにはしていたが、今後に関わってくるので気にならないと言えば嘘になる。

 じーっと見つめていると、一色が折れた。


 「詳しくは明日・・・いや、もう今日か。零子さんから話があるが、はっきり言ってしまうと八割方に人間じゃない」

 「そう・・・・ですか」 


 式神であると言われるよりも、人間じゃないと言われた方が胸に刺さるものがある。

 しかし、それは一色の不器用なりのやさしさだった。戻れるかもしれないと下手に思わせるよりも、はっきりと伝えた方がいい場合もある。一色は今回そう判断した。


 「今回の一件が終わったら、お前は正式に零子さんの式神になれ」

 「えっ」

 

 陽子が俯きかけていた顔をあげる。


 「でも・・・水太郎は一色さんが苦労して調伏した式神だったんじゃ」

 「ああ。こんなに時間をかけた頑固な奴は初めてだよ」


 一色が遠くを見る。その瞳には懐かしさと寂しさが共存している。

 

 「ま、普通に考えれば最悪だけど、運がいいことにあいつには契約紋がつけられていなかった。お前だっていつまでも男の家で暮らすわけにはいかねーし、そっちの方が都合がいいだろ」

 「たしかにそうですけど・・・でも、それじゃあ零子さんに迷惑かかりませんか?」

 

 陽子の言葉を一色が小馬鹿にしたように笑う。


 「あの人はいいんだよ。望月家なんてこっちの界隈で言えば一位、二位を争う権力家だぞ。家なんて腐るほどあるし、何よりあの人は研究者でもある。絶対なんて約束はできないが、いつかお前を元に戻す方法を編み出してくれると思う。今回の過剰になった霊力を吸い出してくれたのも零子さんだしな。朝会ったらちゃんと礼を言っとけよ」

 「・・・わかりました」

 「はい、じゃあこの話は終わりだ。ほら、ガキはさっさと寝ろ」

 「ガっ・・・ガキって一色さんこそいくつなんですか?そんな離れてますか私たち」


 三島が敬語を使っているところをみると三年目よりは上だと思うが、そんな見た目からしてせいぜい二十五くらいだろうと思っていたのだが─。


 「先月二十九になった」

 「えっ・・・てことは、もうすぐ三十ですか!?」

 

 陽子の反応に些か嫌そうに顔を歪める一色。


 「そうだよ、もうすぐお前が言うおじさんだ。ほら、わかったならあっち使え。俺ももう寝る」

 「寝るってどこで寝るんです?」


 ここにはデスクとソファしかない。まさか机に突っ伏して寝るつもりなのだろうか。


 「お前が座ってるそこ」


 一色が指さしたのは陽子が座っているソファ。しかし、二人掛けよりも幾分か小さいそれは女にしては身長が高い加護六が「狭いよ〜」と文句を言いつつ寝転がっているというのだから、男の中でも身長が高い一色なんて絶対に無理だ。もし寝るとすれば座って寝る形になるだろうが、そんなことするくらいならばわたしがこちらでと名乗りを上げようとしたが、そういえばベッドが二つあったことを思い出す。

 

 「一色さん、知ってます?仮眠室ってベッド二つあるんですよ」

 

 誰も苦しい思いもしないし、しっかり休息が取れる。非常にいい提案だと思ったが、一色の表情は曇る。


 「あのな・・・お前自分が女で未成年って自覚あるか?」

 「はい、それはもちろん」


 生物学上女であるし、年齢も一七才の未成年である。そんなこと陽子本人が一番わかっている。むしろわかっていなかったら馬鹿を通り越して愚か者だ。

 しかしそれと仮眠室の話、一体何のつながりがあるのだろうか。

 一色が頭を抱え「はぁぁぁぁ」とものすごく長い溜息をもらす。

 その姿にさらにきょとんと小首を傾げる陽子。


 「お前、もっと危機感持てよ」

 「危機感・・・って、今更ですか?」 


 一緒の家で生活して何日経っていると思っているんだと鼻で笑ってやろうと思ったが、ふと頭に一つの可能性が思い浮かぶ。

 いや、でもまさかと内心思いつつも、もしそうであれば我が身に関わってくる重大項目である。


 「一色さん、もしかして欲求不満なんですか?」

 「・・・・・・・は?」


 一色の目がこれでもかと見開かれる。


 「・・・・・いや、待てお前。百歩譲ってそうだったとしても、何言ってんだ?」

 「だって今更そんなこと言い出すなんてそれくらいしかなくないですか?忘れているかもしれませんが毎日一緒の家で暮らしてるんですよ、わたし達」

 「そんなこと忘れてたら俺は病院行きだ」

 「じゃあ、そんなわたしと同じ部屋で寝たらだめな理由ってそれくらいしか思いつきません」


 陽子が世話になってから一色は外に出ていない。それはつまり女とデートをしていないということだ。何股もかけるくらいなのだから、性的欲求は強い方だろう。これで草食系ですなんて言われたら逆に男性不審になる。


 「おま・・・あれ、もしかしてこれ誘われて、お前俺のこと好」

 「もれなく通報しますよ」

 

 スマホを耳に当てると、一色の顔が引き攣る。


 「すまん、冗談だ」

 「・・・別に今更一色さんが変なことしてくるなんて思ってないですよ。これでも一応信頼してますから」


 いつまで居るかわからない陽子に自分が原因とはいえ、仕事についてしっかりと教えてくれている一色を尊敬しているかはさておき信頼している。

 目を見開いと思えば、俯く一色。なんだか忙しそうだ。


 「・・・どうしてこうも俺の周りは可愛くねぇ後輩ばっかりなんだろうな。もっと先輩を敬えよ」

 

 それは本人に問題が有るのではと思ったが、保身のために黙っておく。

 そのままぶつくさ文句を言いながら仮眠室の方へ消えていく一色。彼のデスクには買ってきたばかりの栄養ドリンクが袋から見え隠れしている。

 きっと陽子が目を覚ますまで、寝ないつもりだったのだろう。別に霊力くらいじゃ死にはしないだろうに。


 「悪い人じゃないんだけどなぁ」


 口も女癖も迷わず悪いけれども。

 ぽつりと漏れた言葉はすでに仮眠室で深い眠りについていた一色には届かなかった。

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