ルール無用の戦い
老人は病床にありながらも、有り余る金を持っていた。
その財力を生かして、知りたいと思った。
この世で、真に強い男は誰なのかを。
しかし格闘技などでは、所詮ルールに縛られた限定的な最強しかわからない。
そこで老人はこう考えた。ルール無用の殺し合いならば。そこで生き残った者こそが真の最強だろうと。
そして老人は様々なツテを用い、死んでも問題のない格闘家を8人あつめ、トーナメントを開催した。
賞金総額は100億円。
目突き、金的、噛みつき…何を使っても構わない。ただ相手を殺した者のみが勝者となる。
他の対戦相手7人を殺し、頂点に立つのは誰なのか…知りたがった。
1回戦 コマンドサンボ 山崎拓磨 対 柔道 原田毅
「が…ごぉおお…」
「いぎぎぎ…ごごご…」
リング上で、二人の男が絡み合っていた。
試合の様子は、多数のカメラで全方位的にモニタリングされ、病床の老人に余すところなく届けられている。
しかしその映像は凄惨だった。
目を潰された男…山崎が、相手…原田に噛み付いている。首筋をゴリゴリと噛み締め、今にも噛み千切ろうとしている。
原田は必死に首に力を込め、さらには山崎を殴って引き剥がそうとするが、山崎は断固として離れようとはしなかった。
「が…が…あ…!」
しかし、原田は苦し紛れに繰り出した金的蹴り。
「ごぼぉ…!」
山崎は口を開いてしまう。
「ごぉお!」
原田が山崎に逆襲する。のしかかり、首を締める。
「ごごぉ…!」
山崎は必死にひっかき、もがき、抵抗する。やがて…
「ぐはぁ!」
原田が身を捩る。山崎が苦し紛れに突き出した指が、原田の目をえぐったのだ。
このチャンスを逃すまいと、山崎が今度は原田に組み付く。そして再び噛み付いた。
「が、ああああ…!」
二度目のカミツキには、さすがに耐えられなかった。
ブシュ!
原田の首から勢い良く赤い血が吹き出す。頸動脈が食い千切られたのだ。
そして原田は動かなくなった。
カンカンカン…!
決着。1回戦の勝者は山崎拓磨だった。
「おお…おお!」
老人は、その勝負の行方を興奮して見守っていた。
本気で、命を賭した、残虐非道な殺し合い。
これこそ、老人が心から望んでいたものだった。
…そのはずだった。
だが…老人の胸にはモヤモヤが残る。
「…のう佐々木よ」
老人は傍らに立つ黒服の中年男性に語りかける。彼は老人の無二の腹心である。
「何でしょうか、ご老公」
「今の勝負はコマンドサンボ対柔道…であったのよな? わしには噛みつきと首の締めあい、目突き…
残虐行為のオンパレードにしか思えなかったのじゃが。
…それはそれで見応えがあったのは認めるが、なんというか…」
一度咳払いをし、
「地味、ではなかったかのう…?」
「はあ…しかし、ルール無用の真剣勝負となりますと、むしろそういうものではないかと」
「そういうものか」
「はい。柔道の投げ技、締め技など、目突き金的有りとなれば使えないものが格段に増えます。
コマンドサンボも然り。
結局のところ、どちらが早く目突き、金的を決めて殺すかの勝負となります」
「むむむ…そういうものか…」
老人が考え込みながら試合場に目を向けると…
「む?」
試合場で動きがあった。
死闘に勝利し疲労困憊の山崎が、後ろから首を締められている。
「あれは…」
「レスリングの堀井陽一郎ですね。なるほど、勝負が付いた瞬間を狙う…良い手です。
特に山崎は目も失っていますから、避けようがない」
「な…それは有りなのか?」
「ルール無用と申し上げましたので…。
ああも完璧に極まれば、これは抜け出せませんな…堀井の勝利でしょう」
ボキ!
そして、山崎は首の骨を折られて絶命した。
「く…くくく! おっと、早く身を隠さないとな。
こうして一人ずつゲリラ戦で片付けていけば…俺が優勝、100億は俺のものだ」
堀井は小声でつぶやいていたが、臨場感を出すために付けていた集音マイクはその音声を拾っていた。
パーン!
が、次の瞬間、そのマイクに轟音が入る。
堀井は頭に穴が開いていた。
「な、なんじゃ? 銃?」
「くくく…ルール無用だろぉ…?」
「あれは…テコンドーの井上李芳です。…なぜ銃を…?」
「な、なぜじゃ? ボディチェックはちゃんとしたのでは無かったのか…」
「くくく…あめぇよ。胃、ケツの穴、人体には分解した銃を隠せるスペースなんぞいくらでもあるのさ…。
こいつを持ち込むことに成功した以上、勝つのは俺だ!」
「うむむ、ボディチェックをすり抜けましたか。それは見事ですね」
「な、な…」
動揺する老人。
「くっくっく…げ、ぐげ…!」
しかし、突然、井上は苦しみ始める。
「…ん?」
「ご…ごごご…バカ…な…。もしや、銃を吐いた時の口をゆすいだ…水に…?!」
そして、顔が土気色に変わり…そのまま、倒れ伏した。
…既に、事切れていた。
「な、毒…!?」
すぐさま、カメラを残る4人の様子に切り替える。
しかし、4人の中に、控室に残っている者はいなかった。
…その内一人、拳法の巻修一が、廊下を歩きながらほくそ笑んでいる。
「ハッハッハ…そろそろ、毒で他の出場者はお陀仏している頃かな。
馬鹿だねぇ…敵地で飲み物を口にするなんざ、殺してくれと言っているようなものさ。
ルール無用の戦い、良いじゃないか、最高だぜ!」
「巻…。こ、こやつが給水塔に毒を…?」
「ほーう、やりますねぇ…毒はどうやって持ち込んだのでしょうか」
だが…次の瞬間
「ん?」
パリーン!
巻が窓の外を見た瞬間、ガラス窓をぶち割って、大勢のヤクザが乗り込んできた。
「な…」
ダダダダダ!
彼らは機関銃を乱射し始める。
「な…はぁああ!?」
巻は蜂の巣になって死んだ。
「くっくっく…ご苦労」
「あ、あれは、ケンカ100段の十文字健吾です。あいつ…仲間をここに!?」
「ルール無用なんだからよう…バカ正直に自分で戦う必要なんざねえんだよ! さあ、やっちまえてめぇら、
皆殺しだ!」
そして、自らも機関銃を受け取り、20人の銃で武装したヤクザを引き連れ、十文字が残る参加者を殺そうとした、その時…
「実に良いことを言うな…。その通り」
上空に戦闘ヘリ、アパッチが現れた。
「軍隊格闘、羽黒恭平…参るってなぁ!」
ダダダダダ…!
30mm機関砲が火を吹き、ヤクザも十文字も、もろともミンチにしていくのだった。
「はっはっは! これが本当の力というものだ! ルール無用…素晴らしい! 真の力が問われる戦いだ! さあ、100億は俺が頂くとしようか!」
カ…!
そして、その次の瞬間、すべてが消えた。
「…なんじゃ!? カメラの信号が全部途絶えたぞ…?」
「!? ヘリを回せ! 上空から試合場を見せろ!」
やがて、カメラが回復した時には…。
もうもうと上がるきのこ雲。試合会場が完全に消失していた。
羽黒恭平、アパッチも、姿形すら残っていない。
探せば残骸は残っているだろうが…。
ジリーン、ジリーン
「…御老公、電話が」
「う、うむ…ここの直通電話を知っているとなると…」
老人が受話器を取る。
「あ、もしもし、ご老公。参加者の一人、空手の相葉慎一郎です」
「お、おう…相葉財閥の御曹司殿。先日ぶりじゃのう」
財閥御曹司、甘いマスクでありながら空手のチャンピオンという、天に愛されたような青年、相葉慎一郎からの電話だった。
今回の大会の情報を聞きつけて、自ら参加を申し出てきたのだ。
「はい、お久しぶりです。そろそろ決着が付いた頃合いかと思いまして…」
「…た、確かに、決着はついたようじゃの…。
お主、一体どこから電話を? 試合場は粉微塵なのじゃが…」
「ああ、もちろん自宅ですよ。
試合場に行ってもらったのは、体格の近い適当な浮浪者を見繕って、整形手術をうけさせた影武者です。
そのときに、身体にちょっと小型核爆弾を仕込みましてね。
そのままタイマーでボン、と。
何でもルール無用と聞きましたので、これしかないかなって。
核ミサイル使うとさすがに赤字ですけど、これならローコストでしょう。
ま、事前に参加選手がわかっていたら、全員暗殺したんですけどね。それが一番安いので」
「な、なんと…。 し、しかし佐々木よ。相葉殿の影武者は、確か…」
「…ええ、巻選手のしかけた毒で、先に死んでおりました。
普通に考えればその時点で敗退かと…」
「いえいえ、待って下さいよ。ルール無用ですよ? 影武者を用意したら禁止なんてルールはありましたか?
他の参加者は全員死亡。死んだのは影武者で、俺は生きている。じゃあ俺の勝ちでしょ。
ルール無用でもさすがに『死んだら負け』ってルールはあるでしょう」
「むむむ…」
確かに、死んだら負け、以外のルールは一切存在していなかった。
「…は、はぁ… ま、まあお主の優勝じゃのぉ…他の7人は全員死んどる以上は」
「やった。良い臨時収入になりました。
じゃあ賞金の100億は口座に振り込んでおいて下さい。
また機会があったら呼んで下さいね」
…ガチャン。
すべての戦いを終えて…
「のう、佐々木よ」
「何でしょうか、ご老公」
「…やっぱりルールが有ったほうが、勝負は面白いのう」
「そうですね」
終わり