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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

せんぱい

作者: 白瀬 直

 清水蘭は、私の……なんだろう。


 少し前、それこそ一緒の中学に通っていた時は友達だった。親友と言っても良かったかもしれない。


 友達になったきっかけは覚えてない。そもそも、誕生日がかなり近いのだ。生まれた病院も一緒で親が同じ町内に住んでいて、必然会う機会の多かった親同士が仲良くなって私たちは物心つく前から一緒に遊んでいて、その頃にはもう友達だった。

 誕生日は近いんだけど、その日付はちょうど年度を跨いでいた。保育園で別の学年分けになって2人して泣き喚いたってエピソードは両方のお母さんからずっと言われ続けている。小学校に上がる頃には、2人の間には学年っていう面倒なものがあるんだなって気付いていた。

 できる限り一緒の事をして遊んでいたりはしたけど、九九を習うのも、リコーダーを吹けるようになるのも、柔らかくないボールで遊べるようになるのも、シャーペンを使わせてもらえるようになるのも、ランドセルを卒業してセーラー服を着るのも、私より蘭が先だった。


 蘭が居なくなった小学校で、これはまだ続くんだろーなって思ってはいたんだけど、地元の中学校が同じ町内にあることもあって中学校では今までとそんなに変わらなかった。学年を跨いで交流することもそんなに難しくはなく、それこそ毎日顔を合わせて遊んでいた。だからたぶん、そんな風に友達だったんだとは思う。


 それが今年の4月、中学と高校に分かれて、蘭が少し離れたところに電車で通うようになって、なんとなくお互いの家に行くようなこともしなくなった。小学校を卒業してから会う機会の無くなった元クラスメイト達と同じように、こんな風になんとなくで終わっていくものなのかもなーとかそんな風に考えていた。


 だから、蘭が久しぶりに会おうって連絡をしてきたとき、私は結構驚いた。


『いつものとこでいい?』


 お母さんから受け取った電話から聞こえた声は、4月に聞いたものとはどこか違う様に聞こえた。私がまだ持っていない携帯電話でそんな風に約束を取り付ける声には、駅のアナウンスが混じっていて、離れたところにいるんだなって伝わった。

 電車で30分とかのそれは中学生の私にとっては「結構」の距離。親の車で送ってもらえばすぐだけど、自転車を漕いで行くには何か特別な「理由」を見つけないといけない距離だった。


「うん、いいけど」

「じゃー、明日の……2時ちょいくらいかな。13時58分着だから」

「へーい」


 ◇ ◇ ◇


 そんな、中学時代と同じようなテンションのやりとりがあって、今日、私は「いつものとこ」にいた。

 夏空という言葉を絵に描いたような、七割くらいの青と三割くらいの白。少し遠くで聞こえる踏切の音。住宅地にいても蒸し暑さに少しだけ土と木の匂いが混じっているのは、やっぱり田舎って感じがする。


 8月も半ばになって、蝉の声にはもはや慣れたけれど、アスファルトから立ち上る熱気には慣れるとは到底思えなかった。真夏日と猛暑日を繰り返すここんとこの気温で、自販機から取り出した缶はものの1分で汗をかき始めている。


 冷たさでなんとか頭を回そうと缶を額に当てるけれど、うだるような熱気の中ではいまいち考えも纏まらない。日陰でもこれなのに、4歩ほど先では太陽が今でも地面を焼いていて足をつけたくねーってそんな感情ばかりが浮かぶ。

 想像と実際の蒸し暑さでインナーのシャツがうっすらと貼りついた。少し不快さを感じるけれど「苦」というほどではない。どうせ、家に帰ってシャワーを浴びるまでの辛抱だ。


 缶を指2本で持って軽く振って、プルタブを開ける。買ったばっかりのスポーツドリンクははまだ十分に冷たくて、一口二口飲むと心地よい冷たさが喉の奥に落ちて行った。

 庇のある自動販売機。もっと昔は駄菓子屋だったんだろうなって感じのここは、通学路からちょっと離れてて来る人は滅多にいない。すぐそこの家に住んでる小学生か作業着を着たおっちゃんか猫を、週に1回見かけるかなってくらい。


 中学校の登録証が張られた銀色の自転車。中学に上がった時に買ってもらったのなのでもう2年半になる。使い慣れたサドルにお尻を乗せて、バランスを取るのも慣れたものだ。ハンドルに肘を置いて、両足を地面に付けたり離したり。ふらふらしながら待っていると声を掛けられた。


「茜ちゃーん」

 振り向かなくても声で判る。


「蘭ちゃぐぇ」

 返事の途中で生温かい腕を首に回されて変な声が出た。軽く体重を掛けられて、自転車からバランスを崩さないように右足を強く踏ん張る。気温とだいたい同じくらいの人肌は、炎天下を歩いてきただろうに不思議とさらりとしていた。制汗剤の匂いが軽く鼻を衝いて、耳のすぐ後ろから濁った声が響く。


「あづーい」

「くっつくと余計あつい」

「茜ちゃん私よりつめたーい」

「その分だけ私はあついんだけど」


 うねうねとへばり付いてきそうな身体をはがして見てみれば、蘭は夏休み中だというのにしっかりと制服を着ていた。白いシャツと胸元にリボン、赤いチェックのスカートは西高の制服だ。ボタンをいくつか外してリボンもちょっとずらして。私違うそれに身を包んでいるだけで、ほんの少し大人になったように見えた。多分、見えるだけだと思うけど。


「久しぶりだねー」

「うん」

「背伸びた?」

「少しね」


 そんな風に短い言葉を交わす。そのたびに動く口元も、ほんの少しだけ吹いてる風にそよぐ細い髪も、まだ中学生だった蘭とは違うように見えた。何が違うのかは、よく判らない。

 飲料メーカーのロゴ付きベンチに置いた取っ手のある学生鞄も、私たちが使ってる物とは違う。膨らんでこそないけど、その取り回しから結構重そうに見えた。私から離れてベンチに座りなおす蘭に、


「夏休みじゃないの?」

「夏休みだよ」

「なんで制服なの」

「課外授業があるんだよー、高校生には」

「大変だねぇ」

「茜ちゃんも来年からそうだよ」

「そうかな」

「そりゃそうでしょ」

 私の適当な言葉に、蘭はけらけらと笑う。

「どこ行くとか決めてないの?」

「んー、」


 言葉は濁っていく。ウチの学校では、皆そんなに高校受験に力を入れているって感じではない。進学も、できるからする、みたいなのがほとんどで、私もどこか行きたい学校とか、なりたいものがあるってわけではない。勉強は、苦手じゃないけど好きでもない。ついこの間までやっていたソフトボールも、どこかの推薦を貰えるほど熱血していたわけでもなし。自分の進学先を選ぶに当たって、何か要素になるようなものは今のところ何もないのだった。


「西高とか、どうすか?」

「行けなくはない、とは思うけど」


 蘭の通う西高は、この辺の高校だと真ん中よりちょっと上くらいの公立校。多分Aか、悪くてもB判定くらいだと思う。


「私は茜ちゃんに西高来て欲しーなー」

「西高って、何かあるっけ?」


 特別進学校というわけでもないし、スポーツが強いわけでもない。吹奏楽だか合唱だかが強いみたいな話はちょっと聞いたかもしれないけど、別の私立だったかもしれない。制服は、まあ可愛いとは思うけれど。あ、通いやすいってのはあるか。


「私がいる」


 大した理由だった。


「や、友達がいないとかそんなんじゃないんだけどさ。中学から一緒の子も別のクラスだけど居るには居る。でも、茜ちゃんが来てくれるともっと楽しいと思うんだよね」

「ほーん」

「それと」


 蘭は、そこで言葉を区切って、


「私は、茜ちゃんの先輩になってみたい」


 そう言った。


 せんぱい。


 私の頭の中に浮かぶけれど、上手く漢字に変換できない。難しいわけではない。感覚的なものだ。


「せんぱいかぁ」

「茜ちゃんは後輩だよ」

「こうはいねぇ」


 実感が持てない。今までも学年は間にあったけどそういったものを意識したことはあまりない。田舎の学校っていうのもあって上も下も大体気軽にくん付けちゃん付けだ。一緒にいるのは楽しくて、まぁそれなりに優先度高く過ごしていた今までがあって、今回会ってみてやっぱり楽しいなと思っているのはそうなんだけど。


「なんか、変な気がする」

「そう?」


 私たちの事をなんていうのか。幼馴染だったのは間違いなく、親友だった時期も多分ある。少なくとも今も友達以上ではあるだろう。それが今から先輩後輩になれるかというと、怪しいなぁなんて思ってしまう。ふにゃふにゃした間柄に慣れ過ぎた私たちが今更そんなピッシリした関係になれるだろうか。


 そう考えながら缶を振る。

 軽い疑問符を浮かべて私を見据える蘭の顔は、さっきよりちょっとだけ幼くなったように見える。それもまた錯覚かもしれない。そんなに大きく変わってないかいないのに、私の思考によって見え方が違っているのだろう。


 じっと、蝉の声だけが流れる。

 土と草と、アスファルトに、制汗剤の匂いが混ざった空気。


 それを言うために今日ここに呼んだのだろうか。他にもがあるかもしれないけど、それも理由の一つみたいだ。


「まぁ、なんとかなるとは思うけど」


 口にした。

 少なくとも、この選択の先に後悔は見えない。そりゃ遠い未来の事は判んないけど、近い未来で蘭が笑ってくれるんだろうなってのは判る。


「受けてくれるの? 西高」

「まぁ良いかなって」

「やったぜ」


 わざとらしいガッツポーズをする蘭。

 判んないなら判んないなりに色々試してみてもいいのかもしれない。

 中学生と高校生。

 大人になるのに、もうちょっと遠回りをしたって、別に悪くはないだろう。


 ◇ ◇ ◇


 昼過ぎの暑さに耐えきれなくなってきて、そろそろ帰るかーって話になって、


「茜ちゃん、それ、ちょっと貰っていい?」


 蘭は私が持ったままスポーツドリンクを指さした。

 へい、と渡すと飲み口をほんの少しずらしながら口にする。1つ2つと白い喉が動いて、息を吐いた後、


「ぬっる」


 と呟いた。


「そりゃそーでしょーね」


 この気温だし。私がずっと持ってたし。

 蘭はすぐに缶を返してきて、受け取った私はぬるいスポーツドリンクの味を想像してしまって躊躇う。

 ただ、捨てるのも勿体ないなと思ったので、そのまま一息に呷った。体温よりほんのわずかだけ冷たい液体が喉を下りて行って、胃の中に溜まる。話してるうちにいつの間に乾いていた喉がほんの少し潤って、心のどこかがホッとする。

 息を吐いた私を、蘭の丸い目がジッと見つめていた。その口はふにゃっと歪んでいる。なん……なんだその表情は。


「なに?」

「ん?」

「なに笑ってんの」


 2人が口を付けた空き缶。手の中で軽く握って潰して、少し離れたとこにあるゴミ箱を狙って投げてみたけど全然正確に投げられなかった。カラカラと転がった空き缶を拾いに蘭が手を伸ばして、ゴミ箱に入れる。


「茜ちゃんはまだ中学生だねぇ」

「何が」

「そういうとこ」


 何も言わずに笑う蘭。

 負けず嫌いで言うわけじゃないけど、その顔には大人っぽさのかけらもなかった。本当に。

ここまで読んで頂きありがとうございます。面白いと思っていただけたなら幸いです。

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