表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

前編


「お前は駄目な人間だな」


 昔、誰かが俺にそう言っていたことを思い出した。確かに、その通りだ。


 フラフラとコンビニへ歩く俺は、平々凡々、いや社会不適合者だ。高校生だった頃、俺はいじめられ、それに耐えられなくなり、今ではニートという社会的に邪魔な存在だ。


 最初は両親ともに俺を心配していたが、一年また一年経つうちに、両親は邪魔なものを見る目で見てくるようになった。俺は家に居ずらくなり、今は浮浪者のように外を彷徨いている。昼は両親とも働いているので部屋にこもり、夜は街を顔を隠し彷徨く。


 引きこもり、フラフラと彷徨く俺はどこにも居場所がないように常日頃から感じていた。「どこかへ、行きたい。俺のことを誰も知らない世界へ行きたい」と心の中でずっと叫んでいた。


 鬱々としたまま歩いていれば、煌々と光を放つコンビニが見えてきた。いつもとは逆方向を歩いてきたので、俺はこのコンビニに夜入るのは初めてだ。


 自動ドアがゆっくりと静かに開く。俺が店内に入っても、音が鳴らない。レジには、誰一人として、店員がいない。それどころか、人気がほとんどない。しかし、店内の灯りは付いている。そんなコンビニの様子に不気味さを覚え、薄ら寒さを感じた。


「いらっしゃいませ、店長」

「は?」


 アナウンスが流れた。その内容は、アナウンスで流すようなものではなく、なぜか店長にいらっしゃいませ。と言っている。


 俺のそばに店長がいるのかと、辺りを見回しても、誰もいない。恐る恐る、俺は自分を指差し、ポツリと呟く。


「俺のこと?」

「そうですよ、店長さん」


 ポンッ、と音を立てて、少女が俺の前に現れた。いや、ただの少女とはいえない。テレビで見るアイドルのような可愛らしい容姿に、背中には化学物質でできたような蜻蛉の羽。極め付けに、俺の掌大の身長しかなかった。


「俺、いつ店長になったんだ」

「今、現在ですよ」

「あ、はい。そうですか。遠慮しておきます」


 踵を返し、コンビニを出ようとする。


「いたっ」


 頭に体と、全身をドアに打つけた。頬がガラスにべたりとくっつき、反対側から見たらさぞかし醜い物体がいることだろう。ドアから離れると、何度もドアに近づき、腕を振っても、ドアが開くとはない。


「どういうことだ」

「どういうも何も、店長ですから。これから営業時間なのに、出すわけないじゃないですか」

「俺は店長になった覚えはない」

「そうなのですか?」

 

 少女はキョトンと、首を傾げる。


「店長は日常から抜け出したかったのでしょう。だから、このコンビニに店長として入れたのですよ」


 少女は俺の図星を突いた。確かに、俺は日常から脱出したかった。だからと言って、本当にそれを望んでいるかと問われたら、否だ。


「仕事が終わったら、帰れますよ。さぁ、準備を始めましょう」

 

 少女はコンビニから出す気はないようだ。俺は諦め、早く家に帰れるように、開店準備をすることにした。


「品出しに掃除、諸々は終わっています。店長が開店、と言えばいいだけです」

「そうか。ところで、あんたの名は」

「私の名ですか? そんなものないですよ。私はただのコンビニの精です。勝手に、コンでもビニでも呼んでください」

「じゃあ、勝手に精霊と呼ぶから」

「かしこまりました」


 無表情に、なんてことないように少女改め精霊は了承した。俺はそんな精霊の様子がなんだか気に入らなかった。






「いらっしゃいませ」


 ピーンコーンと音が鳴り、客が入ってくる。俺は入ってきた女性客に、また顔色が悪くなった。


 緑色のウエーブがかった髪に、同色の瞳。髪の隙間からとんがった耳。まさに、慈悲深き聖母といった見た目の女性客がコツンコツンと、靴音を立て、レジへ近づいてくる。


「26番のタバコ、頂戴」

「かしこまりました」


 くるりとレジに背を向ける。すると、俺がこちらを見るも見ないも関係なく、嵐のように話し出した。


「もう、本当聞いてよ店長。私さ、なんであんな国を守っているのかしら。私の聖女が偽物だって、虐げられているのよ。でもあの子、「私がいないと国民の生活が」って言って、無理ばかりするのよ。私、何度も一緒に国を見捨てよう。って、誘っているのに」


 俺は26番のタバコにテープを貼ると、女性客に渡す。女性客はタバコを手に取ると、般若のようだった顔が少しだけ和らいだ。


「でも私、そんな聖女だから加護を与えているんだけどね」


 ふわりと微笑むと、女性客は後ろ姿で手を振りながら帰って行った。俺は知らず知らずのうちに、ホッと息を吐いた。


「なぁ、さっきからさっきから、どうして客は人間以外なんだ」

「言っていませんでしたか? ここは人外専門のコンビニですよ。それも、日本いや地球以外の人外の。先ほどのお客様はとある世界の豊穣の神様です。相当鬱憤が溜まっていたようですね」

「そうだったが、一癖も二癖もある客しか来ない。先ほどの客は喋るだけだったからよかったものの。その前は、木の枝が欲しい客。さらにその前は、空の瓶が欲しいと。まともな客はいないのか。空の瓶が欲しいなら、飲み干せばいいじゃないか。「飲み物はいらない」と我が儘を言い、俺の腹はパンパンだ」

「人外は我が儘ばかりですよ」

「ここはコンビニだ」

「コンビニ、万屋のようなもの。だから人外たちは、なんでもあると思ってくるのです。それに、コンビニと名を掲げても、この店は人外を癒すところから始まったのです。手を替え品を替え、今は品物を買って貰いつつ、愚痴を聞く。この形で治まったのです」

「だから、単価が高いのか」


 手元に乗っている、先ほどのタバコ代。俺が知っているタバコ代の、十倍もする。ぼったくりと言ったら、十人中、十人が頷くだろう。


「ここに来る人外者は、立場がある者がほとんどです。だからこそ、鬱憤も溜まります。しかし、それを放出してしまうと周りに迷惑をかけてしまう。そうでなければ、自分が庇護する者が危険になってしまう。だから抑え、ここで溢すのです。自分とは関係のない世界だからと」


 大変だ、というのは分かった。しかし、誰しもが鬱憤が溜まるものだろう。人外たちだけが大変だ、とも聞こえる精霊の言葉に、俺は眉を顰めた。


「……すぐに分かるとは言いません。人間にも、人間の大変さがあります。それと同時に、人外だからこその大変さもあるのです」


 精霊はそれだけ言うと、黙った。黙々と作業を進め、次の客を迎える準備を始める。俺も精霊と同じように粛々と準備をした。そうしているうちに、ドアがゆっくりと開き新たな客の怒鳴り声が聞こえた。






 翌日は行かないと逃げることを決め込んで、コンビニとは真逆へ歩いた。しかし、開店三十分前になると、俺はコンビニの中で突っ立ていた。


「え、なんでだ。どうしてここにいる」

「店長、それは開店の時間だからですよ」

「それは分かるが、俺はコンビニには行かないと決めていたんだ。なのにどうして」

「最初の頃は、歴代の店長が逃げようとするのです。私はそれを解決するため、最初の一週間は強制召喚という術を身につけたのです」


 どうだ、褒めろ。と言わんばかりに、精霊は胸を張った。どうせ、昨日のように、どうやっても終わるまで帰れないのだろうと、俺は諦めて準備を始めた。


「いらっしゃいませ」


 今日の一番最初の客は、足元が覚束ない、白い髭がご立派なお爺さんだ。


「あの客は何者だ」

「お客様は、とある世界の万物を司る神様です。最近、スノーボードに嵌っているようで、ここ最近毎日のように訪れては、腰痛の薬を買って帰るのです」

「……本当に大丈夫なのかよ」


 思わず、心配した言葉が出るほど、万物の神様はふらついていた。杖に支えられながらレジに辿り着くと、小さな小瓶に入った薬を置いた。


「おや、店長が変わったのう」


 俺は片眉を一瞬だけ上げた。昨日来た客の全てが、俺が今までこのコンビニにいたかのように話をしていた。どこか違和感を感じながらも、俺はそんなものか。と受け入れていた。


 だから、変わったことに驚いていた。その様子を分厚い眉毛から覗いた瞳で、万物の神は俺の顔を観察すると、にこりと微笑んだ。


「ふむ、前途揚々な若者か」

「は?」

「己は気づかないものじゃ。どん底というものはないぞ、若者よ。今いる場所をどん底と思うから、どん底になるのじゃ」


 いきなり始まった哲学に、俺は目が点になった。万物の神は、俺の様子を気にすることなく、話し続ける。


「そうじゃ、新たな店長が疑問を感じたことを一つ答えよう」

「へ?」


 またもや唐突に始まった万物の神の話に、俺は間抜けな声が出た。


「わしが万物の神じゃからよ」

「は、はい」


 それだけ言うと、さっきまでのよぼよぼ具合はなんだったのかと叫びたくなるほど、シャキッと背を伸ばして去っていった。


「なんだったんだ、今のは」

「あのお方が、万物の神です。掴み所のない、容姿も毎回変えてくる、神様です」


 呆気に取られたまま、俺は万物の神が去っていったドアを眺めていた。精霊は、掴み所がないと言うが、ないにも程がある人柄だ。


「さぁ、次のお客様が来ますよ」

「いらっしゃいませ」


 まばらに来るらしいこのコンビニには珍しく、すぐに次の客が入って来た。緑のくるりとした髪に、同色の瞳に尖った耳。昨日はなかった、行儀悪く口に加えたタバコ。豊穣の神だ。今にも、「ケッ」と悪態を吐きそうな様子である。


「あ、店長。今日も聞いてよ。あのクソ王子、私の聖女に馬糞を投げたのよ。もう、本当にムカつく。クソ王子、本当に王子なの。馬糞を投げる王子なんて、建国一〇〇〇年にして、初めてよ。今度から、馬糞王子って呼ぶわって……クソ王子と同じ意味じゃない」


 タバコ代を、思いっきりレジに叩きつけた。周りに置いていた小物が、同時に小さく跳ねる。その様子は、豊穣の神と言うより、憤怒の神といった方がしっくりくる有様だ。


「隠れて吸っているタバコも、すぐに切らしてしまうわ。本当、どうにかしてやりたいものだわ」


 買ったばかりのタバコが、豊穣の神の手の中でグシャリと握り潰された。到底吸えないだろう見た目に、俺は交換するかを聞いた。


「そう? ありがたくさせてもらうわ。自損なのに、ありがとうね」


 今度はタバコを丁寧に仕舞い込み、軽く手を振って豊穣の神は帰っていった。


 その後も、数人(人と数えていいのか)来店し、各々の望みを叶えて帰っていった。今日の異世界人外専門のコンビニは、問題が発生することなく閉店した。





 どうせ強制召喚されるのならと、俺は素直にコンビニへ通っていた。少しずつ、顔馴染みも覚え、誰が何を欲しがっているのかを覚えてきた。


 万物の神は、腰痛の薬。豊穣の神は、タバコ。フェンリルは、日本酒。薬養の翁仙は空の瓶。顔色の悪い女エルフは、聖なる木の枝。俺は、毎回エルフの聖なる木の枝に苦心している。木の枝に聖なるものがなるのかと、疑ってしまう。


 客が来なくて、俺はうつらうつらしていたとき、それは現れた。急には響いた、ガラスが割れる音。がなり立てる、低い青年の声。


「たのもう、店長」

「ギャァアア」


 俺に向かってくる、ガラスの破片に情けない悲鳴を上げた。飛んできた破片は、精霊が綺麗に消し、俺には何も被害はなかった。ガラスを割ったと思わしき青年は、拳を前に突き出した状態で止まっていた。解放すると、のっそりとした動きで、青年は破片を避けながらやって来る。


「一つ注文が」

「はいっ」


 俺の声は、可哀想なほどか細くなっている。小心者なのだ。


「26番のタバコ一つとなにか筋肉にいいもの一つ」

「はい……はい? あのお客様、一ついいですか」

「なんだ」


 鋭い視線が、俺へ向かう。青年は睨み一つで、人を殺せそうだ。俺は竦み上がりそうなほどの恐怖を押さえ込んで、意見を述べた。


「タバコは健康に、筋肉に悪いと思いますよ」

「ああ、タバコか。それは、豊穣の神のものだ。俺のではない」

「ああ、そうでしたか。すみませんでした」


 考えてみれば、豊穣の神はまだ来店していない。後、一時間で店仕舞いだった頃だったので、珍しく来ないのだと考えていた。


「なぜ、謝るのだ?」

「それは、お客様に失礼なことをしたので」


 青年の疑問に、俺は当たり前なことをと心の中で呟きながら、答えた。


「いや、失礼なことは何もしていない」

「どうしてですか。私は失礼なことをしたと思うのですが」

「ここは客と店長といった態をしているが、実際は同等の立ち位置だ。俺たち異世界の人外は君たちのお陰で、俺たちは自分を抑え、世界で神として立っていることができる。それに、その敬語も外したらどうだ。ここでは誰も、丁寧な対応は望んでない。軽い態度でちょうどいいぐらいだ」

「……そうか。さっきの謝罪はなしで」

 俺が敬語を外すと、青年は満足そうに口角を上げた。怖かった青年の雰囲気が和らぎ、俺の肩の力も一気に抜けた。


「ところでだ」

「はい?」

「体が細いな、店長よ」

「ああ、それは……」


 長年、運動もせずに引きこもっていたからだ。夜間に出歩くようになったのも、つい最近のことで、俺の体は軍人といった筋肉質な青年と比べると鉄棒と綿棒ぐらいに違うだろう。色も太さも硬さもだ。


「俺は、武芸の神でも戦争の神でも、ましてや勝利の神でもない」


 俺が予想していた神の名前が尽く違うと告げられ、正体がさっぱり分からなくなった。


「筋肉の神だ」

「……は」

「筋肉の神として、俺は四六時中筋肉のことばかり考えている。ご飯は筋肉を考えた食事。空いた時間、いや俺の時間ほとんどが筋肉トレーニングに使っている。だからといって、筋肉ばかりではなく、体力もしっかりつけるため、走り込みもしている」


 それは、ただの暇神と言うのでは。


「脳内まで筋肉と化した、と褒められている俺と一緒にどうだ? 筋肉トレーニングをして、その細すぎる体をやや細いなぐらいまでしたいと思わないか」

「いや、いいです。遠慮する」

「ははは、遠慮するでない」


 ご機嫌に俺の肩を叩くが、叩かれた側は溜まったものではない。一回叩くごとに、地が割れんばかりの馬鹿力で叩かれるのだ。俺はひ弱な人間だ、このままでは死んでしまう。それに、脳内まで筋肉って、それは絶対に褒める言葉ではない。


「や、やる。ぜひ、参加させてください」

「そうかそうか」


 やっと、筋肉の神は俺の肩から手を離した。肩は、ジンジンとした痺れが襲い、明日の仕事が心配になる痛さだ。


 その後は、オススメしたプロティンを買って、筋肉の神は帰っていった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ