一週間ください。世界を救って見せますよ
この記事を書いているころ(2025年11月)、紹興酒が中国で最近売れないらしい……という話がTLをちょうど流れていました。ひとつの理由は、地位と面子をかけて宴会や会食をするとき、マオタイ酒や輸入高級ブランデーなど高級酒に事欠かない蒸留酒に比べて、紹興酒は安酒のイメージから抜け出せないからだそうです。たしかに示威としての奢りというのは、現実世界にもありますね。
示威に限らず、メッセージを込めた、あるいは和解を促す会食の提供も現実にあるのだ……という創作としては、公邸料理人の経験を持つ西村ミツルの原作による『大使閣下の料理人』(かわすみひろし、連載1998~2006年)を思い出します。もちろんラノベとしては『異世界居酒屋「のぶ」』(蝉川夏哉)がありますね。
https://ncode.syosetu.com/n9773bj/
一方、池波正太郎作品を代表として、「うまいものを食うシーンは読者の心をほぐすから入れるとよい」というエンタの定番戦略は多くの作品にジャンルを超えて受け継がれているところです。この観点から挟み込まれる食事シーンは、それはそれで無数にあります。
10月からアニメが始まった『素材採取家の異世界旅行記』(木乃子増緒)は、「敵対的、または中立な相手を、胃袋でつかんで好意・和解を得る」シーンが頻出します。膨大な主人公の魔力量と魔法創作スキルなどお添え物に感じるほどです。それはこの作品に通底する、もうひとつの特徴と関係があります。
このシリーズで最近取り上げてきた、「今の世界情勢」には、どうにも感情的に共感できず、理性的に利害の一致も探れない相手との摩擦がつきまといます。この作品は、それほど深く関係を掘り下げないうちに、必ず相手と折り合える点が見つかります。共有する価値観なり、理解できる願いなりがある相手ばかりなのです。主人公たちは多くのラノベ同様、公的な責任を負うことを避け、「気ままに」生きているのですが、その私的な好悪や正義感・公正感で、異民族の問題に首を突っ込んでいくのです。そして、うまくけなげな主人思いの手代やしいたげられた農夫を見つけ、ちょっと私利私欲が強い大商人なり有力者なりを懲らしめ、しばしば斬ります。
中には、極めて残虐な行為や悪質なネグレクトに走る敵もいます。はっきりとは描かれませんが、その悪事を主人公が暴いた結果、族滅レベルの処罰を食らう集団がいることも、ほのめかされます。そんなときたいてい、そうした悪事の首魁は「何者かに操られて」います。つまり主人公と相容れない、あとは命の取り合いしか残らない魔法使い、神か神獣、またはその集団が作品世界のすぐ外にいると思われるのですが、書籍版17巻を重ねても、そうした「対話不能な相手」はまだ姿を見せません。そして、「断固として立ち向かわなければならない敵もいる」ことを主人公は静かに自認するのです。
その一方で、主人公たちはある種の規範を認め、信じ、受け入れています。「よき市民」であろうとし、疲れていても魔法公益事業(道路をつくるとか土地を均すとか、ラノベにはよくありますよね)の必要があれば住民として応じ、自衛戦闘であっても他国に被害が出れば何とか謝りに行こうとします。その規範が基本的には万国万人に通用すると信じ、そして、そうなっているのがこの作品世界なのです。
主人公をこの地に呼んだ、明らかに神かその同格者である「青年」は主人公を誘導して特定の地に行かせ、結果的に特定の相手に引き合わせることをたびたびしますが、そこで主人公がすることは、むしろしばしば「青年」を驚かせます。しかしここでも、主人公が良かれと思ってする思い切った行動は「青年」を喜ばせます。「青年」と主人公もまた、基底にある正義感・公正感を共有しているのです。それは作中で「腹黒」と評される、ある有力者も同様で、国家の課題を解決させるために迂遠な依頼で主人公たちを誘い、その課題に気づき取り組むように仕向けるのですが、それを知った主人公たちはその課題の重さに気づいて、黙って解決を図るのです。
好きな食べ物を語り合う程度の気楽さで、話が通じると確信できる相手とだけ話しながら日常を過ごしていけたら、いいですよね。世界設定が特に細かく書いてあるわけではないし、どこかで見たような設定やストーリー進行も含まれるのですが、独特の安心感がある作品です。




